第55話「憧れの存在-3」
ギルバニア王国から数十キロ離れた場所にある、海辺の洞窟は、以前ベルクートが調査を行っていた。
だがその時とは違い、入口から既に禍々しい雰囲気が漂っていた。
「うっひゃぁ、行きたくねぇ」
護衛も何もおらずたったひとり。何が待っているかわからないダンジョン。
おまけに騎士団がやられているときている。
普通に考えれば自殺行為だが、ベルクートはワクワクしていた。
「燃えてきた」
そう言って洞窟内に入る。
入口からある程度先までは、以前の調査から安全性が確立されており、それなりに道が整備されている。
ベルクートは道なり進んでいくと、血の匂いが濃くなっていくことに気づく。徐々に薄暗くなってきたため、洞窟を照らしていた松明を手に取る。
警戒心を強めながら先へと進むと、大きな穴が空いていた。底が見えないほど広く大きな穴。まるで断崖絶壁に立ってしまったようだった。
以前来た時には、こんな穴はなかった。ベルクートは鼻の下を擦り、手に持っていた松明を捨てる。
松明が地面に落ちた。それほど深くはないらしい。
「よっ」
声と共にベルクートは穴へと降りた。魔法で落下時の衝撃を弱め、軽く膝を折って着地する。
落とした松明で周囲が明るく照らされているが、真っ暗なことには変わりなかった。ベルクートは松明を取ろうとした。
「……だれ?」
その時だった。幼馴染の声が聞こえ、ベルクートは声の出現場所を探した。
「サレン! どこだ!」
「……ベル?」
声は弱っていた。わずかな声を頼りに探し、そして見つけた。
サレンは血塗れだった。右腕と右足が血に染まっており、鎧も半壊している。装備していたであろう剣の柄を、左手に持っていた。
自分にとって、憧れて”いた”存在は、なんとも弱々しい姿となっていた。
悲しみの感情を殺し、ベルクートは安心させるために笑みを浮かべる。
「よぅ、手酷くやられたな」
「……」
「何だよ。恨めしそうな顔で見んなって。遅れて悪かった」
「他に、誰もいないの?」
「ああ。命令無視して助けに来たからな」
サレンが目を見開いた。
「どうして……!?」
「幼馴染だろ。俺たち。そりゃ助けたくもなるわな」
「そうじゃなくて、あなただけで、助けに来るなんて、意味がないでしょ」
「はぁ?」
「だってベルは、私がいないと、弱いし……」
呆れた顔でため息をつく。
「あのさ、俺、こう見えても結構強くなったんだぜ?」
半笑いで、ベルクートは自分の胸元を親指で指した。
その時だった。洞窟の奥から呻き声が聞こえてきた。
「リビングデッドか……? なるほど」
ベルクートは納得した。確かに処理場としては、この場所は最適だった。
以前調査した時には見つけられなかったが、恐らくこの洞窟の地下は、怨念が渦巻く危険地帯と化しているのだろう。
特定の攻撃や魔法しか効かない死者たちが襲い掛かってきたら、いくら騎士団といえど、装備もないため殺されるのは必至だろう。
舐めやがって。ベルクートは口元だけ動かすと、手の骨を鳴らす。
「ベル、逃げて。死んじゃうよ」
「アホか。なんで逃げんだよ。いいからそこで、黙って見てろ」
瞬間、ベルクートの右手に緑色の炎が出現する。
眩しいほどに光を放つ緑火は、洞窟内を明るく照らし、腐った血肉を引きずる死者たちを照らした。
周囲に大量。目に映るだけで50は超えている。
「楽勝だな」
ベルクートは膝を折り、左手を地面に当てる。次いで魔力を流し込む。
地面に白い魔法陣が浮かび、徐々にその範囲を広げていく。
そして魔法陣に触れたリビングデッドたちが、一斉に苦しみだした。顔を覆ったり、蹲ったり、まるで懇願するかのように天を仰ぐ者もいた。
アリシアから習った『アグニ・ライト』と呼ばれる大魔法だ。見た目は地味で効果時間も1分しか持たない。
そのかわり、効果が非常に強い。
その効果とは、”死者を生者に変える”。死者が生き返るというとんでもない魔法ではないが、一時的にその肉体と魂を生者と同じにするという効果だ。
そうすれば、通常の武器や魔法による攻撃で、相手は死に至る。
相手からすれば、二度死ぬようなものだが、リビングデッドから生き返る方法などないため、致し方ない。
ベルクートは右手の指を鳴らす。独特の魔力換気によって、右手に纏っていた炎が大蛇のようにうねり、リビングデッドたちに襲い掛かる。
炎の渦は瞬く間に相手を飲み込み、そのすべてを消し炭にした。
暗かった洞窟が明るく照らされ、周囲の状況がよくわかるようになる。ベルクートは首を動かし、上に行く方法を探る。
崖の形が階段状になっているのが見え、怪我人を抱えても苦労はしないだろうと判断した。
目を丸くしているサレンの前に膝をつく。
「サレン。行こうぜ。ここで長居をする必要は」
「ま、待って。まだ、フロージが」
