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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert1.パンケーキ
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第4話「セントラル」

 セントラルの内部は広い。

 面積も広く、天井も随分高い。天井から吊るされたシャンデリアのせいで目が眩む。丸や四角のテーブルが数多く置かれており、丸には4つ、四角には8つの椅子がそれぞれ配置されている。

 見ようによっては、少し洒落(しゃれ)た喫茶店のような内装である。


 そのテーブル席には、さまざまな装備に身を包んだ、ゾディアックと同じガーディアンが幾人も座っていた。席はすべて埋まっており、立ちながら飲み食いしている者もいた。

 そして、任務が貼られている掲示板付近には、多くのガーディアン達がひしめき合って仕事を探しているのが見えた。



 かつては冒険者と呼ばれ、自由に世界を旅し、武器や魔法を使ってモンスターを退治し、国と世界の平和を守るために戦う。そんなガーディアンたちが集いし場所が、この「セントラル」と呼ばれる施設だ。



 ガーディアンにとって、始まりの場であり、仕事を求める場であり、友を増やす場所であり、心と体を休める(いこ)いの場である。


 入店を告げるベルが鳴り響く中、付近にいたメイド服姿の女性が笑顔で近づいてくる。


「いらっしゃいま……せ……」


 メイドはゾディアックを見た瞬間、笑顔を曇らせ、声を小さくしていった。一部のパーティが、ゾディアックを見て会話を止めた。それから伝染するように、ざわめきが収まっていき、やがてセントラルは静寂に包まれた。


 セントラル中から突き刺さる視線の数々。


 この異様な雰囲気を味わうのは初めてではない。しかし決して慣れるものではない。ゾディアックは足早に店の奥へと向かう。

 視線が痛かった。兜をしていてよかった。青白くなっている顔を見られたら動けなくなっていた。


 店の右奥には食事や飲み物を頼めるフードサービスカウンターがあり、左奥には任務の報告を行う”受付(うけつけ)”がある。受付の隣には、任務依頼書が貼り付けてある掲示板がある。いつも多くのガーディアンが集まっている場所だ。


 ゾディアックは非好意的な視線を背中で感じながら、受付を目指す。

 受付カウンターは5つあり、それぞれに仕切りが置かれ、受付嬢が担当についている。右端のひとつだけ空いていたため、ゾディアックはその前に立つ。


「はいどうもー。お疲れ様――」


 カウンター内の席に座って報告書を書いていた、黒い事務服に身を包む、緩やかにウェーブするウルフカットの赤髪をした女性が、手を止めて顔を上げる。


 気の強さがうかがえる鋭い猫目に長い睫毛。薄く施したメイクは、健康的な肌に良く似合っている。端正な顔立ちをしており、座っていてもわかるほど、スタイルがいい。可愛いというよりは美人な見た目だ。

