第40話「警告」
任務は明日行くことになった。
セントラルを出てベルと別れたふたりはいつもの路地に入る。誰もおらず、微かに月の光が混ざる薄暗い路地は、少しばかり不気味であった。
「ラズィさんも誘う?」
前を歩くビオレがゾディアックに顔を向けて聞いた。
ラズィ・キルベルという桃色の髪をした魔術師は、以前ラミエルとの戦いに力を貸してくれたガーディアンだ。
あれ以来、セントラルでは見かけていない。国外で長期の任務を行っている可能性が高かった。
「もしかしたら、サフィリア宝城都市にはいないかもしれないな」
「そっか、残念……」
なりゆきではあったが、一緒に戦ってくれた仲だ。できれば誘いたいというのはゾディアックも同じだった。
明日レミィに聞いてみようかと思いながら、曲がり角を曲がろうとした時だった。
ぬっと人影が出てきた。
ビオレは驚いて足を止めた。
「……あ」
その人影に、ゾディアックは見覚えがあった。
「どうも。お久しぶりです」
青色のストレートパーマと、武器である長槍を背負った、ウェイグの仲間であるロバートが声をかけてきた。
「……確か、ウェイグの仲間の」
「ええ、その節はどうも」
ウェイグ、という名に反応したビオレがロバートを睨みつける。彼女はウェイグに不当な扱いを受けた過去がある。その仲間ということであれば、嫌悪感を示すのは当然だった。
ロバートはそれを無視し、肩をすくめる。
「突然申し訳ございませんが、最初に言っておきます。復讐や、嫌味を言いに来たわけではありません。私はあなたに”警告”をしに来たんです」
「……警告?」
「ええ」
黒縁の眼鏡の位置を正すと、ロバートはふっと笑った。
「ベル……本名「ベルクート・テリバランス」は、”ランク・レッドダイヤモンド”になりかけたガーディアンです」
ゾディアックが兜の下で目を見開く。
「……なに!?」
「ガーディアン殺しのガーディアン。そんな噂が流れているときに、彼は騎士団を辞めました。それから姿をくらましていたかと思えば……まさかアウトロー向けの武器を売るほど落ちぶれているとは」
ロバートは憎々し気に地面を見つめる。
「あいつはあなたが銃を使う場面を撮りたがっている。もしアンバーシェルを使われて拡散したら、ガーディアンの沽券に関わります。気をつけるように」
「……どうして、ベルクートについて知ってるんだ」
「これでも元情報屋でしてね。ウェイグが私の情報を頼りにすることもありました。当然ベルクートのことは知っていましたとも」
鼻で笑って答えると、ロバートは踵を返した。
「待った」
ロバートは立ち止まり、顔を向けた。
「なんでしょうか」
「……どうして俺に、それを教えた?」
ロバートは一度言うのを渋ったが、口を開いた。
「ドラゴンの時、私達を助けてくれたでしょう?」
「……ああ」
「借りは返す主義です。お詫びも兼ねて、あなたにお話しました。それだけですよ。では」
ロバートはそれ以上はなにも言わず、振り返らず、路地の暗闇へと姿を消していった。
「マスター……」
ビオレがゾディアックの手を握る。
ゾディアックは何も言わず、遠ざかっていく背中を見送るだけだった。
★★★
ゾディアックは風呂場でシャワーを浴びながら考えていた。
レッドダイヤモンド。それはガーディアンが持つランクの中で、「例外」として処理されているランクだ。
このランクを所持する者は、そもそもガーディアンとして活動することができない。
なぜかというと、これは「罪を犯したガーディアンだけが持つことができるランク」だからだ。
言うなれば罪人の証。咎人の証明。石をぶつけられる的である。
最悪の汚名であるため、このランクのガーディアンは、ほとんどがギルバニア王国に行き、その罪を洗い流そうとする。
ゾディアックの脳内に、ロバートの言葉が浮かび上がる。
ガーディアン殺し。おまけに、ガーディアンではなく騎士団として活動していた。
ロバートの言葉を鵜呑みにするわけではないが、嘘をついているようにも見えなかった。
だいたい、嘘をついて何になる。
「……くそ」
小さく呟き、鏡に映る自分と視線を交わす。
「ベルは仲間だ」
自分に言い聞かせるように、そう言った。
同時に、自分はベルについて何も知らないことを、ゾディアックは痛感した。
★★★
風呂から上がるとロゼとビオレがソファに座ってヴィレオンを見ていた。
