第42話「スリーマンセル」
セントラルに集まったゾディアック、ビオレ、ベルクートの3人は、依頼書をレミィに提出し終えた。
「まぁモンスター討伐だが、それほど難易度は高くないはずだ」
そう言ってベルクートはふたりを見る。
ビオレは不安気な表情でベルクートを見続ける。
「なんだよ嬢ちゃん。どうしたよ」
心配そうに見つめてくる相手に対し、ビオレは頭を振った。
「……ううん。何でもないよ」
ぎこちない笑みを浮かべたかと思うと、キャスケットを被り直した。
「よし! じゃあ私が活躍するから、ベルは後ろで見ててね!」
「お、言うじゃねぇか。泣きべそかくんじゃねぇぞ」
どうやらビオレは自分の気持ちに従うようにしたようだ。ゾディアックは昨夜の言葉を思い出す。
「どんな人でも、一緒に戦ってくれた人だから、私はベルを信じるよ」
その言葉通り、警戒せず楽し気に話している。いつもの雰囲気に戻ったビオレから、ゾディアックはヘラヘラとした様子で話すベルクートの横顔を見つめる。
「ん? なんだよ」
その視線に気づき、ベルクートがゾディアックを見る。
「……大丈夫かと思って」
「あ? どういう意味だ?」
首を傾げて聞く。
「……顔色が、悪いぞ」
ベルクートは一瞬驚きの表情を浮かべると、鼻で笑った。
「気のせいだよ、ゾディアック」
★★★
モンスター討伐を行う場所は、サフィリア宝城都市から20キロほど離れた「トリック・ジェンキー」という山の中であった。
標高600メートルほどの山で、整備されている道も用意されているため、低山登山を楽しむガーディアン達もちらほらいる。
任務内容は、山に巣穴を作っている「ワーム」の討伐。
ワームと呼ばれるモンスターの形状は、巨大なカブトムシの幼虫のようであり、見る人によるが非常に醜悪な見た目をしている。
普段は土の中で眠って成長する。成長を終えると凶悪なモンスターが生まれるため、早めに除去することがガーディアンに求められている。
ワームの全長は小さいので2メートル、大きいのだと7メートル近くあり、体重も1トンをゆうに超えている。
だがワーム自体はそれほど驚異的ではない。むしろ討伐しやすい部類のモンスターである。自分から積極的に動かず、動作は愚鈍であり、体に鱗などを纏っていないため、どこを攻撃しても着実にダメージを与えられるからだ。
おまけに目立った攻撃や魔法を使えるわけでもない。遠距離職のガーディアンにとっては、ただの大きな的である。
ビオレは最近覚えた転移魔法を終え、周囲を見渡す。大きな木々に囲まれた場所だった。少し遠くに一般道が見える。ここのポイントはガーディアン専用といったところだろう。
「よし! じゃあ行きましょう!」
「おー」
「……」
ビオレは元気よく先陣を切って歩き始めた。ベルクートは面白がりながら返事をし、ゾディアックは殿を務めた。
まだ日は高く、暖かい太陽の日差しが3人を照らす。
「そういえば、前に聞こうと思ってんだけど」
小川に差し掛かったところで、ビオレはベルクートを見た。
「ん? どした。嬢ちゃん」
「ベルの職業ってなに?」
ガーディアンには職業と呼ばれる、いわゆる役割のようなシステムが存在する。
剣を巧みに使い、近距離戦闘を仕掛ける剣術士。
数多の魔法を操り、敵を仕留める魔術師。
仲間の傷を癒し、めずらしい聖属性という魔法を使う癒術士……など。
他にも数多の職業が存在し、ガーディアンはその中から好きなものを自由に選択することが可能となっている。
このシステムは、ある問題を抱えている。自由であるがゆえに、自分の適性でない職業も選ぶことができてしまうのだ。
例えば、体が弱いのに剣術士になる、魔法が使えないのに魔術師になる、といった具合だ。
こういった職業選択に失敗したガーディアンの末路は悲惨である。任務中に死亡するのはもちろんのこと、組んだパーティメンバーから「詐欺師」呼ばわりされ、不名誉なレッテルを貼られることにもなる。
ビオレはゾディアックからのアドバイスで、自分に合った職業を選択できた。
弓術士となり、常に弓を持ち歩いている。暗黒騎士であるゾディアックも同様に、暗黒騎士特有の禍々しい装備を身に纏っている。
一目で職業が瞬時にわかるよう、ガーディアン達は常に職業専用の武器や防具を身に着ける。これは暗黙のルールのようなものだ。
だが、ベルクートにはそれがなかった。武器というものは腰にある銃以外なく、防具もヒューダの普段着を身に纏っている。一目で職業を判断できない。
「あれ? レミィちゃんが言ってなかったか?」
ベルクートは目を丸くした。
「魔術師だよ」
「え? でも杖とか、とんがり帽子とかがないけど」
