第44話「掏摸」
セントラルに戻り、受付で報酬を受け取ると、ベルクートはガッツポーズをした。
「よし! これで今週も生きていけるぜ」
「酒減らせよ。ひと月持つぞ。ていうかもうガーディアンとして働けよ」
「それは面倒くさいんだよなぁ、レミィちゃん」
「あぁ? ったく」
呆れたようにレミィは溜息を吐いてゾディアックを見る。
「お前からもなんか言ってやれよ」
「……そうだな」
ゾディアックは生返事をするだけだった。レミィが怪訝そうな顔を浮かべる。
「小言は勘弁してくれや。とりあえず、残った報酬の分配だな」
ベルクートは近くの席を指差す。いつまでも受付にいたら邪魔になるのは明白だった。
ゾディアックは頷くと、移動し始める。
その背中を見つめていたレミィだったが、他のガーディアンの対処を行わなければならなかったため、視線を切った。
★★★
「どうだったよふたりとも、さっきの銃は」
報酬に分配が終わったところで、ベルクートが聞いてきた。
ゾディアックとビオレの脳内に、映像が蘇る。
クレブデントの堅い皮膚は、生半可な物理・魔法攻撃を弾くほどの強度を誇る。それを容易に撃ち抜ける鋼鉄の弾丸の威力は、他の遠距離武器では太刀打ちできないだろう。
それにあの弾丸、そして中には、特殊な加工が施されている可能性が高い。
ゾディアックが銃を見るのはこれで2回目だ。以前は身をもってその威力を体感したことがある。
あの時食らったのは、いわば「豆鉄砲」だったが、ベルクートの銃の威力は、あれをはるかに凌いでいる。
魔力の消耗もなく、素早い動作で高威力の攻撃を放てるのは、ガーディアンにとって魅力的だ。ゾディアックも、護身用として持っておいて損はないと感じた。低ランクのガーディアンにとっては、強力な武器になりえるだろう。
「悪くはない」
素直な感想を述べるゾディアックに対し、ビオレは不服そうな顔で沈黙を貫く。
「だろ!? いい武器なんだ。ガーディアンはもっと積極的に銃を使うべきなんだよ」
「だけど」
「そう、問題がある。この武器はアウトローが好んでいるって点だ」
ベルクートはため息をつく。
「銃に罪はねぇ。大事なのは使い手だ。まともなガーディアンが使えば、みんな評価を改める。白い目で見られる心配なんてねぇ」
「……つまり」
ビオレが言って、ゾディアックを見る。ベルクートが何を言おうとしているのか、ふたりにはわかった。
「そうだ。ゾディアック。あんたに、銃の宣伝をして欲しい」
ベルクートは両肘を立てて寄りかかり、両手を口元に持っていく。
「今までの剣と魔法の戦いに、革命を起こせる武器だ。ゾディアック。あんたどう思うよ」
「銃だけじゃ、どうにもならない相手もいる」
「ドラゴンとかか? それもどうとでもなる。ラミエル戦で確かめた。ちょっと手を加えれば、ドラゴンも楽に倒せるようになる」
ベルクートはわざとらしく両手を広げ、自信たっぷりの笑みを浮かべて言った。
「……最初からそれが目的で、俺に接触してきたのか」
「誤解すんなよ。お前と仲良くなりたいって気持ちは本物だぜ? だけどこっちは商売人でもある。協力して欲しい」
「俺が宣伝してどうなる。ただでさえ、目立っているのに……また変な目で見られる」
「逆にチャンスだ。正義のガーディアンとして名を上げているお前が銃を使えば、いい宣伝になる。世間も考えを改めるかもしれない」
リスクの方が大きいだろうとは、ゾディアックは言わなかった。
沈黙が流れる。ビオレは不安そうな表情を浮かべ、両者に目を配る。
「怖いよ」
ゾディアックは、ベルクートを睨んで言った。
「ベルの目が、恐ろしい」
「あ?」
「……何を恐れているんだ」
「何、言ってんだ」
「俺には、今のベルがわからない」
ゾディアックは席を立った。
「交渉決裂か」
「俺は、平和に暮らしたいんだ」
「そうかい。にしても、俺が怖いのか? ドラゴンには恐れなかったくせに、何を言っている」
「怖いさ。モンスターより、同業者の方が、よっぽどな」
へらへらとした様子で喋っていたベルクートは、その一言で真顔になった。
その気持ちが、痛いほどわかるからだ。
「臆病者なんだ、俺は」
ゾディアックはそう言って踵を返した。慌てた様子でビオレはその背についていく。
遠ざかっていくふたりを見ながら、ベルクートは大きなため息をついて、煙草を取り出す。
「これでいいのさ」
箱の中身を確かめる。
空だった。
苦笑いを浮かべて天井を仰ぎ見る。
「偽善者野郎が」
誰にも聞こえない声で言うと、ベルクートはテーブルを叩いた。
セントラルの窓から、夕日が差し込んでいた。
★★★
馬車を使って西地区にある停留所に到着する。その間、ふたりに会話はなかった。
「あの、マスター」
歩きながら、ビオレは大きな背中に呼び掛けた。
ゾディアックが立ち止まり、ビオレを見る。
「どうした」
「いいの? ベルさんのこと」
ゾディアックは兜の下で渋面になった。
本音を言えば手伝いたかったが、この状況が悪い。
ドラゴンを倒したとはいえ、ガーディアン全員がゾディアックを好意的に見ているわけではない。むしろ、悪目立ちしている節もある。そこに銃を宣伝した場合、どんな噂が流れるか。
せっかく印象を良くしてくれたガーディアンが離れる可能性は高い。
そもそも、素性を隠しているロゼがいる。家にまで押しかけられ、ガーディアンの耳にロゼの正体が聞こえたら。
そんなリスクは避けるに越したことはない。
「いいんだ」
そう言って前を向いた。
その時、小さな影がゾディアックにぶつかった。まだ空模様は夕暮れ、一般人やガーディアンの多くは道を歩いている。
ゾディアックは視線を下に下げる。ローブを羽織った小さな影が見えた。背丈的には子供。ビオレと同じか、少し高いくらいだ。
無言で見つめていると、相手はぺこりと頭を下げ、ゾディアックと擦れ違おうとする。
「待て」
呼び止めると、小さな存在が足を止め、肩を上げた。
「……相手が悪いと思うぞ」
「ま、マスター? どうしたんですか」
「盗んだ物を返せ。掏摸をしたことは、見逃してやる」
小さな影は震え始め、
「くそっ!!」
吐き捨てるように言って、駆け出した。そのスピードはすさまじく、馬以上の速度ではないかと見まがうほどであった。一気に距離が離されていく。
「マスター! どうしますか!?」
「ビオレ、先に帰っていてくれ」
「え?」
ゾディアックは爪先でトントンと軽く地面を叩く。
「ロゼに言っておいて欲しい。遅くなるけど、ご飯は食べるって」
「は、はぁ。わかりました」
ビオレが言った次の瞬間。
ゾディアックの姿が一瞬で消え、突風が巻き起こった。
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