第59話「遮断」
扉が派手に破壊されており、わずかな月明かりが差しこむダンジョンの中を、少年とラズィは進んでいた。
周囲に散らばる血と死体。そして焦げ痕。ゾディアックとベルクートが通った証であり、わかりやすい道標だと思い、ラズィは口角を上げた。
「あ!」
少年が声を上げ、ラスィもそれに気づく。
ふたりは徐々に歩くスピードを落とし、立ち止まった。大きな穴が空いており、道が途絶えていた。
「行き止まり?」
「いえいえ~。違いますよ~」
ラズィは頭を振る。
「さきほど大きな音が聞こえましたよね一。多分、この穴が原因かとー。ゾディアックさんが床を壊したらしいですね~」
「なんでそんなことすんだよ」
「さぁ~? ただ、考えもなく無駄なことをする人じゃないと思うので~……降りてみましょうか一」
「ま、マジで?」
少年は底が見えない穴をのぞきながら言った。
「はい~。大丈夫ですよー、運が悪ければ死ぬだけなので〜」
穴をのぞきこんだラズィの横顔は、いやに楽し気だった。
★★★
巨大な図体、雄牛の頭に人間の体。右手には巨大なハンドアックスを持っており、全身が筋肉の鎧に覆われている。
迷宮に入り込んだ者たちを食らう、「ミノタウロス」と呼ばれるモンスターだ。
上級に分類されており、以前倒したブラスタムに負けずとも劣らない力を持っている。
ビオレやカルミンでは逆立ちしても倒せない相手だが、ゾディアックとベルクートにとっては雑魚である。
剣を構えたゾディアックは駆け出す。
牡牛が叫び声と共に、斧を縦に振った。
ゾディアックは素早く横に飛び斧の一撃を避けると、一気に間合いを潰す。
間合いに入り、魔力を剣に纏わせ突き出す。
切先がミノタウロスの腹部を突いた。
間髪入れずにベルクートの炎が襲い掛かり、ミノタウロスの首から上が炎上した。
「よし、終わりだな」
余裕といった表情でベルクートは髪をかき上げる。
ゾディアックの一撃に、対象が灰になるまで鎮火しないベルクートの緑色の炎。
勝負は決まったかに思えた。
しかし、ミノタウロスの近くにいたゾディアックは、異変に気づく。
「……なに」
剣が、少ししか突き刺さっていなかった。
確かにミノタウロスの筋肉は、生半可な刃物を通さないほど固い。そのかわり、魔法にはめっぼう弱いという弱点がある。そのため、エンチャントを施した剣であれば、余絡で貫けるはずだった。
ミノタウロスが雄叫びを上げる。
ゾディアックは武器を引き、防御の体勢を取る。
直後、ミノタウロスの巨大な拳が、ゾディアックを吹き飛ばした。
「マスター!!!」
たまらずビオレが叫ぶ。ゾディアックは堅に激突したが、すぐに体勢を整える。
その時、相手を燃やしていたはずの炎が、一解で霧散した。再び姿を見せたミノタウロスの顔には、焦げ痕ひとつ付いていなかった。
「あぁ? どういうこった?」
ベルクートは疑間符を浮かべた。
ミノタウロスに魔法が効かない、なんてことはありえない。明らかに異常な光景だった。
炎の消え方にも違和感を覚えた。制御したわけでもないのに、突然火力を失ったように消えてしまった。
「制御……」
ベルクートは呟いた瞬間、頭の中に"遮断"という言乗を思い浮かべた。
「ゾディアック!!」
呼びかけると、ゾディアックは剣を上げて応答する。
ゾディアックも気づいていた。ミノタウロスは恐らく、魔法を無効化する道具を使用している。
身に着けているもので一番怪しいのは斧。次いで腰蓑だ。
魔法を遮断されているとはいえ、負けるということはない。だが、攻め手にかけているというのも事実。
ゾディアックはどう攻めるか考えようとした。
その時だった。
「あぁぁぁあああああああ!!!!」
上から叫び声が聞こえた。
ゾディアックは視線を上に向けると、誰かが落ちてきているのが見えた。
舌打ちし、駆け出す。ベルクートは効かないと理解しながらも炎で攻撃し、ゾディアックを援護する。
鬱陶しそうに炎を払うミノタウロスをよそに、ゾディアックは剣を背負って落下地点にスライディングして滑り込む。
「いでっ!!」
「あら~」
直後落ちてきたふたりがゾディアックの上に乗った。
ふたり分の重さを感じながらも、ゾディアックは声ひとつ出さず、優しく受け止めた。
そして落ちてきた人物を見て、兜の下で目を見開いた。
「あ〜、ゾディアックさん。お疲れ様ですー」
「ら、ラズィに、君は⋯⋯!? なんでここに!?」
ゾディアックは青狐の少年に声を飛ばした。
相手は両手を上げ、しどろもどろになる。
「い、いや、これは、その……」
「いや〜、これには深い事情がありまして〜」.
