第39話「お喋り」
「ここ、座ってもいいか?」
ゾディアックが返事をする前に、ベルは先ほどビオレがいた席に座った。
「あ、店員さんちょっと! ビールふたつ持ってきて」
男は片手を上げメイドを呼ぶと、勝手に注文し始めた。
「あ、悪い、勝手に頼んで。飲めるか?」
「……すまない。今日は、飲まない」
「りょーかい。じゃあ、どっちももらっちまうぜ」
「……」
ゾディアックは黙った。兜を取って、素顔を見せたくないと言うのが恥ずかしかった。
そこでビールが運ばれてきた。両者の前に置かれ、ベルはジョッキを掲げる。
「形だけでいいから。乾杯しようぜ」
たどたどしい動作でジョッキを掴むと、ベルは軽く当ててきた。
「調子はどうだい」
「いつも通り、かな」
「相変わらずビオレちゃんと任務か?」
火竜ラミエルと一戦を交えてから、2週間が経っていた。その間、ずっとゾディアックはビオレと一緒に任務をこなしていた。
「街中でお前とビオレちゃんは噂になってるぜ。まぁゲスい話も出回っていてよぉ」
「ゲスい?」
「ビオレちゃんがお前の奴隷、もしくは恋人なんじゃないかだって」
兜の下で吹き出しそうになった。ゾディアックにとって最愛の人は、たったひとりだけだ。
ベルクートはジョッキを傾け、喉を鳴らしながらビールを流し込む。
「ぷはぁっ! うめぇわ、やっぱ。この一杯のために生きてるってね」
「……」
「傷は大丈夫なのか? ラミエルとの戦いで、結構負傷しただろ?」
「鎧を着ていたから、それほど深手じゃなかった」
「マジかよ。何で作られてんだ、その鎧」
ゾディアックは口を開く。
「……覚えてない」
「あ?」
ゾディアックは目を見開いて、しまった、と思った。
ポロっと零れ落ちた言葉に対し、ベルは眉根を寄せる。が、すぐに首を傾げ、視線を切る。
「何言ってんだかよ」
そう言ってジャケットのポケットから煙草を取り出した。「吸ってもいいか」と目でゾディアックに訴えてくる。
ゾディアックは頷きを返すと、ベルは煙草に火をつけた。
「しっかし……ボンクラばっかりだなぁ。この国のガーディアンは」
「……すまない」
「いや、お前のこと言ってんじゃねぇよ。つうかボンクラじゃねぇのはお前だけだ」
ゾディアックは小首を傾げる。
「今いるガーディアンにはない意志を、お前は持ってる。高ランクのお前が、ガーディアンとして大切な信念を持っているだけで、みんなの希望に繋がるんだ」
「ベルは、違うのか?」
ベルは笑いながら煙を吐き出した。
「俺は大層な心は持ち合わせちゃいねぇ、ボンクラのキャラバンさ」
「……でも、一緒に戦ってくれただろ」
「正直言おうか。目立ちたかったのよ。俺の勇姿を見てくれた女の子が、話しかけてくるかもしれないだろ? そんで店も大盛り上がりだ」
「……盛り上がったのか?」
「ぜんぜん。女の子も市民もお前に釘付け。俺なんて雑草みたいな扱いだ」
「雑草……」
「業を煮やして自分からナンパして、さっきふられたところ。ったく。こんないい男が声かけてやってんのによ」
「……自分で言うのか」
「誰も言ってくれねぇからな」
ベルは歯を見せて笑った。無邪気な笑顔を見て、ゾディアックも小さく笑った。
”ランク・ダイヤモンド”のガーディアンという素性を隠して、この世界では邪な物とされる銃を売るキャラバン、ベル。
怪しさは拭えないが、敵意というものは感じない。
それから雑談を交えながら、ベルはゾディアックの分のビールも飲んだところで、喉を鳴らした。
「んでよ、ゾディアック。こっからが本題なんだが」
ベルの目がゾディアックを見る。
「俺とパーティ組もうぜ。どっちが上とか下とかじゃなくてさ。ただの友達として」
