第63話「帰還」
ゾディアックが攻撃を放つと同時に、ベルクートとラズィは、ビオレたちを守るように身を屈めた。
直後、轟音が鳴り響き、ベルクートは両眼を閉じて衝撃に備えた。
それからしばらくしても、何も衝撃は来なかった。
「あれ?」
背中に感じるはずの痛みがなく、ベルクートは疑問符を浮かべながら目を開けた。
ビオレたちの姿が映る。全員縮こまっており、外傷は見当たらない。
轟音のせいで耳鳴りを起こしているが、徐々に音は戻ってきている。
周囲を見渡すと、壁や床は灰色に染まっており、魔力が吸われる感覚もなかった。
助かったのか。そう思うと同時に後ろを向いた。
天井に大きな穴が空いており、そこから丸い大きな月がのぞきこむように姿を見せていた。
ゾディアックは、その月が放つ光に照らされていた。
漆黒の後ろ姿を見つめる。気が抜けたように両腕を下げている。右手には、輝きを失った大剣が、力なく握られていた。
様子がおかしい。遅れて顔を上げたラズィもそれに気づく。
「ゾディアック?」
ベルクートは名を呼んだ。
次の瞬間、ゾディアックの膝が折れた。
「ゾディアック!!
「ゾディアックさん!」
慌ててふたりはゾディアックに近づく。
「しっかりしろ、ゾディアック!」
呼びかけながら不安になる。心配なのは、魔力が枯渇したことによって、ショック状態が引き起こされていないかどうかだった。
その状態になると心身にダメージを負い、最悪の場合後遺症が残る危険性があった。
べルクートはゾディアックの肩を掴み、隣に片膝をつく。
「大丈夫か!? こんなところでくたばってんじゃねぇぞ!」
「ゾディアックさん、しっかりしてください!」
ラズィも、ゾディアックの正面に回って言った。
ふたりの呼びかけに対し、荒い呼吸を繰り返していたゾディアックは一度咳をする。
「き」
「「き?」」
聞き返すと、ゾディアックは顔を上げ、ふたりを見ながら、
「緊張したぁあああ……」
と言いながら、長い長いため息をついた。
緊張感の欠ける、能天気な一言を聞いたふたりは顔を見合わせる。
ベルクートが一度地面に顔を向ける。
「バカヤロウ」
そう言って放たれた平手が、ゾディアックの兜を叩いた。
パコン、という小気味いい音が鳴り響いた。
「いった!? な、なんで?」
頭を押さえるゾディアックを睨みつける。
「この馬鹿! こっちはてめぇが死んじまったのかと思って焦っちまったじゃねぇか! 俺らの心配返せ!」
「そ、そんな無茶な」
ラズィがクスクスと笑う。
「よかったです〜。本当に、よかった」
ラズィは天井を見上げた。ふたりもつられて顔を上に向ける。
地下だというのに夜空が見える。超巨大モンスターであったフーマ城は、跡形もなく消し飛んでしまったらしい。
「すっげぇ⋯⋯。マジで城をぶっ飛ばしちゃったよ」
青い毛を揺らしながら、少年は乾いた笑い声を上げた。笑うしかなかった。こんな光景を見ることができるとは、夢にも思わなかったからだ。
少年の視線はゾディアックたちに向けられる。強きガーディアンたちの姿を見て、少年は心を震わせていた。
ビオレとカルミンも、わずかに目を開けて、その様子を見ていた。
本当ならあそこに行ってゾディアックたちと喜びを分かち合いたかった。しかし、この体たらくでは無理だ。
ビオレは己の過信と力不足を痛感し、恥じるように唇を噛んだ。
カルミンは、黙してその光景を見つめていた。自分が生きていることに喜ぶでもなく、ただ力なく、呆然とした目を向けていた。
「さぁ、帰ろうぜ、ゾディアック。もう真夜中だし、ガキンチョ共の寝る時間だ」
「そうだな⋯⋯」
膝を伸ばし武器を背負うと、遠くにいる3人に近づく。
「無事か?」
「お、おう! あ、こっちのふたりも無事だと思う!」
少年が立ち上がり、率先して答えた。
「……そうか」
なぜガーディアンでもない獣人がここにいるのかは疑問だったが、ゾディアックは微笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとう……君のおかげで、助かったよ」
「え、いや、俺、何もしてねぇけど?」
「あ~……俺に魔力をくれただろ? それで充分だ」
ゾディアックの真っすぐな声を聞いて、少年は後頭部に手を伸ばし、照れ臭そうに地面に視線を向けた。
「そ、それほどでも、ねぇけど?」
そんな会話をしていると、ラズィがゾディアックの腕を掴む。
「では、私の魔法で飛びましょう。みなさん掴まってくださいね!」
