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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert2.ガトーショコラ
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第36話「緑火の犬鷲」

 サフィリア宝城都市は、オーディファル大陸の南、リアーノ地方近辺に存在する小国である。オーディファル大陸とアストロス大陸の両大陸から、ガーディアンとキャラバンが多く訪れるため、物資が流入する交易拠点として成長している国であり、多数の文化と種族が融合している国でもある。


 そのため、小国というわりには経済的に潤っており、生活水準は比較的高い。しかし、軍事力が高いわけではないため、オーディファル大陸でもっとも大きな国であるギルバニア王国に対しては、上納金を払うことで支配と”監視”を免れている。


 この”監視”というものを免れているからこそ、キャラバンは自由に商売を行えるのだ。


 貧富格差は大きいため、お世辞にも治安がいいとは言えない。そのため危険な出来事や争いごとが起こったら、国にごまんといるガーディアンやキャラバンガードナー達が仲介に入ることもある。

 だが、ガーディアンはモンスター討伐を生業とし、冒険を楽しむ自由主義者だ。キャラバンガードナーは、自分が所属している団体の争いではない場合、無視を決め込むことも多い。


 つまり、なんの見返りもなく人助けを行う者など、この国では稀な存在である。

 いや、見返りを求めずに人助けを行う者など、この世界にはいない。


 もしいたとしたら、そんな偽善者野郎は、いつか後悔する。

 ベルクートは、そう思っていた。


★★★


 馬車の荷台に物資を詰め込んだ後、ベルクートはキャラバンの露店があるメイン・ストリートへ移動した。

 落ち着いた色合いの綺麗な街だが、露店の看板や商品のせいで台無しになっていることも否めない。

 多くの露店がひしめき合うここで、自分も露店を開かなければならなかった。


「ちょっといいか」


 ベルクートは荷台の中から、馭者(ぎょしゃ)の男性に声をかけた。


「ん? なんだ?」

 

 坊主の男は視線を前に向けたまま声を出した。


「露店はどこに出してもいいのか?」

「ああ、早い者勝ちだよ。ただ暗黙の了解(ルール)ってのがあるわな。赤レンガ7地区はラビット・パイ、噴水2地区はキャット・ケーキが露店を出す、てな感じで」


 馭者は得心するように息を吐いた。


「あんた初めての営業?」

「似たようなもんだ」


 カラカラとした笑い声が上がった。


「んじゃあアドバイスをしてやろう。最初は慎ましく商売しな。変なことして他のキャラバンと喧嘩なんてしたら後悔するぜ」


 ベルクートは相槌を打つ。


「喧嘩になると、デメリットばかりか」

「まずキャラバンからの印象が最悪になる。ライバルとは言え同業者。他のキャラバンとは仲良くしておくことを勧めるね。客商売で信頼を失うとか悪い噂が流れるってのは致命傷だ。悪い意味で注目されるだろうなぁ」


