第60話「ガンズ・オブ・ザ・ヒート」
ベルクートが召喚した武器は、”レミントンM870”と異世界では呼ばれている銃を模して作られた、ポンプアクション式ショットガンだった。
弾丸の威力を上げるよう改造されており、さらに魔力を流し込むと威力が底上げできる仕組みになっている。
改造されているのは銃だけでなく、弾丸こと”ショットシェル”もそうだ。
今使っているのは、バードショットと呼ばれる、大量の小さな粒の散弾である。ショットシェルの中に数十から数百個の弾が入っており、名が示す通り、鳥撃ちなどで用いられている。
貫通力が低く、近距離で効果を発揮するのが特徴的なシェルだが、これだけではミノタウロスの筋肉の鎧は貫けない。
だが、ベルクートが用意したシェルの中に詰め込んでいるのは、銀でできた弾丸だった。
モンスターの弱点でもあるシルバーバレット。ショットガンの銃口から放たれた数百のそれは、一斉にミノタウロスの脇腹にめり込んだ。
近距離から発射したため威力は絶大であり、弾丸は、ミノタウロスの腹の肉を吹き飛ばした。
あまりのダメージに敵は動けず、ゾディアックたちもベルクートに視線を送っていた。
この隙を見逃すわけにはいかない。ベルクートが声を張り上げる。
「ゾディアック! ラズィ! 援護してくれ!」
ゾディアックが頷くのが見え、後ろから「わかりました~」という声が聞こえると、ベルクートは再び弾丸を発射した。
ミノタウロスの腕に、銃弾の雨が降り注ぎ、血が飛び散る。
銃を若干寝かせ、フォアエンドを上下に動かす。
ガシャン、という小気味いい音を鳴らしながら薬莢が排出され次弾を装填し、もう一度発射する。
相手が雄叫びを上げようとするが、その前にベルクートの弾丸が、ミノタウロスの右胸に叩き込まれた。
「殺せねぇか」
舌打ちする。本来であれば吹き飛ばせたはずの一撃だが、相手が若干動いたせいか、致命傷には至らなかった。
ミノタウロスは雄叫びを上げず、鋭い眼光でベルクートを睨み、両足に力を入れ立ち上がろうとする。
瞬間、右膝裏に、ゾディアックの大剣が突き刺さった。
バランスを崩し、ミノタウロスの動きが止まる。
ベルクートは銃口をミノタウロスの足にくっつけるほど接近させ、引き金を引いた。
爆音と同時に肉が抉られ、骨が拉げる音が響き渡った。
至近距離の威力と筋肉が薄い関節部分に銃弾を浴び、ミノタウロスはたまらず尻もちをついた。
ベルクートは追撃しようと、次弾を装填し近づく。
その時、ゾディアックの視界にミノタウロスの腕が動くのが見えた。
「ベル!!」
ゾディアックがベルクートに体当たりする勢いでぶつかり、ふたりは倒れた。
直後、倒れたふたりの上に、巨大な握り拳が通過した。
軽装のべルクートがまともに食らっていたら、致命傷は避けられなかっただろう。
「あっぶねぇ!! ナイス、ゾディアック!!」
親指を立てると、ゾディアックも親指を立てた。
すると周囲に黒煙が立ち込めた。
「魔法が効かなくても、こういう目くらましは防げないでしょ~?」
ラズィは煙黒と呼ばれる魔法を発動した。
その名の通り、指定した地点に煙を発生させるだけの魔法であり、普段は逃亡用に使われる魔法だ。
しかし、今回の戦闘では、抜群の効果を発揮していた。
痛みと怒りで我を忘れているミノタウロスは、黒い煙に紛れたゾディアックとベルクートを見つけることができない。闇雲に腕を振り回すだけだった。
空を切り続け、疲れきったミノタウロスの前に、黒煙の中からゾディアックが姿を見せる。
ミノタウロスは吠え、太い腕が、ゾディアックを逃さんと迫る。
「こっちだ、ウスノロ」
後方からの声、それと同時に銃声が鳴り響き、ミノタウロスの背中を抉った。
