第48話「焦り」
マーケット・ストリートを訪れ、ベルクートの屋台を探す。
今日は平日ということもあり、人通りと露店の数は休日に比べ少なく、道路には馬車が大量に動いている。サラマンダーは、まだ動いていないらしい。
ストリートを歩き続けて5分後、ベルクートの店を見つけた。
周りの露店には客がそこそこいるのに対し、ベルクートの露店だけ穴が開いてるかのように、客は寄りついていなかった。
ゾディアックはベルクートの露店に近づく。周りの客や、キャラバンの視線が刺さる。稀有な物を見るかのような視線。恐れを抱いている視線。特に多いのは疑問形の視線だ。
「なぜドラゴンを倒したガーディアンが、銃なんて売っている店に行くんだ」
周りの目はそう言っていた。
それらを無視して露店の中を見る。ベルクートが、木製の椅子に座って本を読んでいた。
「……ベルクート」
「お、いらっしゃ――ってゾディアックかよ……」
落胆の声を出すと、興味が失せたように本に視線を戻した。
「冷やかしか? どっか行ってくれ」
「……聞いてもいいか?」
「なんだよ?」
「……チョコレート、どこで安く買える?」
「は?」
一瞬呆けたような顔になり、その後ゾディアックを睨んだ。
「おまえなぁ、俺は商売中なの。わかる? なんだよチョコレートって。せめてうちの商品見ろや!」
「今はチョコレートの方が大事なんだ」
「な、なんだこいつ……うぜぇ……」
ベルクートは呆れたようにため息をついた。
「もし教えてくれたら……銃を、持ってみたい」
その声に反応し、眉に寄っていた皺が伸びる。
「借りは、返しておきたいしな」
言うと、お手上げだと言うようにベルクートは片手を上げて席を立った。
「最初に言っておくと、他のキャラバンの商品は知らねぇ」
「そうか……」
「だからふたりで探しに行くぞ」
露店から出ると、商品の上に布を被せる。同時に魔力が集まっていく。
直後、布の上に赤色の魔法陣が浮かび上がり、布を鋼鉄の如く堅くした。
「これで誰にも取られない」
「……いいのか、店閉めて」
「どうせ誰も来ねぇよ」
布の上に手を置く。
「さっさと探すぞ。そんで、あんたを最初のお客様にしてやる」
そう言ってゾディアックを見た。一度頷くと、ベルクートは店に背を向けた。
★★★
ガトーショコラを作るための材料は、パンケーキを作るために必要だった材料で大半賄える。そのため実質的に欲しかったのはチョコレートだけだ。
格安で美味しそうなチョコレートを必要量入手し、この後は露店に戻ると思っていた。
そんなゾディアックの予想とは裏腹に、ベルクートは「セントラルに行こう」と言い出した。
「いいから、行こうぜ」
真剣な声色に、ゾディアックは黙ってついて行った。
セントラルに着くと、ゾディアックは周囲を見渡した。
ガーディアンの数が少ないのは、昼を少し過ぎているからだろうか。だが明確な違和感があった。
ビオレがいない。注意深く見渡すも、見当たらなかった。トイレだろうか。それとも、勝手に任務に行ってしまったのだろうか。
ゾディアックは今はベルクートが先だと思い、背についていく。そしてふたりは無言で、いつもの席に座った。
「で? 本当に聞きたいことはなんだよ」
対面に座ったベルクートが不機嫌そうに言う。
どうやら疑問が解決できそうだった。
「……あんたが、その、ガーディアンのランク、というか騎士団を辞めた理由というか」
たどたどしく聞くと、舌打ちが返ってきた。そしてメイドにビールを注文すると、天を仰いだ。
「……どこまで知ってんだ」
「……あんたがレッドダイヤモンドだってこと。ガーディアン殺しの、ガーディアンだと」
ゾディアックがそう言うと、眉間を押さえる。
「俺は」
視線を戻さず、天を見ながら喋り続ける。
「レッドダイヤモンドには、なってねぇ。ただガーディアン殺したってのは」
そこまで言って、ベルクートはため息をついた。
首を垂れ、両腕をテーブルの上に置き、両手でひとつの拳を作る。
「……本当だ。けど……いや、俺が悪い……俺が、あいつを殺したんだ」
掠れた声でそう言った。
ゾディアックはどこか納得いかなかった。もっと詳しいことを聞かなければならないと直感的に思った。
だが、ここで根掘り葉掘り聞いても、答えは返ってこないだろう。
ふたりの間に沈黙が流れる。そうしてジョッキに入ったビールがふたつ運ばれてきた。
「大将。乾杯しようや」
「……なにに?」
「出会いと別れに」
ゾディアックは唇に力を込めた。
「もう構わねぇでくれ。近々、この国も出るよ……犯罪者ってバレて、営業ができるかよ」
「そんな、別にバラまくつもりなんて」
「友達もパーティメンバーもまともにいねぇお前が知っているなら、すぐにこの国全体に俺の話が広まるだろうよ」
ベルクートは力のない笑みを浮かべながら言った。
これが別れの挨拶になる可能性は、非常に高い。いや、もはや確定しているといってもいいだろう。
どうやら真実を聞くことはできないらしい。それに、聞く権利も、言わせる技術もない。
