第47話「挑発」
「そろそろビオレちゃんも、昇格試験を受けることができるな」
翌日のセントラルでのことだった。
ゾディアックより先にセントラルを訪れ、掲示板の前に立っていたビオレに、任務依頼書を持ったレミィが声をかけてきた。
「昇格?」
小首を傾げながら視線を向けると、レミィは片眉を上げた。
「ゾディアックから聞いてないのか? パールになってから結構な数の依頼こなしているだろう」
レミィは掲示板の前に行き、依頼書を貼り付けていく。魔力を使って固定化してはいるが、どのガーディアンでも取れるようになっているため、強度はそれほど高くない。
「任務は全部成功しているし、ビオレちゃんの功績もセントラルは認めてる。そろそろ「ランク・エメラルド」になる時期かなぁって思って」
「昇格……」
ビオレは頭の中でゾディアックの後姿を思い描く。あの人に、少しでも近づけるチャンスが来たということだろうか。
「いつでも受けることはできると思うから、時間があるときに受付に来てくれ。昇格試験用の任務は近場で行われるだろうけど、結構時間がかかるからな。1日分の時間は確保しておいた方がいいぞ」
「は、はぁ」
一方的に喋ったあと、作業を終えたレミィは受付に戻った。ビオレはいつもゾディアックと座っている端のテーブル席に座る。
昇格。ゾディアックからは、なにも聞いていない。昨日夕食を共にしていたときも、それらしいことは話さなかった。
当然知っていたはずだ。今日この後言ってくれるだろうか。それともまだ、経験不足だから言わないだけだろうか。
ビオレは神妙な面持ちで顎に手を当てる。確かに今までの任務はすべてゾディアックと行っている。寄生職と呼ばれないように、貢献度はビオレの方が上だが、それでも「ゾディアックがいたから」と言われれば、そうかもしれないと納得してしまいそうになる。
だがそれでも実力はついてきた方だ。ゾディアックやロゼから技術を学んでもいる。
そろそろひとりで任務を行ってもいいのではないか。
「ねぇ、あなた。ちょっといいかしら」
思い悩むビオレの前に、パーティの一団が姿を見せた。3人、全員ヒューダだった。
声をかけてきたのは、美しく長い黒髪が特徴的な、軽鎧を身に纏い、腰に剣を差した女性だった。ロゼよりも少し年上に見える美人だ。
ビオレは驚いた表情を浮かべながら会釈する。
「は、はい。えっと、どちらさまでしょうか」
「あ、ごめんなさいね。私の名前はカルミン。よろしく」
そう言って右手を差し出した。
「よ、よろしくです」
座ったまま握手に応えると、カルミンは人当たりのいい笑みを浮かべた。
「ドラゴン討伐の亜人さん。やっと話せる機会ができたわ」
「はぁ、どうも」
カルミンはきょろきょろと周囲を見渡す。
「今日、あの人はいないの?」
「マス……ゾディアックさんは、買い物中で」
「そう」
カルミンは目を細めた。
「ちょうどいいわ」
低く小さい声だった。近くで酒盛りをしていたガーディアン達が野太い声で騒いでいたため、その声はビオレに届かなかった。
「え?」
首を傾げると、カルミンは顔の前で両手を振った。
「ああ。なんでもないの。気にしないでちょうだい。ところで、ちょっと相談なんだけど」
カルミンは隣に腰掛けた。
「さっき。受付さんと話していたでしょう? その会話がちょっと耳に入って」
「昇格試験の話ですか?」
「そうなの。あなた知ってる? 任務の内容」
ビオレは頭を振った。
「4人以上、8人以下のパーティを組むことが必須条件で、3つの任務の中からひとつ受けることになるわ」
「3つ……」
「迷宮踏破ことダンジョン攻略、指定モンスターの討伐、国内の兵士訓練。この3つよ」
ビオレが頷く。
「一番楽なのはなにかわかる?」
「えっと、モンスター討伐ですかね?」
「いいえ。兵士訓練よ。この国にもちゃんと兵士がいてね、ちいさな軍だけど、ちゃんと他国と戦争できるくらいの力はあるわ」
初めて知った事実だった。この街を歩いていると、キャラバンやガーディアンばかりしか見かけなかった。ビオレは頭の中で、自分の兵士像を思い描く。白銀の重厚な鎧に、統率された動きをする規律正しい武装集団の姿が浮かんでくる。
それの一員となって訓練を行うのは、生半可な覚悟では乗り切れないかもしれない。
「一番大変そう、ですね」
「みんなそう思うけど、実は違うの。規則正しい生活をしながら軍隊の訓練を受けるだけ。超が付くほど楽なの」
ビオレは頷きを返した。
「次がダンジョン。パーティで進行し、最深部にいるボスを倒すだけだから楽。そして討伐。これは当たり外れが激しいからオススメしないわ」
「あ、あの、ちょっといいですか?」
素朴な疑問があった。おずおずと手を上げると、カルミンは首を傾げた。
「なにかしら」
「どうして私にそこまで教えてくれるんですか?」
カルミンは鼻で笑ったあと相槌を打った。
そして長袖を捲り手首にある、真珠が施された白色のブレスレットを見せる。
「私も昇格試験を受けようと思っていてね。あなたと同じランク。今2人集めていて、ひとりはサファイアの子よ。彼女が色々と知識を教えてくれたの」
