第43話「エンチャント」
「ま、ざっとこんなもんよ」
わざとらしく両手を払って、ベルクートは言った。
緑色の炎はワームを焼き尽くし、いつの間にか消えていた。
「すごい……ベルって本当に魔術師だったんだ!」
ベルクートの魔法に、ビオレは心を奪われた。
「ははは。もっと褒めなさい」
ふたりに向き直ったベルクートは腰に手を置き、わざとらしく胸を張って威張る。
「私にも使えるかな?」
「魔力の量にもよるけど、無理ってことはないと思うぜ。なぁ、大将」
ゾディアックに呼び掛けた。だが、言葉は返ってこない。
ゾディアックは首から上を動かし、周囲に目を配っていた。
「どしたい。撃ち漏らしでもあったか?」
「……新手だ」
そう言って視線を川に向けた。穏やかに水が流れていたはずの一部が、まるで沸騰したかのようにブクブクと泡を立て始めた。
「来るぞ」
ゾディアックが呼びかけると同時だった。
川が突如爆発し、周囲に水と瓦礫を飛ばした。
ゾディアックはビオレの前に立ち瓦礫を払い、ベルクートは鬱陶しそうに片手で顔を隠し、地中から出てきたモンスターを捉える。
全身が茶色の甲羅に覆われており、頭部にある巨大な角が特徴的なモンスターが姿を見せた。
1、2メートルほどの大きさを誇るそれは、巨大な羽を動かし、空を飛んでこちらを見下ろしている。
「か、カブトムシ?」
「クレブテントってモンスターだ。ワームが成長したあとの姿だよ」
クレブテントは体勢を変え、角を正面に向けた。
「集中しろ!!」
ゾディアックが注意喚起したと同時に、クレブテントが動いた。
不快な羽音を周囲に響かせながら、異常な速度でゾディアック目掛けて突進を開始する。
ゾディアックはビオレを抱え横に飛んだ。直後、先ほどまでふたりがいた場所にクレブテントが衝撃波を発生させながら通過した。
物凄いスピードの突進だったが、タイミングを合わせて剣を振るのは容易だった。だが、ビオレが近くにいるため、攻撃したら巻き込んでしまう危険性があった。
「ビオレ、離れておけ」
「はい!」
ゾディアックはビオレを離し、指示を出した。
初めて見るモンスターに対しビオレは戸惑いつつも、距離を取り矢を抜く。
突進を繰り出した相手は空中で背中を向けて、ゆっくりと方向転換し始めていた。チャンスだと思ったビオレは弦を引っ張り、紅蓮の弓から矢を射出する。
ほぼ一直線に飛んだ矢が、クレブテントの体に突き刺さる。
はずだった。
甲羅に当たった矢は、音を立てて弾かれた。
「堅い……!?」
「ただの矢じゃ無理だぜ」
ベルクートの手の平に再び炎が作り出される。炎は形を変え、槍のような形状になる。
そして一歩踏み込み、勢いよく槍をクレブテント目掛けて投げた。相手は迫り来る炎の槍を脅威と見なしていないのか、悠然とした態度を崩さない。
その胴体に、槍が突き刺さった。
「虫の薄皮で防げると思うんじゃねぇぞ」
クレブテントの下顎が忙しなく動く。摩擦によって引き起こされたその音は、不快な叫び声のようだ。
ベルクートが腕を動かすと、突き刺さった炎の槍が形を変えてクレブテントを包み、先ほどのワーム同様燃やしていく。
「やった!」
「まだ終わってねぇって。おい、大将!!」
ベルクートはゾディアックに呼びかけた。ゾディアックは剣を構えることで答える。
「覚えておきな、お嬢ちゃん。ワームはいわゆる卵なんだよ」
「たまご?」
「そう。見た目は虫の幼虫だが、成長したら蛹になって成虫になるわけじゃない。ワームが成長したら、体からさっきのクレブテントみたいなモンスターが、大きさにもよるが、うじゃうじゃと這い出して来る」
想像したビオレは顔を歪め、同時に気づく。
「それじゃあ」
「そうだ。成長したモンスターを見かけたら、周りにはもっといるってことだ!」
瞬間、地面が盛り上がり、空に羽音が響き渡らせながら、大量のクレブテントが姿を現した。
その数、20はくだらない。
数匹は地面に降り立ったが、大半は空中に飛び立ち、ゾディアック達を見下ろしている。
ワームを討伐するのが遅かったのか、それともすでに成長していた個体がいたのか。理由は定かではないが、やることはひとつだ。
ゾディアックは剣に魔力を流し込み刀身を銀色にすると、剣先を降ろし、軽く地面を叩いた。
