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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert2.ガトーショコラ
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第51話「奈落と稲妻」

 自分の鼓動がうるさかった。


「はぁ、はぁ」


 自分の呼吸がやかましかった。だがそれ以上に、迫り来るリビングデッド達の唸り声と肉を引きずる音が不快だった。


「っ!!」


 呼吸を整え再び矢を放つ。正面にいたリビングデッドの頭を貫通し、さらに後方にいる敵の頭に突き刺さる。

 だが、頭に穴が開こうとリビングデッド達の唸り声は一向に減らなかった。

 何度倒しても蘇る死者を前に、ビオレは苦戦を強いられていた。


「どうして死なない……」


 死者や幽霊といった、この世に存在してはならない”死から生まれた”モンスター達には、聖属性の武器、魔法しか通じない。

 パールになってまだ日が浅いビオレは、当然そのことを知らない。ゾディアックから教わる前に、こういったモンスターと出会ってしまったがゆえに、苦戦を強いられていた。


 このままではマズい。

 ビオレは矢筒に手を伸ばし、残り何本矢が入っているか確かめる。

 手に触れたのは、数本だけだった。

 状況は悪化の一途を辿っている。顔から血の気が引いていく。


「アー……ウァー……」


 下から突如、呻き声が聞こえた。

 慌てて視線を下に向けると、下半身が欠損しているリビングデッドが足首を掴んでいた。


「ひっ!!」


 短い悲鳴を上げてリビングデッドを蹴り飛ばす。拘束から逃れることはできたが、蹴っ飛ばした際バランスを崩し、尻もちをついてしまう。

 痛がっている暇はない。無数の唸り声が、近づいてきている。


 ビオレの手が震え始める。確実に、着実に死へと近づいている。


「……死にたくない……」


 こんなところで死ぬのか。友を手にかけてまで手に入れた力を満足に使えず、こんな死者に殺されるのか。

 なにが腕試しだ。なにが一人前だ。


 自分はまだまだ、弱かった。


 ビオレの心に後悔が濁流の如く押し寄せてくる。


「マスター……」


 恐怖によって涙を浮かべたビオレは、口元を震わせながら助けが来るのを祈った。

 その時だった。


 突如、室内に轟音が鳴り響いた。なにかが吹き飛ぶ影が微かに見え、壁に激突し煙が立ち上った。

 リビングデッド達の動きが止まり、全員が音の方にノロノロと体を向け始める。ビオレの視線も音のする方へ向く。

 ビオレの目に微かな光が飛び込んでくる。

 あの光は、カルミンが持っていたランタンの明かりだ。


「あ……!!」


 助けに来てくれたのか。声を上げようとした時だった。




「いやぁあああああ!!」




 カルミンの悲鳴が鳴り響き、同時に姿を確認できた。

 美しかった顔は涙と血で醜く歪んでおり、鎧は一部ひしゃげており薄汚れていた。

 その姿を確認すると、ビオレは煙の中からぬっと出てきた巨大な影に目を向けた。


 5、6メートルはあるかという巨体。首から下は筋肉の鎧に覆われており、金属製の腰蓑(こしみの)を身に着けている。

 両足は牛の形をしているが、体付きは人間のそれである。腕はまるで年輪の詰まっている太く、でかい、丸太のような筋肉が隆起している。

 首から上は、人の顔ではなく、牡牛(おうし)の頭が見える。被り物などではない。


 そして、腕には大きな斧を持っていた。あんなもので攻撃されたらガーディアンの鎧など、紙屑も同然だろう。


 見たこともない、巨大なモンスターだった。

 ビオレは座りながらその姿を観察していた。時間にすれば一瞬。


「ルォォォオオオオオオオオオオ!!!!」


 牡牛が雄叫びを放った。

 部屋全体が揺れ動き、壁に亀裂(きれつ)が入った。

 明らかに太刀打ちできない相手だということが、この時点でわかった。


 これが私の死か。

 目を丸くし、涙が頬を伝っていることにも気づかず、ビオレは放心していた。膝が笑っており、今にも崩れ落ちそうだった。


「い、や……いやだ、いやだぁ! 死にたくない!!」


 虚無と化していた心に、声が飛び込んでくる。カルミンの声だ。


「死にたくないよぉ……だれか、助け、助けてぇえ!!! 助けてよぉ!!!」


 牡牛がギロリと眼下のカルミンを睨む。

 そして巨大な斧を天高く掲げた。無情な一撃が、振り下ろされんとしていた。


 その瞬間、ビオレは無意識に動き出していた。

 矢を取り出し牡牛の目元を狙って放つ。真っ直ぐに飛んでいく矢は、牡牛の瞼に突き刺さった。

 牡牛が苦悶の声を上げ、目元を押さえながら一歩後ろに下がる。その隙に弓を背負い駆け出し、カルミンに近づく。


「大丈夫!!?」


 肩を掴んで問いかけた。


「あ、あ、う……」

 