カルミンが2人のうちひとりに視線を向ける。小柄で猫目な女性は修道服を着ている。神の加護と言われる奇跡と、光の魔法を扱う職業、司祭だ。チョーカーには、青色に輝くサファイアで作られた十字架の装飾が施されている。
「名前はロウル。引率の先生みたいな感じね」
「はい。私の加護で、皆さんを導きます」
ロウルは少し冗談っぽく言った。カルミンは笑顔を浮かべる。
「それでどうかしら。私達とパーティを組まない?」
カルミンは視線をビオレに戻して言った。
「パール同士だし、あなたは優秀って有名なの。だからスカウト。どうかしら?」
「あ、えっと、すごく嬉しいです」
本心だった。今までゾディアックだけと任務に行っていたし、声をかけてくれるパーティも男ばかりだった。だから、種族が違うとはいえ同性から声をかけられたのは嬉しかった。
ただ、昇格についての話をゾディアックから聞かず、おまけに黙ってパーティを組んで任務に行くのは避けたかった。それは信頼を失いかねない行為だからだ。
「あの、ゾディアックさんと相談してからでもいいですか? 昇格の話とかしておきたくて」
ビオレは愛想笑いを浮かべながら言った。カルミンなら笑って許してくれるだろうと思った。
だが望んでいた反応はなかった。スッと笑みが消え、無表情になると、目を細める。
「ふぅん。やっぱりそういう感じなのね」
「え……」
「自分で考えることが大事なのに」
予想外の冷ややかな反応に、脳味噌がついてこない。
「いちいち許可を取らなきゃ任務すら受けられないなんて……子供みたい」
挑発とも思えるカルミンの言葉に、ビオレの理解が追いつく。
少しばかり神経を逆撫でされる言葉だったが、間違ったことを言ってはいない。昇格試験ということは、ある意味巣立ちの時が来たということではないだろうか。今までの行いを思い出しても、ゾディアックがいたとはいえ自分の力で充分戦えるまで成長しているはずだ。
いつまでも判断を仰いでいては駄目だ。時には自分で考えて行動しなければ。
ため息がカルミンの口から出る。
「もういいわ。この話はなかったことに」
「待って!!」
食い気味に言った。3人の視線が突き刺さる。
「……行きます。パーティに入れてください」
「ふーん」
値踏みするような目で見ると、カルミンの顔に花が咲く。
「いいわね。ガーディアンらしくなってきたじゃない。よろしくね、ビオレ」
ビオレの緊張が解ける。カルミンの言葉を聞いて、ようやく成長した気分だった。
3人は早速受付へと向かっていった。ビオレもそれについて行こうと席を立ったところで、一度テーブルを見つめた。
勝手に行ったら怒るだろうか。いや、しっかりと任務をこなせばいい。
火の弓であるラミエルと共に行けば、怖いものなどない。
けれど――。
「ビオレ! 早く行くよー」
「は、はい! 今行きます!!」
慌てて返事をし、テーブルを離れた。
心の中に微かな不安を感じながらもカルミン達の背を追った。
★★★
とうとう来てしまったと、目の前にそびえ立つ白い建物を見上げながら、少年は思った。
ガーディアンでもなければ、ただの獣人がセントラルに入ることはできない。それでも、ここで待っていれば、あの黒い騎士が現れると睨んでいた。
家に近づくのはもう嫌だった。目を閉じれば、あの金髪の、恐ろしい女性の顔が浮かんでくる。
今度こそ取って食われるかもしれない。
かといってここも危険行為に他ならない。もしガーディアンに見つかれば、いたぶられて、最悪殺されるかもしれない。
薄暗い細路地から通りを見ているが、ここも決して安全とは言えない。
早く来ないかと願ってはいるが、黒い騎士が現れる気配は一向にない。
無駄足かと思い、視線を地面に落とす。
なぜ自分を見逃したのか、納得のいく答えが欲しかった。
答えに納得できたらスリをやめようか。やめたとして、何になるのか。首輪付きになってキャラバンの奴線として働くか。
そんなのはごめんだった。
もし叶うなら。カッゴいい装備に身を包んでモンスターを倒す、ガーディアンになりたい。
その時、ふと、少年は顔を上げた。ガーディアンのパーティがセントラルから出てきた。4人、全員女性だった。
まるでこれからピクニックにでも行くような雰囲気を纏っていた。きっと彼女たちは、獣人の苦労なんて知らないのだろう。少年は相手を恨めしそうに睨む。
その中に、見知った顔があったため、目がゆっくりと見開かれる。
「あれ、あいつ」
耳長のグレイス族。ゾディアックの庭でエンチャントの練習をしていた少女だ。
少年は違和感を覚えた。少女が浮かべる複雑な表情に、不安と怒りを感じ取ったからだ。
少女に対し、残りの3人は和気あいあいとしていた。
明らかに対極的なパーティを見て、少年は胸騒ぎがした。獣人や亜人をぞんざいに扱う、あの特有の空気を肌で感じた。
パーティがどんどんと通ざかっていく。
あの子は危険な目に合うかもしれない。
ガーディアンは嫌いだが、自分と同じ亜人を見捨てることはできない。
「よし」
少年は意気込むと、予定を変更し、パーティのあとをつけ始めた。
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