第38話「宣伝」
「はい、これ。報酬」
ゾディアックは受付のレミィから、報酬が入った袋を受け取る。
時刻は夜になろうとしていた。これからは精霊達の活動が活発になるため、魔法装備を作りたがっているガーディアン達がセントラルに多く訪れる時間だ。
「これでビオレちゃんの依頼完了数は二桁になったな。突然の依頼にも対応できるようになったんじゃないか?」
「……なった、とは、思う」
ゾディアックは頷いた。
ビオレはよくやっている。初めの任務こそ、緊張のせいかモンスターとの戦いに慣れていなかったものの、次からは弓矢と魔法を織り交ぜた戦い方ができるようになっていた。特に指示など出さず、弓術士としての基本的な戦い方ができていた。
「あの子には、才能がある」
「親バカかよ」
「違う。本心でそう思ってる」
「だから、それが親バカじゃん」
ゾディアックはぐっと押し黙った。レミィがククッと笑い肩を揺らす。
「確かにあの子はよくやってるよ。セントラルの職員達も、お前と一緒に任務をこなすビオレには一目置いてんだ」
「そうか」
「ただ、順調に行くと必ず「油断」っていう虫が心に湧いてくる。今のうちに払っておいた方がいいんじゃねぇか?」
「……そうかもしれない」
「まぁしっかりやれよ。お父さん」
「……」
そんなに年を取っていないと、とっさに言えなかった。
ゾディアックは袋を手に取るといつもの端の席に戻る。歩いている間、周りからは以前と同じ好奇の視線と、微かにこちらに興味を向けている視線が重なって注がれていた。ドラゴン討伐を終えてから、セントラル内のゾディアックの評価は変わっているらしい。
それはありがたいことだと思いながら椅子に座った。
「宣伝活動しよ、マスター」
突然対面に座っていたビオレが、ムッとした表情で言ってきた。
「え?」
「え、じゃなくて!」
ビオレは身を乗り出し、テーブルをバンと叩いた。
「もっと自分をアピールして、もっと仲間を増やして、色んな仕事を貰おうよ!」
「……え?」
「だから「え」じゃなくて!! もう、なんでわかんないかなぁ……」
「……悪い」
ゾディアックは軽く頭を下げた。頬を膨らまし、ビオレは腕を組む。
「マスターは凄いガーディアンなんだよ。本当だったらこの国の守護神になるべき人。ガーディアン達からは尊敬されて、色んな仕事をこなして行ける存在なの」
「ふむ」
「だから私以外の、もっと色んな人と一緒に活動すべきなんじゃないかなと思って」
「……なるほど」
言わんとしていることはわかるが、ゾディアックは頭を振った。
「でも今は、ビオレの成長の方が大事だ」
「子供扱いしないでよ」
「……ビオレはまだガーディアンとして子供だ。それは事実だ。だから、もっと基本を大事に」
「マスター。大丈夫だよそんな心配しなくて」
ビオレは呆れるように言った。
「私、これでも結構強いんだよ。それに彼もいるし」
かつての友であるドラゴンの素材から作られた弓を握って言った。
油断。それがありありと伝わってきた。
ゾディアックは口を開こうとするが、うまく言葉が出てこなかった。新人というより、弟子に近い存在に対し、接し方がわからなかった。
「じゃあまた新しい依頼書見てきますね! 私ひとりでも行けそうな奴も持ってきます!」
そう言って明るい笑顔を見せて、ビオレは掲示板に向かった。
ゾディアックはため息をつく。油断するのも無理はない。このままのびのびやらせた方が、いい結果が出るのではないだろうか。
ゾディアックは掲示板前で依頼書を手に取るビオレを見つめる。
ビオレに、同じランク・パールのガーディアンが話しかけている。他にもランクが違うパーティがビオレを誘おうとしている。
亜人とはいえ、可愛らしい容姿に明るい性格をしており、おまけに実力もある。人気者になるのは必然であろう。
ビオレは可愛らしい笑みを浮かべて初対面の相手にも物怖じせず話している。最初邪険に扱われていたのが嘘のようだ。これはいい傾向ではあった。
ただ心配なのは、話しかけているのがほとんど男性だということだ。そして、女性のガーディアンたちが、明らかな嫉妬が混じっている眼でビオレを見ている。
これは確かに釘を刺しておくべきだ。でないとビオレを傷つけることになるかもしれない。だが、いちいち口出ししたら、過保護ではないか。それはビオレの成長を妨げることになるのではないか。
ゾディアックは頭から煙が出るほど悩み続けた。
「いったん、ロゼと相談しようか」
言ってから気づく。これではまるで、娘を心配する親ではないか。
「まぁしっかりやれよ。お父さん」
ゾディアックの脳裏にレミィの声が聞こえてくるようであった。
「俺まだ21歳なのに……」
一般的に考えれば、このくらいの年齢で子供を持つのだろうか。
ロゼに相談してみるのも手だ。「そろそろ身を固めるべきか」と。
下手したらプロポーズと受け取られるかもしれない。だが、ロゼが喜んで承諾してくれたら、それはそれでいいかもしれない。
「結婚したい」
どんどんと悩みが脱線し、とんでもないことを口走っていたゾディアックの前に、ひとつの影が落ちる。
影を見て察する。ビオレではない。
「よう、ゾディアック」
ゾディアックはいったん考えるのをやめ、顔を上げる。
上品なテーラードジャケットを着た、オールバックの緑髪が特徴的な男が立っていた。
彫りが深い顔に無精ひげを蓄えているが、不思議と不快感はない。全体的に濃い顔立ちをしているせいか、良く似合っていて男前だ。体は太ってもいなければ、細くもない。身長は長身の部類に入る方だろう。
「……ベル」
「なーに沈んでんだよ」
ゾディアックよりも一回り年上の男、ベルは口元に笑みを浮かべる。
ゾディアックはベルの懐にある、銀色に光る短銃を見つめながら、兜の下で微笑んだ。
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