 そして、頭頂部で二箇所ほど跳ね上がった猫耳が、彼女の魅力をより引き立てているようであった。


 シャーレロス族、おまけに半獣の女性だった。

 ゾディアックは困惑した。獣人と人間のハーフの受付嬢など、今までいなかったはずだ。

 初対面の、おまけに美人な女性。吐き気を感じ、息を飲む。


「……エミーリォ……は?」


 消え入りそうな声でたずねた。

 その瞬間、綺麗な顔が不快だと言わんばかりに歪み、女性の頭から生えている三角の猫耳がピンと尖るように立つ。

 同時に舌打ちし、睨みつけてきた。ゾディアックの肩が若干上がる。


「爺か? 今日は腰が痛いっつって休んでんだ。だから代わりに私が受付」


 女性が自分の胸元に右手を当てる。


「孫のレミィ・カトレットだ。よろしく」

「……よ……」


 消え入りそうな「よ」だった。

 続く言葉が口から出てこない。綺麗な女性を前にしているため、緊張がピークを迎えていた。

 呼吸を整えていると、レミィと名乗った女性は眉根を寄せる。


「なんだよ。爺じゃねぇと報告する気にもならねぇってか?」


 ゾディアックは完全に沈黙してしまう。

 恐怖で心が締め付けられていた。

 口の中が酸っぱくなり、吐きそうだった。


 レミィは鼻を鳴らすと足を組み、煙草(たばこ)を咥える。長い足にズボンが非常に似合っている。


「ブラスタム討伐したんだろ? さっすが”ランク・タンザナイト”。単独(ソロ)で行ったくせに無傷かよ。”最強のガーディアン”の称号は伊達じゃないってか?」


 口元に笑みを浮かべながら、レミィは煙草に火をつけた。

 敵意は意外と感じない。嫌われているわけではなさそうだが、なんと言葉を返していいのかわからない。

 ゾディアックは沈黙を貫くことにした。


「ベテランのパーティが全滅して、緊急で手配した依頼だっつぅのに、半日かからず終わらせちまうとはなぁ」

「……」

「これで蒼園の森の平和は保たれたってわけだ」

「……」

「んだよ。黙ってないで、もっと喜べってーの」

「……」


 やったー、とか言った方がいいのだろうか。

 であれば、ガッツポーズをしながらの方がいい。どんなガッツポーズにすべきだ。

 いや、相手に聞くべきだろうか。


 ゾディアックが思い悩んでいると、レミィは煙を吐き出し、鬱陶(うっとう)しそうに前髪をかきあげた。そして唸りながら頭の後ろを掻く。


 どうやら黙っていた方がいいらしい。ゾディアックはそう思い、口を噤んだ。


 レミィは床に置いてあった紙を手に取り、カウンターに乗せる。


「とりあえず報酬な。300万ガル。本当はもう10倍近い値段払って当然なんだけどな」


 依頼書を見ながらレミィは言った。後方から妬ましさが含まれるため息が聞こえた。


「確認のために言うが、追加の報酬は出ないぞ。なにぶん突発的な依頼だったしな」


 ゾディアックは首肯(しゅこう)する。ろくに報酬が出ないことはエミーリォから聞いていた。知ってて受けたのだ。


「金は現ナマであるけど、全部持ってくか?」

「い、いや、いらない」


 食い気味に言ってしまう。レミィが驚いた様子で顔を上げ、隣で受付をしていたガーディアンがビックリした様子でゾディアックを見る。

 喉を鳴らし、慎重に言葉を紡ぐ。


「受け取る」

「は? どっちだよ」

「あ、いや……100万だけ。受け取る」


 レミィはゾディアックを(いぶか)し気に見た。

 100万ガルだけ受け取るというのは、エミーリォとの約束だった。残りの金は、セントラルの資金源として渡す予定だった。


「あとは、返す」

「はぁ?」


 レミィは柳眉を逆立てた。猫目がさらに鋭くなる。


「”返す”だぁ? お前何言ってんだ? うちの爺が勝手に使っても文句言えねぇんだぞ」

「……エミーリォなら、使ってもいい。構わない」


 ゾディアックは視線を逸らしながら言った。

 事情を説明できれば話は早い。だがそんな余裕はないし、できるわけがない。

 初対面の相手とコミュニケーションなど、とれる自信がない。


 エミーリォだったら快諾してくれるのに。


 レミィは理解できないと言わんばかりに首を傾げると、それ以上何も言わずに立ち上がり、奥の部屋へ向かう。

 数分後、手に持った布袋をカウンターに置いた。


「お望みの報酬だ」

「……すまない」

「ありがとう、じゃねぇのかよ」


 押し黙ってしまう。居ても立っても居られなかった。

 ゾディアックは金の入った袋を手に取る。ずっしりと重かった。


 踵を返し、早足で出口へと向かう。道中、声が聞こえてきた。


「相変わらずいけ好かねぇ奴だぜ」

「俺らみてぇな雑魚と一緒の空間にはいたくねぇってか」


 ひそひそとした話し声に混ざって、明らかに聞こえるような声量で悪口を言われている。

 嘲笑交じりの嫌味の言葉や呆れたような失笑、含み笑い。冷たい視線を感じる。


「自分が強いからって、心の中で俺らのこと馬鹿にしてんだよ」


 してない。むしろ尊敬している。


「パーティ組まないソロのくせに、粋がってんじゃねぇっつうの」


 そう。自分はパーティが組めない。また前みたいに、いや、今までのように迷惑をかけてしまうかもしれないからだ。だから、声かけの勇気など湧かない。


「知ってる? あいつパーティメンバー殺したことあるんだってさ」

「知ってる知ってる。それで装備漁ってキャラバンに売ってんでしょ?」

「正直来ないで欲しいわ。黒いし暗いし。せっかくのお酒が台無しよ」


 パーティを殺したことなどない。むしろ、殺されかけたことの方が多い。

 徐々に店内が賑やかになっていく。ゾディアックが出口に向かえば向かうほど、その声は増しているようであった。


「勝ち組の考えていることはわかんねぇなぁ」

「「100万だけでいい」だってよ。かっこつけてバッカじゃねぇの?」

「それ以上言うなって。あんなんでも、この街には必要なんだから。拗ねてこの街から出ていったらどうすんだよ」


 歯嚙みしながら言葉を受け止め、出口へ向かう。

 ただ任務を達成し、報酬を受け取っただけ。悪いことなどしてない。他人を下に見ている気なんて毛頭ない。


 心がそう叫んでいる。だが口から吐き出すことなどできない。

 結局勇気がないだけだ。いや、違う。言ったとしても、どうにもならないと、勝手に諦めている。

 全部自分が悪いんだ。思いを言葉にできない駄目な自分が悪い。


「あ、あの」


 扉に手をかけたゾディアックに、メイド服の女性が声をかける。


「その、せっかく任務を終えたんですし、飲みませんか? いい葡萄酒(ぶどうしゅ)が入ったんですよ」


 ぎこちない笑みをふりまき、高い声で誘ってくる。


「いや……いい」

「けど……」

「つまらないだろ」


 静かに言った。同時にしまったと思った。

 それは「自分と一緒に飲んだら、相手がつまらない思いをして申し訳ない」という意味で言ったのだ。

 だが、その言葉足らずな一言で、伝わるわけがない。


 鬱陶しいと思われたと勘違いしたメイドは、悲し気な表情を浮かべ頭を下げる。

 どこからか、舌打ちが聞こえた。ゾディアックはその場に立っていられず、扉を開け外へ出る。


 嫌になる――ごめんなさいも、言えない自分が。


 背後から聞こえてくる賑わいの声から逃げるように、ゾディアックはセントラルを後にした。



お読みいただきありがとうございます。

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感想もお気軽にどうぞ。


次回もよろしくお願いします。

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