背後からの一撃を見舞うと、ベルクートは間髪入れず次弾で肘を、次弾で足を撃ち抜く。
あの爆音が鳴れば、必ずダメージを負う。そのことに恐怖したミノタウロスは、怯えるような鳴き声を出して蹲った。
戦意喪失している相手に、ベルクートは薬莢を排出しながら近づく。
両膝をつき、頭を抱えて蹲るその姿は、天に許しを請うような姿だった。
だが待っているのは、許しの声でも天使の微笑みでもない。
ミノタウロスの頭頂部の前に立つと、隣にゾディアックが来た。
「悪いな。最後まで美味しいとこ持ってくぜ」
「……どうぞ」
わざとらしい会釈をしながら、ゾディアックは手で敵を指す。
ベルクートは鼻で笑い、手の平に新しいショットシェルを召喚する。
一撃で殺せる、貫通力の高い、スラッグ弾。それを引き金近くにあるローディングゲートに装填する。
「そんなことするキャラだっけ、お前?」
「……この前映面で見た。カッコいいなと思って、やってみたかったんだ」
ベルクートは頬を上げる。
「そうかい」
言うと笑みを一瞬で消し、真剣な眼差しでミノタウロスを睨むと、フォアエンドを動かし引き金を引いた。
地獄へ送る銀の弾丸が頭部にめり込み、頭蓋骨を砕き、ミノスウロスの頭を吹き飛ばした。
「真似したくなるよな。映画のワンシーンって」
煙が立ち上る銃口を口元に持っていき、ベルクートはふっと息を吐いた。
灰色の煙が、かすかに揺れ動いた。
★★★
絶命したミノタウロスに背を向け、ゾディアックとベルクートは全員と合流する。
「すっげぇ、倒したのか!?」
興奮した様子の少年は、キラキラとした目でふたりを見た。
ベルクートがどうだと言わんばかりの顔をして、腕を組む。
「おう。余裕余裕。銃使えば、あれくらいのは速攻で倒せるぜ」
「お、俺も使えるかな!?」
「お、じゃあまずは口径の小さい物から……」
「お話もいいですけど、さっさと出ませんか~?」
楽し気に話をする3人をよそに、ゾディアックは座っているビオレの隣に膝をつく。
「マスター……」
潤んだ瞳を向けてくる相手を観察する。
致命傷はないが、右肩の脱臼はすぐ治さなければならなかった。
「治すぞ。痛いけど、我慢するんだ」
ビオレの右腕を掴んでいった。
「は、はい……」
返事を聞くと、ゾディアックは力を入れてビオレの体を固定し、万力のような力で脱臼した部分と腕を動かす。
「うっ!!! くっあぁぁぁあああああ!!!」
痛みで絶叫するビオレに、話していた3人とカルミンが目を向ける。
ゾディアックは声をかけず肩を入れ直した。
嗚咽を漏らし、ビオレは必死に痛みに耐えながら右肩を押さえる。ゾディアックはその上から回復魔法を使った。
淡い緑色の光が患部を照らし、痛みを取り除いていく。
「あまり動かすな。ここを出たら、また治療する」
「……はい」
すっかり落ち込んだ様子のビオレは、首を垂れて頷いた。
ゾディアックの視線は、黒髪の剣術士、カルミンに向けられる。カルミンは怯えた様子で、必死に視線をそらしていた。
「……あのふたりは、無事だぞ」
そう言うと、カルミンは目を見開いてゾディアックを見た。
「おい、ゾディアック!!」
ベルクートたちが近づく。
「とりあえず、ここから出ようぜ。俺はラズィとガキンチョ抱えて転移すっからよ」
「ああ」
ベルクートは転移魔法を発動しようとする。
だが、おかしなことが起こった。
「……あれ?」
ベルクートは疑問を浮かべた。
「どうしましたか~?」
「転移魔法が使えねぇ……」
ラズィが首を傾げる。
なぜだと、一同が思った。
次の瞬間。
部屋の壁が、黄金色に輝いた。
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