第61話「月に昇る、緑火の斬撃」
壁も床も黄金色に輝いていた。突然のことに、少年とカルミンは、怯えた声を出した。
一同は固まり、周囲を見渡す。
「なんだ、これ」
さまざまな任務をこなしてきたベルクートでさえ、初めて見る現象だった。
黄金色に輝くそれは、魔力だった。ここまで可視化されていることなど、普通はあり得ない。
「ちょっと! 何が起こってんのか説明してくれよ!!」
「落ち着いてください~、狐くんー」
「落ち着けるかよ! 全部金ぴかになるし、壁とか床には血管みたいな線が出てるしよぉ!」
少年の言う通り、血管と思しき管が、そこら中に出現していた。
金色の壁は、脈打つように点滅を繰り返している。
「……ありえないが……ない話じゃない、か」
ゾディアックがぼそりと呟いた。
ベルクートが首を傾げる。
「なんだよそれ」
「あくまで憶測……いや、もう確実か」
ゾディアックは全員を見る。全員の視線が注がれ、かなり緊張してしまう。
「えっと、だな……その……」
「なんだよ!! さっさと喋ろよ!!」
少年がガーガーと喚く。ラズィが困ったような笑みを浮かべている。
「ご、ごめん、えっと」
ゾディアックは、わざとらしく喉を鳴らして大きく息を吸う。
「このダンジョンは、生きている。多分、モンスターなんだ」
沈黙が流れ、ベルクートとラズィが顔を引きつらせた。
「超大型モンスター……という奴でしょうか~?」
「冗談だろ?」
ふたりは「何を馬鹿な事を」といった様子で聞いていたが、完全に否定できずにいた。
むしろ、ゾディアックの言っていることは間違いではないと思った。
薄ら笑いを浮かべながら、ベルクートは額に手を当てる。
「マジかよ……城が丸ごとモンスターかよ……」
「ただ、これが本当にモンスターだったとしても。魔法が使えないだけでこっちに害は」
ゾディアックが喋っている途中だった。
「ぐっ……はぁ、はぁ……!」
突然、カルミンが胸を押さえ、苦しそうな呼吸を繰り返し始めた。
「カ、カルミン、どうした……の……」
異常な光景にビオレが心配するが、カルミンと同様に胸元を握りしめた。その途端、呼吸が乱れ始めた。
「なに、これ……」
「ビオレちゃん!?」
ラズィが苦しんでいるふたりに駆け寄ると、気づいた。
目を見開きゾディアックを見る。
「魔力が吸われています!! このままじゃ!」
ゾディアックは下唇を噛んだ。
この世界に生きるすべての生物には、体内の血液中に"魔力結晶"と呼ばれる、特殊な細胞が存在している。
一般的には魔力と呼ばれ、これを活性化させることで、魔法が使えるという仕組みになっている。
言ってしまえば魔力というのは、体内に流れる血液とほぼ同義であり、なくてはならない存在なのだ。
魔力が失われていけば、例え外傷が無くても疲労が蓄積していく。最悪の場合、出血多量状態と同じ症状に陥り、死に至る。
一瞬で失われれば、即死もする。
そんな大切な物が徐々に吸われていくということは、血液がどんどん失われているのと同じこと。
魔力の量は人によって違う。増やすことはできるが、それには長い年月がかかる。
ビオレやカルミンといった、まだ魔力の量が少なく、疲労も蓄積している者達が苦しみ出すのは、当然だった。
「くそ、何とかならねぇのか!」
転移魔法が使えないのは、遮断されているわけではなく、吸われていくスピードが速すぎるせいで、魔法が発動して即消えてしまっているのだ。これでは防御魔法も意味がない。
「ビオレちゃん、そこの子も! しっかりしてくださいー!!」
ラズィの呼びかけに対し、ふたりの反応は鈍い。
このままでは脱出することが絶対に不可能であることを、ベルクートとラズィは理解していた。
「なぁ、助かるんだよな、俺たち! なぁ!?」
少年が全員に呼びかけるが、誰も返事をしなかった。
少年は右往左往すると、ビオレたちに近づく。
「しっかりしろよ。大丈夫だって! だって、その、この人たち凄いじゃん!? だからきっと助かるからさ!」
少年の健気な励ましの声を聞いて、ゾディアックは決心する。
やるしかない。これが上手くいかなければ終わりだ。でもやるしかないんだ。
自分に言い聞かせると、ゾディアックは全員に背を向け武器を取り出す。
「ゾディアック……?」
ベルクートが疑問符を浮かべる。全員の視線が、ひとりだけ上を見ているゾディアックに注がれる。
「……一か八かだ。こいつを、一撃で殺す」
ベルクートは驚きの声を上げた。
「馬鹿野郎!! この大きさだぞ! お前が言ってんのは、城一個丸ごとぶっ飛ばすってことだぜ!? できるわけ……」
「俺ひとりじゃできない!!」
ゾディアックは大声で言うと振り向いた。
「力を貸してくれ」
そう言って、大剣の切先を地面に向け、全員に見えるように持つ。
「この剣は、魔力を溜めて、威力を倍増する効果を持っている。みんなの魔力をこの剣に込めて、俺の技と一緒に解き放つ」