赤黒い薄煙がゾディアックを中心に発生し、円を描いて四方に広がっていく。地上の敵も空中の敵も、その煙を浴びる。
煙を浴びた敵の視線が、ゾディアックに注がれた。
「『リフューザル』か。ゾディアックが敵視を稼いでくれる。俺達も援護するぞ」
「う、うん!」
「いいか、嬢ちゃん。矢に魔法を付与してから攻撃しろ。あいつらの甲羅は魔法に弱い。あとは当てるだけだ。得意だろう?」
ビオレは頷く。放つまでに時間がかかりそうだが、撃てば百発百中の自信がある。
ベルクートがアドバイスを終えると、敵が一斉にゾディアックに襲い掛かった。
「……ふっ!!!」
短く息を吐き、ゾディアックは大剣を振る。銀色が閃き、前方にいた3匹のクレブテントを真っ二つにした。
胴体が吹き飛び、緑色の体液が飛び散る。
ゾディアックは勢いを殺さず、大剣を縦横無尽に振り回す。四方八方から押し寄せたクレブテントの大群は、紙切れの如く切り裂かれていく。
「おぉおおお!!」
気合の声と共に駆け出し、剣を振り続ける。クレブテントの強固な皮も、立派な角も、紙切れの如く容易く裂かれる。移動しながら剣を振っているため、ゾディアックを中心に突風が巻き起こり続ける。それに巻き込まれた虫達が、バラバラになって地に屍を積み上げていく。
ゾディアックは飛んでいる敵に向かって横振りを放つ。斬撃は光線と化し、空のクレブテントを真一文字に引き裂いた。
ベルクートは口笛を吹いた。
あれでは暗黒騎士というより魔法剣士のようだ。だが、本職より上手く魔力を使っている。
「こっちも負けてられねぇな」
指を鳴らす。緑色の炎が空を踊り、大地を駆ける。
巨大な火柱が虫達を飲み込んでいくが、炎の速度よりゾディアックの攻撃速度の方が上回っていた。
まるで黒い竜巻のように、敵を吹き飛ばしながら猛進していく姿を見て、ベルクートの顔が引きつる。
「やべぇな……マジで強いわ、ゾディアック」
ベルクートは頭を振って火を消した。援護の必要がないと判断したからだ。敵の数は片手で事足りるほど減っていた。
視線をビオレに向ける。矢に魔力を流し込み、風の魔法を付与しようとしているらしい。
ベルクートは余計なことを言わず見守った。口を挟めば、彼女の心に焦りが混じってしまう。そんな野暮なことをするわけにはいかなかった。
額に汗をかき、ようやく魔法の矢が出来上がると、ビオレは素早く弓を構え、矢を放った。
紅の一筋は、空を飛ぶクレブテントに吸い込まれるように突き刺さり、その胴体を貫いた。
「やった……!!」
歓喜の声が上がり、ベルクートは手を叩いた。
「やるねぇ、嬢ちゃん」
構えてから狙って撃つまでの動作はさることながら、エンチャントの完成度も高かった。
ただ魔力の使い方が大雑把過ぎる。あれではすぐ枯渇することが目に見えているため、注意が必要だろう。
ベルクートが感想を頭の中で呟いていると、突然静かになった。
微かに聞こえるのは小川のせせらぎのみ。周囲を見渡すと、クレブテントの残骸が転がっており、ゾディアックが剣を背に戻すのが見えた。
「大将! 終わりだな」
「……みたいだな」
大剣の刀身が黒に染め上げられていく。ゾディアックは踵を返し、ふたりの元へ戻ろうとした。
その時、まだ息があったクレブテントが起き上がった。
「まだ生きてる!!」
クレブテントの体は斜めに切られ、半分になっており、満足に動けていない。それでも、けたたましい音を鳴らしながら、羽を懸命に動かしている。
ゾディアックは剣に手を伸ばし、ビオレは急いで矢筒に手を入れようとした。
それとほぼ同時だった。乾いた音が空に響き渡った。
クレブテントの頭に風穴が空き、羽音が止む。
ゾディアックとビオレは音の出所を見た。
「やっぱ、魔法よりこいつの方が性に合ってるわ」
ニッと笑って、ベルクートは銃を構えていた。銃口からは白煙が上がっている。
ゾディアックはなにも答えず、その武器を見つめていた。
なぜ、あれほどの魔法を扱えるはずなのに、銃に”逃げている”のか。
湧き出た疑問を口には出さず、ゾディアックは今度こそ敵がいないことを確認した。
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