「フロージ?」
「私と一緒にここに来た人で……その……恋人……」
申し訳なさそうにサレンは言った。
たくましいね、女は、と思い、ベルクートは鼻で笑う。
すると、耳に呻き声が聞こえた。徐々に数は少なくなっているとはいえ、まだ全部を焼いていないらしい。
「とりあえず、そのフロージって奴も助けるから、いったん外に」
その時、呻き声に混じって微かに、人間の声が聞こえた。「助けてくれ」と叫んでいるようであった。
サレンにも聞こえたらしく、ふたりの視線が声のする方向に向かう。
「助けてくれぇ」
炎の中から、鎧を着た男が出てきた。
「フロージ!!」
サレンが嬉しそうな声を上げる。だが、ベルクートの顔は険しいままだった。
最悪だ、とベルクートは叫びたかった。フロージは腹に大きな穴が空いており、顔も半分無くなっていた。
しかし喋れているということは、リビングデッドに”なりかけ”ている状態だ。今の状態でもモンスターに分類されるが。
「ベル」
懇願するような声が隣から聞こえた。
「火を止めて」
「無理だ」
間髪入れず、サレンの方を見ずに、ベルクートは言った。
「どうして」
「よく見ろ。お前の恋人はもう死んでいる。あれはリビングデッドだ。今火を止めても無意味なんだ。このまま燃やして楽に」
「ふざけないで! まだ生きているじゃない!! あんなに喋って」
サレンは咳き込んだ。ベルクートはそれでも顔を向けず、焼かれていくフロージを見つめる。このままいけば、全員焼いて終わりだ。
「……嫉妬?」
「はぁ? お前何言ってんだ、こんな状況で」
「私が酷い理由であなたをフッたからって、こんなやり返し方するわけ!?」
「本当に何言ってんだよ」
ベルクートは呆れてしまった。命の危機に瀕しているというのに、若い連中のような恋愛感情をここで持ちだしてくるサレンに対して。
「いいからさっさと止めなさいよ!!」
「だから」
「言うこと聞けないわけ!? ベルのくせに! 小さい頃から私に守られてたばっかりだったのに、ちょっと強くなったら、かっこつけてさ! 生意気なのよあんた!」
「サレン」
サレンが無理やり動こうとしたのが音でわかり、ベルクートはとうとう視線を向けた。
恨みのこもった、涙が溜まっている瞳が向けられていた。
俺はこんな奴に憧れていたのか?
ベルクートはそう思って、サレンの顔を無理やりフロージの方へ向ける。
「いや、離して!!」
「サレン、あれを見ろ。あの状態で生きていると思うか。あいつは死んでいるんだよ」
「フロージ!! お願い死なないで!!」
「おい」
サレンは絶叫し続けた。それからフロージ含むリビングデッドたちが燃え尽きるまで、ベルクートの口は閉ざされたままだった。
★★★
騎士団の宿舎前に行くと、アリシア含む複数の団員がいた。
アリシア以外の全員が、差別的な目でベルクートと、肩を借りて傷ついているサレンを見つめている。
「おい、怪我人が帰ってきたぞ。手当てしてやってくれ」
そう言うと、何人かが渋々といった様子で近づいてきた。
「サレン。とりあえず帰ってこれたぞ。これからはまた真面目によ」
「……殺し」
何と言ったか聞こえなかった。
ベルクートが視線を向けるとサレンは叫び声を上げベルクートに頭突きした。
突然の衝撃に姿勢を崩してしまう。その隙に、サレンがベルクートを押し倒し、残った手で首を絞めた。
力は入っていなかった。サレンは疲れ切っており、締め上げる程の握力すら残っていなかった。
「――人殺し!!」
しかし、その瞳と声には、異常な力が込められていた。
恨みか憎しみか、はたまた両方か。
少なくとも、ベルクートのことを敵とみなしている表情を浮かべていた。
「――どうして! 私の仲間より、あんたが――」
サレンが涙を流し、その水がベルクートの頬に当たる。
「あんたが死ねばよかったのに!! 返してよ! 私の好きな人を! フロージを燃やしやがって!!」
そこまで言って、ようやく他の騎士がサレンを引き離した。
「あいつは犯罪者よ! 私の仲間を殺したの! あいつも殺してよ!!」
どんどんと声が遠ざかっていく。その間、ベルクートは鼻血も拭き取らず、ぼーっと空を眺めていた。
顔を上げなくてもわかる。周りの騎士たちが、同情的な視線を向けている。微かに嘲笑的な視線も混ざっているが。
(ベルクート……)
唯一近づかなくても会話ができる、アリシアの声が聞こえた。
ベルクートは額の上で腕を組んで、掠れた笑い声を上げた。
「キッツいわぁ」
様々な感情が渦巻いてから放った、小さなその声は、アリシアにしか聞こえなかった。
★★★
それから三日後。
ベルクートに脱退通知命令が下された。
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