ラズィの一言に、全員が頷きを返した。
★★★
傷ついたふたりを回収しようと、木のそばへ転移する。
「お〜、本当に消し飛んでるぜ」
ベルクートが振り向いて、感心したような声を出す。
何もない。そこにダンジョンがあったことなど、今となっては信じられない。
「ていうか、空! 空すごい! 緑色に光ってる!!」
少年が興奮した様子で空を指し、ぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「オーロラみたいですねぇ〜。ただ、凄い魔力を感じますけどー。ゾディアックさんの斬撃がオーロラみたいになってるってことですね~」
全員の視線が空に向けられている中、ゾディアックはふたりを探した。
寝かせていたところに、ふたりの姿はなかった。かわりに、木にメッセージカードが刺さっていた。
紙でできているトランプデザインのカードだった。強度を魔法で上げているため、折れずに刺さっている。
そのカードに見覚えがあった。ゾディアックはカードを手に取り、メッセージを読む。
『ディア・ダークナイト。怪我をした子たちを運びます。お帰りをお待ちしております』
丁寧な字でそう書かれていた。
ゾディアックの口元が自然とほころぶ。
「ゾディアック、あの子たちは?」
振り向いて、ベルクートの問いに答える。
「優しい子が、連れていってくれたらしい」
「はぁ?」
疑問符を浮かべるベルクートをよそに、ゾディアックはメッセージカードを道具袋に入れた。
★★★
セントラル内にいるのは、レミィひとりだけだった。いつも最後まで居残って掃除をする給仕も、今は外でオーロラを見に行っている。
ゾディアックがいつもいる席に座ってため息をつく。これで今日何度目かもわからない。
さきほどミカとロウルが病院に運ばれたという知らせが入った。もう間もなくゾディアックたちが帰ってくるのは確実だと、レミィは思った。
帰ってくると、信じるしかないのだ。
そう自分に言い聞かせたときだった。
突然目の前が自くなり、レミィは反射的に腕で目元を隠した。
次いで金属が当たる音と、
「いでっ!!!」
「もっと丁寧に運んでくれよラズィ!」
「ふぇ~ん……ごめんなさい~」
待ち望んでいた声が聞こえた。
腕を下げると、そこには漆黒の騎士と、その仲間たちがいた。
ビオレとカルミンもそこにはいた。
レミィは息を呑んで立ち上がり、集団に近づく。
「ゾディアック!」
「あ、レミィさん。……た、ただいま」
「おっす、レミィちゃん」
「ただいま帰りました~」
ゾディアックの返事を皮切りに、それぞれがレミィに挨拶をする。
レミィはボロボロになったビオレとカルミンに視線を向ける。
ふたりとも疲弊しきっていた。まだ緊張も恐怖も取れていないらしい。
レミィは柔らかい笑みを浮かべた。
セントラルに帰ってきたガーディアンを安心させるという、自分の仕事をまっとうするために出た表情だった。
「お帰り。よく帰ってきてくれた。……よく……頑張ったな」
暖かな言葉を感じたからか、極度の緊張から解放されたからか、カルミンは顔を隠し、膝を抱えて泣き始めた。
「怖かった……怖かったよぉ……」
レミィはカルミンの肩に手を置く。次いでゾディアックとビオレに視線を向ける。
「色々と言いたいことはあるかと思うが、今日は見逃してやってくれ」
「……ああ。ビオレも、いいか?」
ビオレは無言で領いた。
「今回の任務についても、報酬に関しても、明日話す」
レミィがそう言うと、一同は頷いた。
「んじゃ、とりあえずいったん帰るか~……。くったくっただよ」
「ですね~。魔力もないですし」
ベルクートとラズィが外に出ていく。
狐の少年は青い毛を揺らしながら、セントラルを見渡したかと思うと、ふたりの後を追った。
「ビオレ」
「……はい」
「帰ろう」
ビオレはゆっくりと頷いた。
ずっと下を向いている。
励まそうとゾディアックは思い、頭を悩ませ、上手い言葉を探す。
だが、まともなコミュニケーシヨンを苦手としているゾディアックにとって、女の子を励
ますのは至難の業だった。
ロゼの時も非常に苦戦した。
参ったなと思いながら、ゾディアックとビオレは、お互いに無言で歩き始めた。
空を見上げるガーディアンや住民たちの賑わいの声が、頭の中を通り過ぎていった。
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