 ベルクートは口角を上げた。


「なら。なおさら目立つ商売をしないとな」


 そう言うと、馭者の男は一度目を見開き、


「いいねぇ、あんた。商売人の目だ。応援するから頑張りな」


 視線をベルクートに向けていった。

 男の右目は、傷によって潰されていた。


★★★


 適当なスペースに降ろしてもらい、準備に取り掛かる。露店は魔法で作り終えた。ベルクートにとってこの程度は朝飯前だ。

 準備を終え、商品である銃を、道行く人々に見えるよう並べ始める。

 周辺にいたキャラバン、そして道行く人々が、唖然とした表情でベルクートの店を見た。時折、小声で雑言が聞こえてくる。


「おい、あんた正気か?」


 顔を布で覆い軽鎧(けいがい)を身に纏ったガーディアンが話しかけてきた。

 体型と声で男だと判断する。腰にある2本の短剣を見る限り、盗賊(シーフ)だ。


「なにが?」

「これ、ブラックスミスの武器だろう? ステーションで見たことがある」

「ただガーディアン用の武器を販売しているだけだ。なにがおかしい」


 顎のひげを触りながら、悪びれもせず言った。

 盗人(シーフ)は肩をすくめてせせら笑った。


「馬鹿だなぁ」


 そう言って、その場を後にした。ベルクートは気にせず商売を続けた。

 それから一向に客は来なかった。遠巻きでアンバーシェルを向け、写真や動画を撮っている者もいるため、そろそろ噂が広まってもよさそうだが。


「あ、あのぅ」


 その時、小さな客が現れた。小人のバナル族だ。全身が重厚な鎧に覆われており、かなり高価に見える。重厚な鎧はかなり高価に見える。上客となりえる客だ。


「見たことがない武器なのですが、これはいったい?」

「銃」

「へ?」


 ベルクートは白い歯を見せると、アサルトライフルと呼ばれる銃を手に取る。


「ブラックスミスから取り寄せたAL-48はどうだ? サイクロプスの分厚い体も風穴開けられ……」

「ちょ。ちょっと待ってくださいよ」


 ベルクートはガーディアンの言葉を無視することに決めた。相手の口調から、性格を分析した結果だった。このガーディアンは、セールスを断り切れない意志の弱い相手だ。

 ゆえに、そのまま一気に畳みかけようとした。


「もっと小さいのがいいのか? でも駄目だ。小さいのだと威力が――」

「いい加減にしろよテメェ」


 隣にいたキャラバンが声を上げ、ベルクートを睨んだ。男が3人、全員が店番をしていた。


「悪いね。このアホはこっちでなんとかしとく」


 男のひとりがバナル族のガーディアンに言った。ガーディアンは小さく頭を下げると、逃げるようにその場から去った。


「上客だったのによ」


 ベルクートが後頭部を怠そうに掻くと、男3人が立ち上がり詰め寄ってきた。


「喧嘩売ってんのか? 俺に」


 ベルクートは鋭い視線を3人組に向ける。


「そりゃこっちの台詞だ。銃なんて売ってる時点で喧嘩売ってんだろ」

「なんで?」

「アウトロー向けの武器なんて売りやがって。てめぇも連中の仲間か?」


 男のひとりがそう言って距離を詰め、ベルクートの襟を掴んだ。


「二度と商売できないような体にしてやろうか、クソ野郎」

「やめとけよ」

「今更ビビってもおせぇぞ、おっさん」


 そのまま襟を思いっきり引っ張る。

 その瞬間、ベルクートは男に右手の甲を見せた。正確には、中指にある指輪を見せた。男は眉間に皺を寄せて指輪を見た。

 ダイヤモンドが嵌められている。見た目と釣り合ってないアクセサリーから、普通とは違うなにかを男は嗅ぎ付けた。

 ベルクートは男の視線を確認し、手首を動かし、手の平を見せつける。

 そこには複雑な高等魔法陣が描かれていた。刺青ではなく、血で書かれているそれは、脈打つように赤く点滅している。


「双炎獣「オルトロス」の血で描いていてね。一生消えねぇ陣なんだ。……意味がわかるか?」


 ダイヤモンドの指輪、血で書かれた魔法陣、特徴的な深緑色のオールバック、そして首元にある大きな火傷の痕。

 男はベルクートの正体に気づいた。


「あ、あんた、”緑火(りょっか)犬鷲(いぬわし)”……?」


 男は目を丸くして、口元を戦慄かせながら言った。

 防具を身に纏わず、コートを羽織って散歩をするかのように危険な任務をこなす、特殊な炎を操りし大魔術師がそこにはいた。

 ベルクートはバツが悪そうな顔をし、眉間を押さえる。ガーディアンということだけ伝わればよかったのだが、まさかその名が出てくるとは思わなかった。


「そのダセェふたつ名やめてくんねぇかなぁ……」

「ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 男は敬語になると襟から手を離し、低姿勢になる。後ろにいたふたりは顔を見合わせている。


「なんで稀代の天才とも言われた魔術師(マジシャン)のあんたが、銃なんて売ってるんすか」

「なんでって。魔法よりもこっちの方が素晴らしいと思ったから、オーディファル大陸の皆にも、それを知ってもらおうと思って」


 男は口をあんぐりと開けた。そして、頭を振る。


「いや、あの、すいません。どうか命だけは」

「俺をなんだと思ってんだよ……まぁいいさ。気にしないでくれ」


 ベルクートは唸った。悪い口コミに惹かれた野次馬を客に引き込むつもりだったが、まるで来ない。当てが外れた。

 かくなる上は。


「やっぱ直接乗り込むしかねぇか」


 ため息をついた。気乗りしないが、仕方ない。

 明日、セントラルに直接乗り込んで宣伝してみる。上手く行けば、大物が釣れる。そう、ランク・タンザナイトのガーディアンだ。奴が銃の魅力に気づけば、一気に話題性を持って行けるだろう。


 その後、ベルクートはなんとか営業を続けてみた。

 群衆は物珍し気な視線を向けるだけで、訪れた客の数は、ゼロだった。



 その次の日だった。


 最強の暗黒騎士、ゾディアック・ヴォルクスと出会ったのは。



お読みいただきありがとうございます。

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