諦めたようにゾディアックは嘆息すると、ジョッキに手を伸ばした。
その時だった。
「な、なぁ。ゾディアック。ちょっといいか」
ゾディアックの手が止まる。視線を横に向けるとレミィが立っていた。ズボンスタイルの事務服は、彼女のスタイルの良さを強調している。特徴的な赤い毛は今日もウルフカットであり、頭頂部にあるふたつの耳は、”イカ耳”になっている。心なしか、尻尾も揺れていた。
「……どうした?」
不安気な表情を浮かべるレミィが、ふたりを交互に見る。
「話している途中悪い……ゾディアック」
レミィが隣に座り、目を細める。
「お前、昇格の話って、したか?」
「……誰に?」
「ビオレちゃんにだ」
「えっ……と……今日、する予定だった。明日はパーティを自分から作らせるレクチャーを……」
「それお前ができんのかよ」
ベルクートからのツッコミに、ゾディアックは口を噤む。
が、レミィは不安気な表情を崩さず、質問を投げる。
「じゃあ今日昇格試験を行う予定はなかったってことか?」
「……そうなる、かな」
「……ビオレちゃんから、なにか聞いてないか?」
ゾディアックは頷く。
「アンバーシェルに連絡は」
頭を振った。先ほど見ていたが、ロゼ以外の連絡はなかった。
ドラゴンを倒し、一緒に住むことになった翌日から、ビオレにアンバーシェルは持たせてあった。まだ使い方がわかっていないようだが、通話くらいはできるようにはした。
「マジか、くっそやっぱりか。意地でも止めればよかった……」
レミィは悔しそうに言うと、テーブルに右肘を立て、右手の甲を額に当てる。焦りと怒りが混じった表情を浮かべた。状況が理解できないゾディアックとベルクートは一瞬視線を合わせ、レミィを見た。
「なにかあったのか?」
「……さっき、女性だらけのパーティが来てな。ひとりはサファイアで、残りは全員パールだ。その中に、ビオレちゃんがいた」
ゾディアックは眉をひそめる。
「昇格試験を受けたいって言ってきて、ビオレちゃんは凄いやる気だった。ただ、その、あまりパーティ仲は良さそうに見えなかったが」
「……その女性たちの中に、黒髪の子はいたか? 美人で、剣術士だったはずだ」
「いた。そいつがリーダーだった」
ゾディアックは下唇を噛んだ。あいつだ。以前、嫉妬の目でビオレを見ていた奴だ。
ピリッとした空気を感じたレミィは、慌てた様子でゾディアックを見る。
「いや、あれだぞ。私も一応聞いたというか、止めようとはしたんだ。「ゾディアックには話通したのか」とか「せめてゾディアックになにか言ってから行け」とか」
「けど、行ったのか」
「ああ」
申し訳なさそうな声でレミィが言った。
「ごめん。止められなかった。パーティに不備はなかったし、戦力的にも申し分なかった。こっちが止める理由がなくてさ」
「い、いや。 いいんだ、謝らないでくれ」
申し訳なさそうに頭を下げるレミィを見て、いたたまれなくなった。
レミィはなにも悪くない。自分の職務を全うしただけだ。規約に違反していない限り、レミィがガーディアンのパーティや任務に口を挟むことなど不可能だ。
にも関わらず、なんとか時間稼ぎをしてくれた。半獣ということもあり、肩身の狭い思いをしているだろうに。
そんな彼女を責めることは、ゾディアックにはできなかった。
ただ、内心の動揺は無視できそうにない。
「なに焦ってんだよ」
ベルクートが呆れた声で言った。
「確かに嬢ちゃんは亜人だけどよ、しっかりと成績を収めている優秀な子じゃないか。純粋にパーティを組んで、昇格試験に向かっただけかもしれないだろう?」
「……けど」
「ちょっと過保護じゃねぇか? ひと言あってもいいと思うが、いつかは独り立ちするんだから、いい機会じゃねぇか。ほら、可愛い子にはなんとやらって言うだろ?」
軽い口調でそう言ったが、誰も笑わなかった。
だが若干頭は冷えた。ただ静かに拳を握った。
ダンジョン攻略で死亡するガーディアンの数は多く、その死亡理由の中で最も多いのは、「遭難」である。
ビオレ以外は仲のいい3人組。
ビオレに向けている視線は、明らかに違うものだろう。
「……しばらく、ここにいてもいいか?」
一抹の不安を感じながらそう聞いた。
時刻は昼。ビオレ達が帰ってくるのは、早くても明日の朝だ。ここにいてもなにも変わらない。
かといってビオレの任務の邪魔をすることはできない。杞憂かもしれないからだ。
しかし、気を紛らわすために、他の任務を受ける気にもならなかった。
不安になるゾディアックを見て、レミィは頷きを返した。
「ああ。好きなだけいてくれよ。ここはガーディアンの家だからな」
「……ありがとう」
レミィの優しさが心に染みた。ゾディアックは頷きを返した。
ベルクートもまた不安を感じていた。自分が、過ちを犯したときの空気と似ているからだ。
ベルクートは渋面になり、嫌な予感を払拭するようにジョッキを傾けた。
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