「あんなだっせぇ被り物、ガーディアンになった日に捨てたわ」
「じゃ、じゃあ銃は?」
「あくまで護身用なのよ。まぁドラゴン……ラミエルの時は魔法よりも強いと思った物を持ってきたけどよ。本当の武器は、ほれ」
ベルクートは手の平を見せた。そこには、魔法陣が血で描かれていた。
「うあ、なにそれ」
ビオレが不快だと言わんばかりに顔を歪める。
「勘違いすんなよ。俺の血じゃない」
「じゃあ誰の血?」
「それは――」
ベルクートが喋ろうとした時だった。近くから、重いなにかを引きずるような音が聞こえてきた。
ガーディアンやキャラバンが発した音ではない。
「ビオレ」
ゾディアックが声をかけると、機敏な動きでビオレは弓を取り出し、表情を引き締めた。
ベルクートはその動きを見て感心した。以前とは違い、しっかりとメリハリをつけて、動くことができている。ゾディアックの言葉に従うよう、日々訓練しているのかもしれない。
駆け出しのガーディアンにしては上出来な心構えだった。
「音、近いです」
3人は岩場を進み、音のする方に近づいていく。そして標的を見つけた。
小川から近い森の中にワームがいた。全長5メートルほどの巨大な白い芋虫が、ズルズルと地面を這いずりまわってる。木々が倒されていないところを見ると、どうやら土の中から出てきたらしい。
「外にいますよ? 地中に潜ってるはずじゃ?」
「あれでも一応モンスターだ。俺達の魔力か匂いに、反応したんだろう」
「……ゾディアック。お前セントラルの時と比べて喋り方、流暢じゃね?」
「……まぁ、任務中だし、ここにはビオレとベルしかいないし……」
自分の得意なことには饒舌になる。そして仲間の前ではお喋りになる。
そのことを少し恥ずかしがりながら、ゾディアックは剣の柄を握る。
それを制するように、ベルクートが腕をゾディアックの前に出す。
「まぁ待てよ大将。ここは俺の顔を立ててくれや」
「た、大将って……」
「前の任務の時、おんぶにだっこだったからな。今回は俺に任せとけ」
ニッと笑ってベルクートが指の骨を鳴らす。ゾディアックは一瞬悩んだが、柄から手を離した。
「……頼んだ」
「そう来なくっちゃ」
ベルクートが両手に魔力を流し込む。手の平に描かれた魔法陣が一瞬赤く発光し、その色が緑色に変わる。
ベルクートは指の骨を鳴らした。魔力換気の動作と共に手の平に緑色の光弾が出現する。光弾は形を変え、炎のように揺らめき始める。
「……緑色の、炎?」
ビオレが呆けたように声を出した。
生み出した炎の球はまるでオーラを纏っているかのようであった。
「ほらよ!!」
ベルクートは光弾を振りかぶって投げた。直線状に進むそれはワームに当たる。
同時に緑色の炎がワームを包み込んだ。炎は勢いよく広がり、渦を巻いてワームを焼き尽くしていく。
効果は絶大らしく、ワームの肉体が徐々に剝がれ落ち、溶け始めた。
「ちょ、ちょっと! そんな火力が高いと森が!!」
ビオレは慌てた様子でベルクートの服を掴む。
「だいじょーぶだって、グレイス族なら声が聞こえるはずだ」
ハッとして、自然の声に耳を傾ける。どこからも叫び声などは上がっていない。
むしろ、緑色の炎を心地いいと思っているらしい。
ビオレは目を凝らして炎を観察すると、あることに気づく。
「な、なんであの炎、ワーム以外燃えてないの?」
炎の波は、明らかに木々を飲み込んでいた。なのに、まるで透けるように、木々に影響を及ぼしてはいなかった。
「俺の炎は、狙った相手以外燃やさねぇんだよ」
ベルクートは得意げに鼻を鳴らす。
そして駄目押しと言わんばかりにもうひとつ光弾を作りだし、ワームに投げた。さらに大きな火がワームを包み込み、周囲を照らした。
「やった!!」
「まだ終わりじゃない。ワームは複数いるのが常だ。近くに、あと5体」
「わーってるって」
ベルクートは右手を前に出し、空中で指を踊らせる。まるでピアノを弾いているかのようだ。
炎がその動きに反応したのか、散り散りになって飛んでいく。そしてまだ見えていないはずの、近くいたワーム達に炎が飛びかかっていく。
小さな炎は一瞬で大きくなり、巨大なワーム達を燃やし尽くしていく。
恐ろしくもその炎は――
「綺麗……」
ビオレがぽつりと呟いた。
ゾディアックは緑色の炎ではなく、炎を操る魔術師を見続けた。
稀代の天才とも言われた、”緑火の犬鷲”という異名を持つ大魔道士。
ギルバニア王国が誇る軍隊、騎士団の団員、ベルクート・”ザ・ヒート”・テリバランスを見続けた。
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