第37話「緋色の風」
国から出ると異形の化け物が徘徊しており、それらは「モンスター」と呼ばれている。
人間に対して友好的なモンスターというのがいないわけではない。だが大半は知性を持たず、近づいてくる者達に容赦なく襲い掛かってくる。
いくつかの国は、大陸公道という整備された道を管理している。しかし、その道は決して安全ではない。
近くでモンスターが出現し、公道を踏み荒らすことなどざらにあり、しっかりと管理している国の数も少ない。
公道がちゃんと警備されているのは、ギルバニア王国とその周辺の国家だけだ。
サフィリア宝城都市付近に、その公道はない。ガーディアンもキャラバンも、皆が思い思いのルートでサフィリアを訪れようとする。
そのため、モンスターに襲われるキャラバンや一般人が後を絶たない。そういった者達を助けるのは、ランク・パールの、駆け出しのガーディアンがよく行う任務でもある。
★★★
馬車の手綱を握る馭者は、恐怖で歯を震わせながら、血走った目を正面に向けていた。
速度は限界である。荷台の車輪がガタガタと音を立て土を踏み荒らしていく。
「やばい! 追いつかれるぞ!」
荷台にいた馭者の相方である男は、ボウガンに矢を装填しながら悲痛な声を上げた。
ふたりはキャラバンの団員で、荷を隣国のボスコ共和国からサフィリア宝城都市に運んでいる最中だった。
道中、近道をしようと蒼炎の森に入ったところ、突然モンスターが襲い掛かってきた。
黄土色の毛並みが特徴的な、狼のような姿をしたモンスター「コヨーテ」。
獰猛な肉食獣であり、特に人肉を好むという、人間を襲うためだけに生まれたようなモンスターだ。
素早く動き回り、鋭利な牙と強力な顎の力で人体を苛む。特に顎の力は異常に高く、生半可な鎧ではいとも簡単に引き裂かれてしまう。
しかし体力は少なく知能も低い。ボウガンの矢が一発当たっただけでも大袈裟に吠え、それ以上追いかけようとはしなくなる、臆病なモンスターだ。
そのせいか、必ず群れで襲うという習性を持っている。
馬車がようやく蒼炎の森を抜けた。それと同時に10数匹のコヨーテが、森から飛び出してきた。
口から涎を垂らし、馬車に迫ってくる。
時折聞こえてくる荒い息遣いは、喜びの声にも聞こえる。久しぶりの餌にありつけると思っているようだ。
「矢が尽きた!! くそっ!」
荷台から絶望の言葉が聞こえてくる。コヨーテはすでに、馬車に追いつく勢いであった。
馭者の手が震える。信心深くなく、宗教に入っているわけもないが、こういったときは神に祈ってしまう。こんな都合のいい祈りなど、届くはずがないのに。
馭者は死を覚悟し、両目を閉じてしまう。
「そのまま走り続けて!!」
その時、甲高い声が聞こえた。首を動かし声の出所を探っていると、横からこちらに向かってくる一頭の馬がいた。
馬の上には巨大な影がいた。
いや、影ではない。そう見えてしまうほど、真っ黒な鎧を身に纏ったガーディアンが乗っていた。
右手には反った刀身が特徴的な槍を持ち、後ろには小さな人影が見えた。
ガーディアンは馬車とコヨーテの間に入り込むように陣取る。
「ガーディアンか!? 気をつけろよ、数が多い!!」
荷台の男が声を荒げる。コヨーテの視線が馬車から漆黒のガーディアンに向けられる。
ガーディアンは特に言葉を返さず、荷台まで近づくと、後ろに乗っている人物に声を投げる。
「ビオレ、飛べ!!」
「了解、マスター!!」
瞬間、緋色に染められた突風が吹き、荷台の男は声を上げて腕で顔を隠した。何事かと思い腕を下げると、目の前には少女がいた。
可愛らしい服装の上に銀の胸当をつけ、紅蓮の弓を構え始めている。
「下がってください!」
少女は叫ぶように言うと、流れるような動作で矢筒から矢を取り出し、弦を引く。
両目を開いて狙いを定めたあと、矢を放った。放たれた矢は吸い込まれるように、コヨーテの頭を突き刺した。
即死したコヨーテは声を上げることもなく、派手に転がり群れから置いて行かれた。
ビオレ・ミラージュは油断せずキャスケットを深くかぶり、矢を放ち続ける。
正確に放たれた矢は1本も外れることなく、コヨーテを仕留めていく。矢が風を切る音が辺りに響き渡る。
漆黒のガーディアン、ゾディアック・ヴォルクスは、槍を振ってコヨーテを紙切れの如く切り裂いていく。ビオレの邪魔にならないよう、狙っている標的とは別の敵を攻撃していく。
次々と敵を処理していき、残りの数を確認する。10以上いた数は、3匹まで減っていた。内1匹は、身を翻して逃げようとしている。
ビオレもそれを確認すると、矢を3本取り出し、魔力を両手に流し込む。矢と紅蓮の弓が、呼応するようにオーラを纏う。
ビオレは”両目を閉じ”、精神を集中しながら弦を力強く引っ張り、射出する。
放たれた矢は不規則な赤い軌道を描きながら、3匹のコヨーテの体を同時に貫いた。
敵影がなくなり、ゾディアックは安全を確認すると槍を掲げた。
それを見たビオレはふぅと息を吐いて尻もちをついた。
「っはぁ~……緊張した……」
ビオレは安堵のため息をつく。
最後の3本同時発射は魔法の練習でもあった。『ワンショット・ワンキル』という、遠距離攻撃を専門とするガーディアンが覚える魔法をロゼに教わっており、今回初めて実戦で使った。
魔法の名は「必中」という意味が込められており、敵を目視せずとも魔力を探知し、必ず攻撃を当てるという効果を持つ。
ゆえに両目を閉じて矢を放った。もし外していたら、間抜けな絵面になっていたことだろう。
「おぉ! 嬢ちゃん、ありがとよ! おかげで助かったぜ」
「本当に助かったよ! もう駄目かと思った」
馭者と男が賛辞を述べる。
ビオレは慌てて立ち上がり頭を下げる。
「あ、いえいえ。よかったです! もう少しでサフィリアですが、ここからは私達が護衛しま……うわぁ!!」
馬車が揺れ、ビオレは再び尻もちをついた。
「お、おい! 大丈夫か!?」
「いてて……す、すいません。安心したら、足に力が……」
「なんだそりゃ。しっかりしろって」
男は笑った。先ほどまでの殺伐とした空気が薄れていく。
馬を走らせていたゾディアックは、そんなビオレを見て、兜の下でふっと笑う。
ゾディアックの肩が微かに上がるのを見て、ビオレは恥ずかしそうにキャスケットを両手で掴み、赤らめる顔を隠すように深くかぶった。
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