 返答はなく、青ざめた顔でパクパクと口を動かすだけだった。

 ビオレはカルミンの両肩を掴んで揺する。


「逃げなきゃ! ここにいたらあれに殺されちゃう!!」

「う……うぅぅ……」

「泣かないで立ってよ!! 早く逃げないと」


 続きの言葉は、怒りに満ちた咆哮によってかき消された。

 慌ててビオレは背後を振り返る。牡牛が斧を掲げている光景が、目に飛び込んでくる。

 ビオレは強引にカルミンを引き起こした。そしてカルミンの震える手を掴み、その場を離れようと動き出した。


 だが、一歩遅かった。

 牡牛の斧が床に叩きつけられた。

 爆発音が耳に飛び込み、ビオレは聴力を一瞬失った。そのせいで平衡感覚がおかしくなった。さらに、大きな振動によって完全にバランスを崩してしまう。

 倒れたと同時に、ふわっと浮き上がる感覚が襲ってきた。


 牡牛の強大な一撃は、床を砕いた。

 視線が徐々に下がっていく。浮遊感が襲う。体と瓦礫が、宙に浮いている。

 目を見開く。暗黒が、どこまでも広がっているのが見える。


 ビオレは悲鳴を上げながら、暗闇の中へ落ちていった。


★★★


「はぁ……はぁ……あ~やっとついた!!」


 森の中で4人を見失っていた少年は、微かな残り香を頼りにフーマ城にたどり着いた。


「ここ……だよなぁ……」


 ボロボロになった、今にも崩れそうな古ぼけた城を前にして、少年は「はん」と馬鹿にしたような声を出す。


「こんなところに来て何が面白いんだか……お宝でも眠ってんのか?」


 ひとりごとを呟くと、城へ入るための門が開いた。少年は慌てて近くの瓦礫の陰に身を移す。

 4人はもう用事を済ませたのだろうか。もしかしたら、金銀財宝を抱えているのだろうか。

 少年はほくそ笑む。

 もし全員が両手いっぱいの財宝を抱えていたら、ちょっとくらいスッてやろう。全員女性で、トロそうだから、きっと逃げることはできる。

 能天気なことを考えながら、少年は瓦礫から顔を出し、様子をうかがう。

 

 その光景を見た瞬間、目を見開いた。


「ロ、ロウルゥ……駄目だよぉ……死なないで……」


 血塗れで、ボロボロのふたりの女性が姿を見せた。それは、あのパーティにいた面子だった。

 ひとりは頭から血を流しており、体中煤だらけであり、服や鎧が所々破損していた。よく見ると、片足を引きずっているのが見えた。まるで強姦に襲われた後のような身なりになっている。


 だが女性に肩を回し引きずられている女性は、もっと酷い有様だった。

 体の半分が赤黒く染まっており、腕や足がおかしな方向に曲がり、ぐちゃぐちゃになっていた。引きずられるたびに、血の線が描かれている。

 そして体から、”体の内部にある物”が、飛び出しているのが見えた。

 少年は口元を押さえた。それは、自分の友人が死んだ姿と似ていたからだ。


「なに、してんだよ……」


 自然と言葉が零れ落ちた。

 ガーディアンというのは、モンスターを華麗に倒し、さっさと報酬を受け取って酒を浴びるように飲んで武勇伝を語らい合う職業ではないのか。

 ピクニック気分で行ったのなら、帰ってくるときも笑顔だろう。

 なのに、あんな無残な姿で。それも、女性が。


 ふたりが倒れた。

 少年は奥歯を噛み締め瓦礫から身を出す。

 もしかしたら殺されるかもしれないが。

 獣人を馬鹿にしている相手かもしれないが。


「おい、大丈夫か!!」


 こんな傷ついた相手を、見殺しになんかできない。

 少年は声を張り上げ、ふたりに近づく。


「……獣人の、子供? ……なにしてんの、こんな」


 息も絶え絶えで、ひとりが話しかけてくる。


「うるせぇ!! と、とりあえず、手伝ってやっからさ、街に戻ろうぜ!」


 まだ喋れる方は首を横に振る。


「無理……だよぉ……テレ……ポも……使えな……助けが……」

「助け?」

「戻って……ガーディ……に……ゾディ……さんに……」


 何を言っているか理解できなかったが、途切れ途切れの言葉から少年は自分で解を導き出す。


「戻って、ゾディアック呼んでくればいいんだな!?」

「こ、これ……」


 女性は震える手を伸ばした。手首には血の付いたピンク色のブレスレットがつけられている。


「持って……いけば……セント……入れ……」

「じゅ、獣人の俺でもセントラルに入れるのか?」

 

 女性は頷いた。

 少年は女性の手首からブレスレットを外すと、それを手に持った。


「わかった! ゾディアック呼んでくるから!! だから死ぬなよ! ガーディアンなんだから頑張れよ!!!」


 そう言うと踵を返した。


「あり……がと……」


 女性は、ミカは、最後の力を振り絞ってそう言うと、目を閉じた。


「待ってろ……!!」


 少年は踵を返すと同時に大地を蹴り、一気に加速する。

 その速さは風を凌駕し音を置き去りにしていた。

 少年すらも気づかぬうちに、そのスピードはどんどん上がっていく。




 まるで青い稲妻の如き速さで、少年はサフィリア宝城都市へと向かった。




お読みいただきありがとうございます。


次回もよろしくお願いします。

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