映っているのはまたデザート特集だ。
今度はオーディファル大陸内で最も大きな都市、ギルバニア王国で流行っているデザートを宣伝しているらしい。
『こちらはギルバニア王国の下級層にある喫茶店なのですが……なんというか、落ち着いた雰囲気ですねぇ……』
映像内ではヒューダ族のレポーターが、木製のテーブル席に座っていた。以前パンケーキを取材した人だった。
その前に、皿が運ばれてきた。乗せられていたのは焦げ茶色をした、長方形の箱のようなデザートだった。
レポーターは歓喜の声を上げて、テーブルに置かれた皿を両手で差す。
『”ガトーショコラ”!! 今、ギルバニア王国ではこのデザートも、パンケーキに並ぶほどの一大ブームを巻き起こしているようです! さっそく私も食べてみたいと思います!』
レポーターは焦げ茶色の箱の上に、白い粉をかけていく。粉糖だ。
一口サイズに切って、頬張る。
『あぁ……しっとりして、チョコの苦みと甘味が……最高です……』
うっとりとした様子で言うと、レポーターは小さなカップを手に取る。
そして一口飲むと、ほうと息を吐いた。
『ダージリンティーがまた、合いますねぇ……もう、今日の仕事終わりでいいかなぁ』
『モナさん!! 本番中!!』
カメラの後ろから男性の声が聞こえたが、モナと呼ばれたレポーターは頭を振った。
『明日も仕事行きたくな~い。甘い物食べて寝ていたーい』
それからもモナは一口食っては「会社に行きたくない」を言っていた。
見ているだけで、気になる食べ物だった。
「いいなぁ」
「いいなぁ~」
ロゼとビオレがゾディアックを見ながら言った。
「……食べたいのか?」
「作ってください! ゾディアック様」
「作ってマスター! 食べたいなぁ」
そう言ってふたりは顔を合わせて「ねー♪」と笑い合った。
可愛い彼女が可愛い子と可愛いことを言っている。
「……超いい」
ゾディアックは小さく呟くと、ふたりに向かって親指を立てた。
「マスターって、たまにおかしな人になりますよね」
「そこがまた可愛いんですよぉ」
「……ロゼさんも大概おかしい人ですよねぇ」
その時、ヴィレオンの映像が切り替わった。
予約していた、ユタ・ハウエルの生放送が始まったようだ。
「あ、アンヘルちゃん来ますよ!!」
「やった! 今日衣装が新しくなっているんだよね!」
そう言ってふたりは再びヴィレオンを注視した。
先週初めて「アンヘルちゃん」を見たビオレも、その歌声と天使のような見た目に、一目で惚れてしまったらしい。
ふたりの楽しそうな声が木霊する。
ゾディアックは眼福とも言えるその光景を見つめたい衝動に駆られたが、視線を切りキッチンに向かう。
その間にアンバーシェルを取り出し、ガトーショコラの作り方を調べようとした。
その時だった。
窓の外で、何かが動く気配がした。
2階にいたら気づかなかったもしれないが、確かに感じ取れた。
ゾディアックはアンバーシェルをしまい、早足で玄関に向かいドアを開け、外に出る。
周囲を見ると、それはいた。
体中が青みがかった灰色の毛に覆われ、耳を生やし、狐の顔をした獣人。背丈からして子供だった。
獣人はリビングに繋がる部屋の窓を見つめていた。
そして耳がピクリと動き、顔がゾディアックに向けられた。
コバルトブルーの瞳が大きく見開かれ、毛が逆立ち、後退りした。その時ゾディアックは、獣人の毛が少し青みがかっていることに気づいた。
「……?」
ゾディアックが首を傾げると、獣人は慌てた様子で身を翻し、二足歩行で走って去っていった。
呼び止めようとはしたが、言葉が出ず手を伸ばすだけに終わった。
そのまま遠ざかっていく小さな背中を見続ける。走っていく方向には、亜人街がある。
ドラゴン討伐の噂を聞きつけ、獣人がゾディアックを見ようとしたのか。それとも家に忍びこもうとしたのか。
ゾディアックは自分の考えに対し頭を振る。ありえない。ただの獣人、それも子供であるならば、ガーディアンに近づこうとは思わないだろう。
亜人街に住む者たちは、殺されても文句は言えないのだから。
疑問は解決しないが、亜人たちも興味を示しているのは事実だ。ゾディアックは警戒心を強めながら、小さな獣人の背中が見えなくなると、踵を返し家の中に入った。
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