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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert2.ガトーショコラ
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第45話「青狐」

 浅く、短く呼吸を繰り返しながら、人通りの多い道を走る。時に道を折れ、どこに向かったかわからなくさせる。

 普通だったら自慢の足で逃げ切れるため、ここまで行う必要はない。だが、今回の相手はあのドラゴン殺しのガーディアンだ。念には念を入れておこう。

 少年は前もって、そう決めていた。


 その結果か、あの黒い騎士が追いかけてくる気配はなかった。

 少年は先程声をかけられたことを思い出し、ほくそ笑む。余裕な雰囲気を醸し出していた相手から、あっさりと逃げることができたからだ。


「ざまぁみろ」


 きっと、あの兜の下は、悔しさで歪んでいるだろう。

 細路地に踏み込んだ少年は喉奥を鳴らした後、スピードを緩め呼吸を整えながら、曲がり角を曲がった。


 その時、目の前に大きな影が姿を見せた。

 少年の顔が徐々に上がっていく。そして、捉える。

 暗黒騎士、ゾディアック・ヴォルクスが、そこには立っていた。その姿は兜や鎧も相まって、悪魔のようだった。


「いぃ!!?」


 少年は驚きと怯えが混ざる悲鳴を出し、身を翻し、再び駆け出した。

 なぜ追いついている。というか、先回りされているんだ。

 疑問を浮かべながらも必死に逃げ、足を動かし続けていると、亜人街の入口を示す看板が見えてきた。

 あの中に入ってしまえば逃げ切れる。少年は勝利を確信し、路地から飛び出した。


 が、物凄い力で引っ張られた。


「ぐえっ!!?」


 間抜けな声を出しながら、少年は後方に投げられる。襟を掴まれたせいで喉が圧迫され、苦し気に咳を出す。


 呼吸を整えながら視線を前に向けると、ゾディアックが立っていた。その手にはローブが握られていた。

 少年は慌てて顔を隠すが、遅かった。


「君は……」


 ゾディアックは少年の姿に見覚えがあった。狐顔に青みがかった灰色の体毛。コバルトブルーの瞳が爛々と輝いている。

 以前、ゾディアックの家を覗いていた獣人だった。


「くっそ、マジかよ。ちょっと足速すぎじゃね……」


 逃げ足には絶対の自信を持っていた。なのに容易く追いつかれた。


「盗んだもの、返してくれ。それだけでいい」


 なるべく優しい声で言ったが、帰ってきたのは鋭い視線だった。


「どうせ捕まえて、オレの皮剥いで、売るつもりだろ」


 少年は睨む。ゾディアックは頭を振る。


「そんなことはしない」

「うそつけ!! オレのダチは、そうやって殺されてバラバラにされて売られたんだ!!」

「そうか」

「そ、そうかじゃないだろ! クソ、舐めやがって!!」


 腰に手を伸ばした少年は、弧を描く短剣を取り出し立ち上がる。

 ククリナイフだ。白兵戦が得意な兵士が持っていたとされる、近距離戦闘用の武器。

 ゾディアックは手を差し伸べる。


「やめろ。戦う気はない」

「やかましい! 捕まったらオレたち亜人は終わりなんだよ! くそ! こうなったら、やってやらぁ!!」


 どうやらやる気らしい。ゾディアックはため息をついた。

 武器を取らない相手を見て、少年は怪訝そうな表情を浮かべる。


「んだよ。背中の大きな剣は飾りか!?」

「これはモンスターを倒す武器だ。威力はそれなりだが、持ち主の……」

「聞いてねぇよ!!」


 少年は爪先で地面を蹴った。

 まるで低空飛行しているかのような超速度で、ゾディアックとの距離を潰し、懐に入る。

 ゾディアックはその速さに驚いた。視認はできるため、ロゼより少し遅い程度か。


 少年がククリナイフを振りかぶる。

 が、その動作は遅かった。どうやら足の速さ以外はてんで遅いらしい。


 ゾディアックは右手の人差し指で少年の額を小突く。


「いたっ!!?」


 少年の体がよろけ、尻もちをつき、再度声が上がる。


「いてて……くっそぉ!!」

「やめておけ」

「うるせぇんだよ!!」


 少年は再びナイフを振った。もう脅威でもなんでもない。

 ゾディアックは膝を折って少年の腋に手を入れる。そして抱え上げた。

 突然大地から足が離れたため、少年はバタバタと暴れる。


「は、はなせよ畜生!!」

「あ、危ない。ナイフで自分を切るぞ」

「じゃあ早く降ろせバカ!!」

「盗んだ袋を返してくれ。小銭だけしか入ってないけど、チョコを買うように用意したものなんだ」

「知るかよ、んなこと!! だいたい、金持ちが小銭でチョコレートなんか買ってんじゃねぇ! もっと大胆に買えよ!」

「でもお釣りが多いと、店側は大変だ」

「そ、そこは……あれだよ。釣りはいらねぇって言ってさ、羽振りのいいとこ見せんだよ。そっちの方がかっこいいじゃん」


 ゾディアックはその光景を想像した。


「ナシよりのアリだな」

「いや、ナシよりのナシだろ。真剣に考えんなっつぅの」


 体力が削られた少年は、諦めたように項垂れる。


「もう、いいよ。オレの負け。どこへでも連れてけ」


 ゾディアックは少年を下ろし、膝を折って目線を合わせる。


「袋」


 むすっとした顔で少年は盗んだ袋を渡した。


「金持ちのくせにケチケチすんなよ。ドラゴン殺したくせに、ちっちぇ奴」

「盗んでいい理由にはならないだろ……」


 兜の下で笑みを浮かべながら言った。ここまで追い詰められても強気な態度を崩さない獣人は、初めて見た。

 袋の中身を確認し、少年に背を向ける。


「もう、こんな危ない真似はするなよ」

「え、ちょ、ちょっと待ってよ!!」


 足を止め振り向くと、少年が気まずそうに地面に視線を向けていた。


「いいのかよ。オレ、悪いことした亜人だぜ? 殺さなくていいのか?」

「殺して欲しいのか?」

「ち、ちがう!! なんで殺さないんだって思ってさ」


 答えようとして、ゾディアックは息を吐いた。


「金が戻ってきた。だから殺す理由がなくなった。それだけだ」


 そう言うと、ゾディアックは少年に背を向けその場を去っていった。


 あとに残された少年は、そんなゾディアックの背中を見つめるだけだった。

 初めてだった。悪さをしても、こんなに怒らないガーディアンを見るのは。

 ガーディアンを含む人々は皆、亜人をゴミ扱いしているだけだと思っていた。

 だが、ゾディアックだけは違った。


 少年の足は、自然とゾディアックのあとをつけるように、動き始めた。





お読みいただきありがとうございます。

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