「……ラミエルの翼ぶっ飛ばした時の技か?」
「ああ。それで、この城を殺す」
ゾディアックは力強い言葉で言った。
「魔力を纏っているなら、撃つ前とか、撃った後に消されないか?」
「転移魔法は消されたけど……俺の技が消されるほどの吸収速度じゃない。消える前に行けるはずだ」
およそ作戦とは言えない、大雑把な物だった。
すべて一撃にかける。これが失敗すれば、確実に死ぬ。
全員がそれを理解した。
そして、それしか方法がないことも、理解した。
「……わぁったよ」
無理だ、と言おうとしていたベルクートは、軽く笑ってゾディアックの意見に同意した。
「俺らの命、あんたに預ける」
そう言って大剣の柄を握り、魔力を流し込む。
底無しの落とし穴に、水を落としているような感覚だった。
辛うじて動ける程度の魔力だけ残し、手を離した。
「頼んだぜ、大将……!!」
「……ああ」
頷きを返すと、次に白い小さな手が柄に触れた。
「どうやら、足手纏いではなくなりましたね~」
糸目のラズィが、笑顔でゾディアックを見上げて言った。
「ぶちかましてー、やっちゃってください!!」
「ああ」
白い手が離れる。
すると少年が剣の柄を両手で握った。
「お、俺の全部使っていいからさ! 頼んだぜ!」
少年は目を閉じて魔力を流し込む。
瞬間、ゾディアックは驚愕した。
まるで、滝のような魔力が一気に流れ込んできたのだ。剣を握っているゾディアックだからこそ探知できるのだが、明らかに異常な量が流れてきている。
ガーディアンとしてベテランである、ベルクートやラズィと同等かと思うほどだ。
「こ、これでいいのか!? あ、あ~あ~あれ~……くらくらするぅ~~……???」
少年が手を離し、フラフラしながらも剣から離れた。大量の魔力を一瞬で失ったせいだろう。
「ありがとう、みんな」
ゾディアックは全員に礼を言うと、全員に背を向けて距離を取る。
そして、半身になり、大剣を体で隠すように構え、剣先を後ろに下げる。
ゾディアックは、兜の下で、滝のような汗を流しながら緊張していた。
上手くいくかどうか。
ゾディアックの両手が、かすかに、震え始めていた。
★★★
「よし、ガキンチョども、集まれ」
ベルクートはゾディアックに背を向け、少年とビオレ、カルミンを集める。
「なんだよオッサン」
「いいから」
そう言って息を吐き出すと、両手を広げ、覆いかぶさる準備をする。
「な、何してんだよ」
「ん? 上手くいってもいかなくても、瓦礫が降ってくるかもしれないだろ? 魔法の防護壁も使えねぇし、俺らが盾になるしかないだろ」
サラッと言うベルクートに対して、少年は目を見開いた。
「ば、馬鹿かよ!! そんなことしたら、あんた死んじまうぞ!!」
「いいんだよ。お前らの方が大事だ」
それに、と付け加え、少年を見る。
「お前みたいな勇敢な男を、こんな場所で死なせてたまるか」
そう言って、ニッと笑う。
「オッサンに任せとけ。カッコいいとこ見せてやるよ」
少年は言葉を失った。
生まれて初めてのことだったからだ。
誰かに、守られていることが。
「なら、私もカッコいいとこ見せましょ~」
ラズィが微笑みをうかべながら、ベルクートと同様に覆いかぶさる準備をする。
ビオレが焦点の合わない目でラズィを見る。
「ら、ラズィさ……」
「大丈夫ですよ~。お姉さんに任せておけば、超安心、ですから~」
笑顔だった。
ベルクートもラズィも、守るべき存在を安心させるために、笑顔を浮かべていた。
仲間を守るためなら死ぬことすら恐れない、ガーディアンの姿を見て、少年は自分の心が熱くなるのを感じた。
★★★
溜め込んだ魔力が大剣に纏わりつき、刀身を銀色に染め上げる。
あとは、解き放つだけ。
「……最強のガーディアンだろ」
ゾディアックは自分に言い聞かせる。
「みんなを守るんだ。この国で初めてできた、仲間を、守るんだ」
両肩に、仲間の命がかかっている。
緊張と不安で、口の中が乾く。
「できる、俺ならできる」
呟いて、両手に力を込める。
「俺なら、できる。俺なら……」
『できますよ』
ゾディアックは目を見開いた。
愛する者の声が聞こえ、すっと、心の中に入り込んだ。
瞬間、ゾディアックの中から緊張と不安が消え失せ。
かわりに自信と勇気が湧き上がってきた。
我ながら単純な思考回路だと笑ってしまいそうになる。
だが、それがいいんだと、ゾディアックは思った。
口元に、笑みを浮かべる。
「今から帰るよ。ロゼ。みんな、一緒に」
呟いて、歯を食いしばる。
全身全霊、持てる力を、すべて大剣に注ぐ。
白く輝く大剣に、緑色の炎が、ベルクートの炎が纏わりつき、一歩踏み込む。
ゾディアックは想いを乗せて、大剣を天井に向かって横薙ぎに振る。
放たれた斬撃は緑色の光となり。
月に向かって、昇って行った。
お読みいただきありがとうございます。
次回もよろしくお願いします。




