第50話「罠」
「え……?」
ビオレは恐らく扉があるだろう方向を見た。さきほどの音から察するに、扉が閉められたのだろう。
声を出そうとして、やめた。今までの違和感の正体に気づいたからだ。
カルミン達はここに来るのは初めてだと言った。だから地図も用意して地下から探索を始めた。
だが、それがすでに罠だった。カルミン達はここに来たことがあったのだ。
その証拠に、地図があるとはいえ、初めて訪れる場所をなんの迷いもなく突き進んでいた。
さらにモンスターと一度も遭遇しなかったことを考えると、カルミン達は最低でも地下3階まで探索をしていたのだろう。
そしてビオレをこの部屋に誘い込み、扉を閉めた。
なぜか。
ビオレはすぐに解を導き出した。
背負っていた弓を持ち、周囲を警戒し始める。それと同時に、さきほどまで無音だった室内から音が聞こえてくる。
唸り声、人とも言えず獣とも言えない不気味な唸り声が微かに聞こえてくる。
ビオレは弓に魔力を流し込む。弓が紅蓮に輝き、周囲を少しだけ照らした。
そしてモンスターの姿を捉えた。
煮崩れた肉を引きずる者、体中が血に塗れている者、下半身がなく這いずりまわっている者。そのどれもが人型であり、肌が緑色となっている。
この部屋は、死者がモンスターになった姿……リビングデッド達の巣窟だった。
光に感化されたせいか、リビングデッド達が大きな唸り声を立て、両手を前に出しながらビオレに迫る。
「っ!!」
声からして、四方を囲まれていないことだけは確かだった。ビオレは後方に駆け出し、壁を探す。
死者の怨念の声が渦巻く暗闇の部屋に閉じ込められた、という状況でありながら、ビオレは冷静だった。
最初に誘われた時から、こうなることを予測していたからだ。
嫌われ者の獣人を誘う、しかも女性しかいないパーティにだ。そしてあの見え透いた挑発。怪しまないわけがない。
しかしビオレは、あえて話に乗った。自分の腕がどれくらい上がったのか、確かめてみたいという思いがあった。自分が尊敬するゾディアックに、少しでも近づけたのかどうか。
壁を見つけ、ビオレはそれを背にする。これで後方からの攻撃はなくなった。
リビングデッドの声がいくつも折り重なり、音が反響している。
恐らく、数は50近くいるだろう。もしこの危機的状況を乗り切れたのなら。
「私はもっと強くなれる」
見ていてください。
今この場にはいないゾディアックにそう言葉を投げると、ビオレは眼前の敵を睨み、矢筒に手を伸ばした。
★★★
「いい気味だわ」
部屋の前で腕を組んでいたカルミンが鼻を鳴らした。
「やることえげつないなぁ、相変わらず」
「そんなこと言って、ミカだってノリノリだったじゃない」
「まぁねぇ。あの子、亜人のくせに調子乗ってたしぃ。ロウルもそう思うでしょぉ?」
ミカは頭の後ろで手を組むと、視線をロウルに向けた。両手を合わせ、ひとつの拳を作りながら、両目を瞑っている。
「神も言っております……人には遠く及ばない、劣等種の亜人を淘汰すべきだと……」
「あははー。神様が言っているなら、私達にバチは当たらないねぇ」
カラカラと笑っていると、扉の先から風を切る音が聞こえた。
「頑張ってるみたいだねぇ、あの子」
「無駄よ。この中はパンドラボックスなんだから」
カルミンは扉に手を添える。
「開けたら財宝だらけの天国が待つか、モンスターだらけの地獄が待つか、わからない部屋。判断の仕方は扉の形状……」
「ダンジョン初心者のビオレちゃんには判断できないよねぇ」
「死者は神から授かりし聖なる力でしか倒せません。劣等種の弓矢如きでは、活路は見出せないかと」
部屋の中から呻き声が聞こえてくる。
「いったん地上に戻るわよ」
カルミンはそう言って踵を返した。ミカが軽く返事をし、ロウルと共にその背についていく。
「たださぁ、タンザナイトのゾディアックさんはどうするのぉ? かなりお気に入りの子だったしぃ、死んだら私たち、恨まれちゃうかもぉ?」
「あれでもガーディアンなんだから、仲間の死くらいは慣れているでしょ。それに、こっちに落ち度はないわ。「必死になって戦ったけど、実戦経験が乏しかったあの子は犠牲になりました」で相手は納得するしかないわよ。私もミカもパールなんだから」
服の汚れや魔力の消耗は、地上で工作を行う手筈になっている。これでゾディアックやセントラルの者達から文句は言われない。
「これって、嘘つきだよねぇ。嘘は悪人が行う最初の技術って言って~」
「盗人の心得ね。私もミカの職業になろうかしら」
「え~? カルミンは神官の方が似合ってるよぉ。ね? ロウルー」
「神は何者も拒みません。カルミンさんであれば、すぐに奇跡を授かれることでしょう」
「ちょっと、やめてよ。私は奇跡なんて信じてないんだから」
3人は談笑しながら階段を目指した。
昨日のうちに、道中のモンスターを倒していたため、移動はスムーズだ。すぐに階段を見つけ地下2階へ上がる。
あとは地図通りに歩いて地上に向かうだけだった。
★★★
歩き続け5分ほど経った時、カルミンは違和感を覚えた。
おかしい。もう階段があるところまで来ているはずなのに。
「ねぇ、ミカ」
「ん~、わかってるよー」
カルミンの言わんとしていることがわかったミカは、渋面になって地図を睨む。
「あれぇ~???」
「どうしたの?」
「やっぱり変だぁ。もう階段まで来ているはずなのにぃー」
ミカは立ち止まり、長く続く廊下の先を見つめた。
「ここら辺知らない場所なんだけどぉ……」
「……道間違えたかしら?」
「いいえ、カルミンさんは、というより私達は道を間違えておりません」
ロウルが目を細め、周囲を警戒し始めた。その緊張感に当てられ、カルミンの手が腰に差した剣の柄に触れる。
「ロウル、どういうこと?」
「稀にあるのですが、入るたびに内部の構造が変わるダンジョンというものが存在します」
「でも~ここまで来た時は地図通りだったよねぇ~? あれぇ?」
気の抜けたミカの声が廊下に木霊する。その後、不気味な静寂が訪れた。
ロウルは黙り、カルミンは不安に駆られた。
「嫌な予感がするわ」
「私もー」
「奇遇ですね。私もです」
ロウルは言って、壁に背を向けふたりに目を配る。
「とりあえず、このまま進むか戻るか。動かなければ始まりません。いざとなれば、神の声に従って私は動きます。この真っ直ぐな道で、両方向から悪しき者たちに襲われれば苦戦は」
必至。そう言おうとした瞬間だった。
爆音が響き渡りロウルの背後にあった壁が崩れ。
直後巨大な影が姿を見せ、
「え」
振り返ろうとしたロウルの体が、くの字に折り曲がった。
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