ゾディアックの眉が上がる。ラミエルを討伐して以来、こういったスカウト行為はいくつか来ていた。だが、ベルから誘ってきたのは今日が初めてだった。
なにか裏があることは明白だった。ゾディアックは無意識のうちに、相手を警戒していた。
警戒していることに気づかれたベルは目を細める。
その時だった。
――どうして! 私の仲間より、あんたが――
ベルは顔をしかめた。頭の中で鐘が鳴らされた気分だった。
またあの声だ。最近また聞こえてくるようになったと思ったら、徐々に音量が大きくなっているようだ。
「ベル」
突然呼ばれ、ゾディアックに視線を向ける。
「他国の高ランクが、なんでこんなところにいるんだ?」
それは当然の疑問だった。
その質問に対する答えは持ってきていた。だが、今のベルは口を開けずにいた。
幻聴が、警告のようだったからだ。
ベルは頭を振ると、ふぅと息を吐き、頬杖をついて馬鹿騒ぎをしている近くのガーディアン達を見つめる。
「ちょいと仕事の関係でやらかしてね」
ヘラヘラと笑いながら言ったが、その顔が徐々に暗くなっていき、短くなった煙草を灰皿に押し付けた。
「意外と冷てぇんだよな……人間って」
寂しさを感じ取ったゾディアックは、何も言えなかった。
やはりどこか引っかかる。だが何を聞けばいいのかわからない。
気まずい沈黙が流れる。
「マスター! 新しい任務が……あれ」
そこにビオレが戻ってきた。ビオレは自分が座っていた席にいるベルを見つめて小首を傾げる。
「よう嬢ちゃん」
「ベルさん。こんにちは。何しに来たの?」
「ん~? ゾディアックをナンパしに」
「マスターが好きなの!?」
ビオレは目を見開いて後ずさりした。
「ちげぇよ!! マジにとんなよ!! ただ仲良くしたいなって思ってるだけだ!」
「本当に~?」
それからはビオレとベルクートがふたりで話し始めた。重苦しくなりかけていた空気が軽くなったため、ゾディアックはビオレに感謝した。
「だからね、マスターはもっと目立った方がいいと思うの」
「ただよ。寡黙だけど優しい騎士っつうのは、最高の謳い文句だと思うぜ。アイドルみたいに振る舞うのはなぁ」
「もう! オジサンはわかってないなぁ! 寡黙なアイドルだっているもん!」
「オジサンはやめて。33だけど」
「ヒューダだともうオジサンでしょ、その年齢」
「くっそ。俺もグレイスに生まれたかった。そしたら美人さんにモテモテ……」
「いやぁ、無理だと思う。ちょっと顔が濃いもん」
ビオレは誰とでも仲良くなる子ではない。ゾディアックよりも、話す相手はよく選ぶ性格だ。
だが、ベルとは仲良く話をしている。
思えばビオレに何の条件もなく、装備を見せてくれた。
ベルは確かに怪しさがある。だが決して悪い相手ではないのだろう。
この国に来て、初めて仲良くなった相手を、ゾディアックは信頼していた。
「……ベル」
「ん?」
「俺とビオレでパーティを組もう」
そう言うと、ベルはニッと笑った。
「いいのか?」
「……俺はいい」
「私も!」
「よろしく頼むぜ。ゾディアック、ビオレちゃん」
席が賑やかになった。ベルがいると、やはり雰囲気が明るくなる。
ゾディアックは、この時間を楽しんでいた。
「……」
そんなゾディアック達を、槍術士のロバートは遠くから見つめていた。
お読みいただきありがとうございます。
ブックマークや評価をしていただけると、明日水瓶座が1位に近づくのでぜひしてください。
ぜひ。
Twitterのフォローをすると明日の金運が0.1%上がるかもしれません。
→@narou_zinka
感想とかも、書いていただければと思います。ドン引きするほど返信します。