のほほんとしたラズィとは対照的に、狐の顔をした少年は、バツが悪そうな顔をしている。
ゾディアックは溜息を押し殺し、ふたりを背負ったまま走り、ベルクートたちと合流する。
「あれ、ラズィちゃん!!」
ベルクートは目を丸くして、抱っこされているラズィを見る。
「やっほ〜、ベルさん」
「やっほ~、じゃねぇよ。呑気か」
ゾディアックはふたりを下ろす。
ラズィの視線は、ボロボロになり右肩を押さえているビオレに向けられる。
「おやおやー、痛めつけられてますねえ、ビオレちゃん」
「……ラズィさん」
息も絶え絶えで名を呼ぶビオレに対し、ぐっと親指を立てる。
「お姉さんが来たからには、もう安心ですよ〜」
優しい笑みを浮かべた後、ラズィはミノタウロスを見る。
鼻息を荒くし、一同を睨んでいた。
「あんな牛さんくらい、さっさと焼きましょうよ〜」
「それができたら苦労しねぇよ」
「どういうことですか?」
小首を傾げてベルクートを見ると、ゾディアックがかわりに口を開く。
「……相手はこっちの魔法を無力化している。魔力を遮断する類の道具を使っているのかもしれない」
ラズィは「あら~」と言って、困り顔で頬に指を当て、ポリポリと掻く。
「私、お邪魔虫ですか~……?」
「うん、すげぇ邪魔。何しに来たんだよ」
「うぇ〜ん、酷いですー! 仲間のピンチに参上したのに~!」
「……むしろ余計ピンチになった気が」
「ゾディアックさんまでー!!」
3人はまるで談笑しているかのように話していた。
ミノタウロスがそれをみて、さらに鼻息を荒くする。
「お、おい、話してる場合かよ! あいつめっちゃ怒ってんぞ!」
少年が興奮している様子のミノタウロスを指差す。
直後、業を煮やした開いては雄叫びを上げ、斧を振り上げながら突進してきた。
「うわぁ来たぁ!!」
少年が3人の後ろに隠れる。
入れ替わるようにゾディアックが飛び出し、敵との距離を詰める。
相手が斧を横に振った。ゾディアックは身を屈めて攻撃をやり過ごすと、剣を抜いて斬りかかる。
狙う箇所は、斧を持つ指。
漆黒の大剣が、斧を持つ方の親指にめり込んだ。太く固い指であったため、切断とまではいかなかった。
しかし、当たり所がよかったのか、効果はあった。
ミノタウロスは悲鳴に似た声を上げ、斧を床に落とした。大きな金属音が空気を揺らした。
「ベル!! ラズィ!!」
ふたりの名を呼ぶと同時に、緑の炎と、透き通るような水色の巨大な氷柱が、ミノタウロスを強襲した。
強力な攻撃魔法ではあったが、炎は相手に届く前に消失し、氷柱は当たったと同時に砕け散ってしまった。
「遮断している道具は斧じゃなかったか」
「となると、腰蓑か、体の中になにか入れているとか、ですかね〜?」
答えを探すのは面倒だった。それに、ここで時間をかけすぎていると、怪我をした者たちの手当ても遅れる。
ベルクートは後頭部を掻く。
「しょうがねぇか」
意を決したように言うと、目尻を吊り上げ前に出た。
「ラズィちゃん、ガキンチョ共のお守り、頼むわ」
「べルさん?」
「前に出る」
「えぇ!? あなたが前に出てもしょうがないのではー……」」
ベルクートはニッと笑って、ラズィに視線を送る。
「カッコいいとこ見せてやるよ」
そう言って駆け出すと、右手に緑の炎を纏わせる。炎の中で、手の平に刻んだ赤い魔法陣が発光し、別の魔法を発動させる。
発動したのは攻撃魔法ではなく、転送魔法だ。物を取り寄せるだけの地味な魔法であるにも関わらず、習得難易度が高く、覚えているガーディアンの数は少ない。
だが、これはベルクートのとっておきの魔法だ。
重い物や大きすぎる物は出せないが、「自慢の武器」なら取り出すことができる。
魔法の発動を止めると同時に、ベルクートの右手には、長い棒状の何かが握られていた。
それは、ガーディアンたちが忌み嫌う武器。
アウトローが好み、この世界では邪な物とされている武器。
ミノタウロスの至近距離まで近づいたベルクートは、棒状の物を向けた。
直後、爆音が室内に響き渡った。
初めて耳にする音に、狐の少年は耳をピンと立てた。
「なんだ、今の音……」
疑間に思いながらミノタウロスを見ると、脇腹を押さえながら片膝をついていた。
叫び声も上げられないらしく、苦悶の表情を浮かべながら血を流している。
「どうだい、牛野郎。お前は知らないだろうから教えておいてやるよ」
言いながら、フォアエンドを引ききり、薬莢排出と同時に次弾を装填する。
「「化け物退治にはショットガン」、って相場が決まってんだよ」
苦痛にもだえるミノタウロスに対し、”ポンプアクション・ショットガン”の銃口を向け、挑発的な笑みを浮かべながらベルクートは言った。
その笑顔には、明確な殺意が宿っていた。
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