第41話「憧れの存在-1」
――天井が高い。
いつも遠巻きから見ているだけだった憧れの大聖堂。並々ならぬ努力をし、実績を積み重ね、ようやくこの場所に足を踏み入れたベルクートがまず抱いた感想がそれだった。
入口から主祭壇まで続く長い道には赤い絨毯が敷かれており、それを挟むように多くの長椅子が規則正しく並べられている。奥には巨大なオルガンがある。
ギルバニア王国にある、古い大聖堂の中だった。
ベルクートは今日この場で、憧れの騎士団に所属することになる。
騎士団に入ることが許可され、なおかつ優秀な者達は、この大聖堂で入団の儀式を行う決まりになっているのだ。
祝詞を上げるのは、騎士団3番隊隊長、フォールン・アルバトロスだ。オールバックの黒髪に、どこか幸薄そうだがハンサムな顔をした中年の男が、主祭壇に立っている。
騎士団の鎧と儀礼剣を装備したベルクート含む4人の男女は、周りを鎧姿の騎士達に囲まれながら、ゆっくりと絨毯を進んでいく。
青と銀が混じる、軽鎧を身に纏うフォールンの前にたどり着くと、4人は横一列に並び片膝をつく。そして鞘に収めたままの剣を両手で持ち、差し出すように持ち上げ首を垂れる。
フォールンは一番右端の者の剣を受け取り抜刀すると、剣先を、跪く新たな騎士の肩に軽く置く。そして神と国の王に対する感謝の言葉を述べる。
この儀式を4回分行うのが儀式の内容だった。最後はベルクートだった。
両手から剣が離れる。両腕を降ろし、剣先が肩に触れたとき、緊張がピークに達した。
フォールンは相手の震えを感じ取ると、微笑みを浮かべ、なにも言わず剣を収めた。
ベルクートは手の平を広げて両腕を上げる。そこに剣が戻された。
「整列!」
傍らにいた騎士の声で4人は立ち上がり、フォールンを見上げる。
温厚な性格で争いを好まない、人々の安全を第一に考え行動する、3番隊隊長の姿は大きかった。図体が、というわけではなく、纏う雰囲気がだ。
「おめでとう。新たな騎士達。神から授かりし魔の力を燃やし、王のために……そして民のために、存分に活躍してくれたまえ」
フォールンはふっと笑った。
「堅苦しい儀式は、これで終わりだ」
柔らかなその言葉で、ベルクートの緊張は解かれた。
瞬間、大聖堂の中に拍手と歓喜の声が響き渡った。
「ベル」
ベルクートは隣を見た。甘栗色の短い髪を揺らしながら、幼馴染であるサレンが微笑んでいた。
「これからもよろしくね」
「……ああ」
ふたりは笑い合った。
これから輝かしい、新しい人生が始まる。ベルクートは拍手の音を聞きながら、心を躍らせていた。
★★★
ベルクートは小さな村で育った。ギルバニア王国からそれほど距離は離れていないが、人口の少ない小さな村だ。
そこでサレンと知り合った。彼女とは幼い頃から一緒の、幼馴染だった。家が隣同士ということもあり、共に学び、共に遊び、喧嘩をし、仲を深めていった。
サレンは槍と魔法の使い方が非常に上手かった。村にモンスターが襲い掛かってきたとき、大人を差し置いて、ひとりでモンスターを倒してしまったこともある。
非力で泣き虫だったベルクートにとって、そんな彼女は憧れの存在であった。
強かった幼馴染は「騎士団に入団する」ということを目標に掲げ、日々魔法と槍の鍛錬をし始めた。
それからベルクートの目標は、幼馴染よりも強くなることになった。
それから10年の月日が流れ、必死に心身を鍛えたふたりはガーディアンとなって活動し始めた。サレンとはそこでも一緒にパーティを組んだ。
しかし、順風満帆とはいかなかった。ギルバニア王国のガーディアンとなったはいいが、ベルクートは任務中、よく足を引っ張っていた。
「お前がいると任務が失敗する。抜けてくれよ」
パーティのメンバーから心無い言葉を浴びせられることも多かったが、サレンが守ってくれた。
「失敗したからなに? また挑戦すればいいわ。死と隣り合わせだからこそみんなで協力し合うんでしょう! なのにメンバーを悪く言って、自分のことは棚に上げてる。抜けるのはあなたの方よ、この恥知らず! 私の友達を、馬鹿にしてんじゃないわよ!!」
サレンはベルクートよりも身長が低く、体も細い。けれども、その姿はとても大きかった。
