第62話「オーロラ」
夜空の飛行を止め、急速で地面に迫り、優雅に着地すると、体内の魔力を活性化させる。
ゾディアックが発動したであろう魔法の痕跡を辿ると、木の陰で寝かせられている人影があった。
近づくと、ふたりの人間が寝かせられていた。どちらも女性であり、装備からしてガーディアンだ。
特に目立った外傷もなく、顔色もよく、穏やかな寝息を立てている。
手を伸ばし触れようとして、眉をひそめる。
「ほぅ……めずらしい薬を使ったらしいですね……」
感心するように頷くと禍々しい城を見る。
あそこの地下で、愛しいあの人が戦っている。
魔力を探知する。城全体から巨大な魔力を感じ取り、次いで地下からいくつかの反応をキャッチする。
ひとりだけ一際巨大な、紫色に輝く魔力を持っている。
ゾディアックだ。武器を構えて技を放とうとしている。
どうやら、この城ごと一撃で吹き飛ばすつもりらしい。
魔力がユラユラと揺れており、緊張しているのが伝わってくる。口元を隠し、クスリと笑う。
本気で撃ったら、城ひとつ潰すことくらいわけないのに。それができるかどうか、不安になっているのだろう。
「できますよ」
呟くと、届いたのかどうかわからないが、魔力の揺らめきが収まった。
次の瞬間、紫色の魔力が爆発したかと思うと、目の前が一瞬白くなる。
直後、轟音が鳴り響き、天に向かって緑色に輝く光線が昇って行った。
「……流石です、ゾディアック様」
ロゼは小さく拍手すると、倒れているふたりに手を伸ばした。
★★★
今日はモンスターの数が少ない。これなら明日の朝までにはサフィリア宝城都市にたどり着けるだろう。
草原を進む馬車の中で地図とにらめっこしている、キャラバンの団長はそう思った。
何事も起こらず進んで欲しい。そう願った矢先だった。
「おい!! 何だあれ!!」
馬車が急に止まり、団長が悲鳴を上げて荷台を転がる。
明かりであるランタンが転がり、地図がずれ、荷物がぐちゃぐちゃになった。
「あぁあ!! もう!」
団長は怒りの声を上げ、荷台の中を歩き、馭者の背中を掴む。
「なぜ急に止まるのだ!?」
男は荷台から手を伸ばしている団長に目を向ける。
「あれ、団長まだ寝てなかったんすか?」
「うむ! 地図を見ていたからな!」
「でも早く寝ないと身長伸びませんよ? それに女の子なんですから」
「わた……じゃなかった。吾輩を女扱いするでない!!」
馭者の茶髪を掴み、ぐりぐりと動かす。
「いでで! 痛いですよ団長!!」
「それより、何だあれとは何だ!!」
「えぇ? ああ、あれっすよ! あれ!!」
馭者が夜空に向かって指さす。
見ると、緑色に輝く光が、天を舞っていた。
「すっげぇ~。なんすかあれ」
「おお……初めて見た気候だ!! 写真を撮るしかあるまい!」
団長はパッと顔を明るくし、荷台に戻るとアンバーシェルを探す。
その際、乗っていた乗客たちに視線を向ける。
「見たらどうだ。特に半獣。あんなめずらしいもの、生きているうちに二度も見れんぞよ!!」
そう言って外に出た。
荷台にいた半獣は、ゆっくりと起き上がり、その後を追うように荷台から降りた。
そして、空を見上げる。
「……」
半獣の荒んだ心に、その美しい光景は、すっと入り込んできた。
★★★
ため息をついて書類を整理し終えると、レミィは受付カウンターから出て、セントラル内をゆったりと歩く。
いつもゾディアックが座っている席に近づき、愛しいものに触れるように、指先をテーブルに這わせた。
早く帰ってきて欲しい。
できれば、みんな一緒に。
帰ってきたらビオレたちにも、ゾディアックにも謝らなければならないと思っていた。
自分は、ただの従業員である事実に、レミィは歯嚙みした。
「本当なら……」
呟いて、頭を振った。
ここで働けるだけ幸せ者なのだ。
とりあえず、何か仕事はないか探そうとした時だった。
「マジだって!! 本当に……」
「……げぇーーー!!! 初めて見た!!」
「おい、写真一緒に……」
「馬鹿、武器とかいらねぇからさっさと見に行こうぜ!!」
外が騒がしかった。
レミィは疑問符を浮かべて外に出る。
そこには多くの住民とガーディアンがひしめき合っており、空を見ながら騒いでいた。
全員が同じ方向を見て、指を向けている者もいる。
レミィは小首を傾げて住民が見ている方向に視線を向ける。
「……わぁ……」
思わず感嘆の声を漏らしてしまう。
満天の星空の下で、緑色の”オーロラ”が揺らめいていた。
雲が少ない夜空に浮かび、月光と星々に照らされるそれは、なんとも幻想的な光景を作り出していた。
魔法だ。天然で発生したわけではなく、あまりのも巨大な魔法が、まるでオーロラのような形になり、空に浮かんでいるのだ。
「……ゾディアック?」
レミィは、恐らくこの魔法を発動させた者の名を呟く。
はっとして、踵を返すとセントラルの中に戻る。
もうすぐ帰ってくる。確信めいたものを感じていた。
頬が自然とほころび、レミィは出迎えの準備をし始めた。
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