甘栗色の髪を見つめていると、なんでもできる気がした。
ベルクートは必死にサレンについていき、そして二十歳になった時。
憧れであった騎士団に、ふたり揃って入団することができた。
★★★
「サレン!!」
儀式が終わり、宴会も終わった夜、ベルクートはサレンを呼び止めた。
「ん? どうしたの、ベル」
サレンが少女のような笑みを浮かべた。ベルクートのことを「ベル」と呼ぶのは彼女だけだ。
「あ、あのさ」
「うん。なに? 酔っ払った?」
「そ、そうじゃなくて、その……」
頬を掻く。何度も練習した言葉が喉奥で引っかかって出てこない。
歯切れの悪いベルクートを見ながらサレンが首を傾げ、口を開こうとした。
「どうしたの。お腹の調子でも」
「つ、付き合ってくれ!!」
声が重なり合った。言ってからベルクートは後悔した。もっと長かったはずの告白のセリフはひと言になってしまい、おまけにタイミングも最悪だった。
サレンは目を丸くしている。ベルクートは右手を広げ、サレンの前に突きつける。
「待った! 今の無し!! もう一回! もう一回やり直すからちょっと――」
「うん、いいよ」
「よし、じゃあ今からまた言うから――」
「そうじゃなくて」
ベルクートが目を丸くすると、サレンが悪戯っぽい笑みを浮かべながら、後ろで手を組む。
「付き合おうか……いや、違うか。私でよければ、よろしくお願いします」
月明かり以外、まともな光がなかった。それでも、朱の差したサレンの顔が、ベルクートにははっきりと見て取れた。
「ま、マジで?」
「うん。マジ。大マジ。」
「や、やった……本当か……よかった……」
「ねぇ、ベル」
「ん?」
「……言うのが遅い! 馬鹿!!」
そう言ってサレンはベルクートに抱きついた。
頭の中が真っ白になりながらも、鍛えられた、それでいて細い体を抱きしめる。
「こういうタイミングで言うの、ちょっとズルいぞ。断れないじゃん」
「……悪い。これなら断られないってダチからアドバイスを――」
「はいはい。まったく。それでときめいちゃう私も私だよなぁ」
サレンが見上げる。可憐な顔が目の前に広がる。
サレンは目を細め、その顔を近づけて言った。
「――人殺し」
目から血を流したサレンが、笑いながらそう言った。
★★★
「うぁああぁぁあああぁああ!!!?」
叫び声を上げて、ベルクートは飛び起きた。
激しい呼吸を繰り返しながら、なんとか気持ちを落ち着けようとする。
汗で全身が濡れていた。まるで大雨に降られた後のようだった。
ベルクートは呼吸を整えながら室内を観察する。床に転がった酒瓶に脱ぎ捨てた服、壁には研究用で使ってる銃が飾られており、近くのテーブルには薬の錠剤が無造作に置かれている。
暗く狭い、陰鬱とした自室の光景が広がっていた。ベルクートは視線を窓の外に向ける。
空が白んでいた。サフィリア宝城都市の街並みが、太陽に照らされようとしている。
ガンショップの3階。落ちぶれた自分がいる部屋だ。
ベルクートはそれを理解すると、ベッドの上で胡坐をかいたまま項垂れる。
「……クソ」
最悪の夢を見てしまった。最近は出てこなかったため、完全に油断していた。
「クソが……」
後頭部を掻きむしり、奥歯を噛み締めながらベッドを降りると、近くのテーブルに置かれてある錠剤を無造作に掴み取り口に運んだ。
そして噛み砕いた。苦味が口内を蹂躙する。それから一緒に置かれていた酒瓶を手に取り、煽るように飲んだ。度数の高い酒を、水を飲むように一気に飲み干すと、
「クソがぁ!!」
まだ少し液体が入っている酒瓶を壁に投げた。大きな音を立てて酒瓶が割れ、壁を濡らし、破片が床に散らばった。
薬と酒の力で冷静さを取り戻したベルクートの目が、涙で濡れる。
「……サレン」
小さく呟くと、ベッドに近づき倒れ込んだ。
シーツを握りしめ、輝かしい過去を見ないようにと願いながら、ベルクートは目を閉じた。
だが、見えてくるのはサレンとの思い出ばかりだった。
姿を見せた太陽が、傷ついたベルクートを照らした。
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