第35話「銃」
ベルクート・”ザ・ヒート”・テリバランスがサフィリアに来てから、もう半年が経過した。
今日も、街の活気あふれる声が窓の外から聞こえてくる。
「……もう1年か……」
天井を見ながら呟いた言葉は、虚空へ消えていった。
今日も悪夢を見た。あれだけ酒を浴びるように飲んだのに。研究に没頭しても、あの声が消えない。
――人殺し!!
あの声がまた聞こえてきた。
逃げるように目を閉じてみたが、どうやら瞼の裏には、あの女の泣き顔が焼き付いているらしい。
「いやな夢見せんなよ」
ベルクートは苦笑いを浮かべ、額の上で両腕を組んだ。
それだけで、あの声が薄れていくような気がした。
★★★
この世界にはガーディアンと呼ばれる者達が存在している。
昔は冒険者とも呼ばれていたその者達は、世界中を旅しながら、時に危険なモンスター討伐を行い、時に国の傭兵として働いていた。正式な職業などではなく、規律に縛られない自由主義者として活動していたため、それに憧れた人々は大勢いた。
世界中に冒険者が溢れかえったころ、規律がないというのが仇となり、無法者のように暴れまわる者が多く出没し始めた。それをどうにかして収めようと、オーディファル大陸内を制圧しつつあったギルバニア王国が、「セントラル」という施設を作り、冒険者を管理し始めた。周辺諸国や別大陸の大国も同様の施設を設立し始め、無法者の冒険者達は数を減らしていった。
それからというもの、冒険者になるためには、セントラルで試験を受け合格しなければならなくなった。合格した者達は「ガーディアン」という正式な職業を与えられるようになった。
冒険者のころと違うのは、”管理されているかどうか”。それしか違いがない。そのため再び自由を謳歌し、旅を行うことができるようになる。
だがそういった管理体制の仕組みが気に食わない元冒険者は、未だ世界各地に存在してる。そういった者達はガーディアンとは対になる存在として、「アウトロー」と呼ばれるようになった。
ベルクートは元々、ギルバニア王国のガーディアンであった。だが、現在はそのアウトローに片足を突っ込んでしまっている。
輝かしい功績を積んでいたが、ある任務の責任を取るため、ベルクートはギルバニア王国を出た。
責任を取るため、というのは建前である。本当は逃げたかっただけだ。
ベルクートは戒めのため、余所者を迎えてくれるサフィリア宝城都市に身を置いた。
日々酒を飲み、惰性的な毎日を送っている中、ベルクートは亜人街にて”それ”と出会った。
”それ”とは、ある武器。
”銃”と呼ばれる、武器だった。
近年発明されたばかりの遠距離型武器であり、まだまだガーディアンの間では浸透してはいない物だった。どちらかというと、アウトローが好んでいる武器であるため、ガーディアン達は毛嫌いしている部類の武器だ。
生きる意味を無くしかけていたベルクートは銃に興味を示し、気晴らしに研究を始めた。最初はただの長筒だと思っていたが、調べていくと、この武器はとんでもない性能を秘めていることに気づいた。
この武器がもし全世界で使われ始めたら、モンスターとの戦い方や戦争、すべてが一新される。
魔力を消費せず、簡単に、誰が使っても相手を殺すことができる武器。その気になれば、戦い方を知らない子供でも、甲冑を着た兵士を一瞬で殺せてしまう。
まさしく革命的な武器だった。
もし戦争が起こったら、剣と魔法で戦う時代が終わるかもしれない。
ベルクートは銃の強さに感服し、魅力に取りつかれた。それから1年もの間、研究に没頭するようになった。自分で銃を作り、実際に使ってみたりもした。
――人殺し!!
しかし悪夢だけは未だに見てしまう。まるで逃がさないと言っているようだ。
今日も、あの声が聞こえてくる。
★★★
「銃と、ちょっとした機械類を売ってきちゃくれねぇか?」
ベルクートに宿を貸している、ガンショップのマスターがそう切り出した。
東地区にある建物の2階の喫茶店だった。キャラバンの宿泊施設が近いため、その職員達がよく訪れる場所でもある。
「なぜ俺に?」
ベルクートの視線はマスターに向けた。
「経営が厳しいのか?」
「ちげぇよ馬鹿。ただ、もっとガーディアン達に銃の魅力を知ってもらいてぇのさ」
「……つまり、経営的に厳しいってことだろ」
「やかましいわい。こっちだってな、お前にこんなお願いするのが情けなくてしょうがねぇ」
マスターは皺まみれの顔を歪め、白髪だらけの短い髪をガリガリと掻いた。ベルクートは眉をひそめた。
「俺さ。こう見えてもガーディアンなんだけど」
肩をすくめて言うと、マスターはハッと笑った。
「なにがガーディアンだ。1年以上うちでただ飯食って、部屋にこもって銃いじってるだけじゃねぇか。ちっとは働け。お前俺にタメ口叩ける立場じゃねぇんだぞ」
「依頼ということか?」
「そんなたいそうな物じゃねぇ。”命令”だ。恩を返せって言ってんだ」
言い方は荒いが、決しておかしなことを言っているわけではない。むしろマスターの言っていることは真っ当だ。
コーヒーを飲んだベルクートは一度頷く。
「ガーディアンがキャラバンの真似事……か。俺にはちょうどいいな。引き受けるぜ、マスター」
「よし。商品はこっちから適当に出す。それほど量は出せねぇ。その代わり全部売って来いよ」
「ああ」
「あと、売上は全部店のだ。ネコババしてもバレるからな」
ベルクートはすんと鼻を鳴らした。
マスターは灰皿に置いてあった煙草を手に取る。
「じゃあ、誰か手伝ってくれる奴を探しな」
「……いや、俺だけでいい」
「なんだよ。寂しいこと言うじゃねぇか。知人がいねぇなら、誰か人を出してやるよ」
「ひとりでやる」
ベルクートはぴしゃりと言い放ち、空になったカップを見つめる。
「無能な仲間と一緒に仕事しても、ろくなことにならねぇだろ?」
そう言うと、ベルクートは伝票を持って立ち上がった。
★★★
すべての準備を終えると、馬車に荷を乗せ、マーケット・ストリートを目指した。
ベルクートは少し心を躍らせていた。これはガーディアンや市民達に、銃の魅力を伝えることができる絶好のチャンスでもある。
もし、この国にいるというランク・タンザナイトのガーディアンに銃の魅力を伝えることができれば、瞬く間に話題が広まるだろう。
ベルクートは期待を胸に抱きながら、ゆっくりと馬車を動かし始めた。
お読みいただきありがとうございます。
少し遅れてすいませんでした。
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感想とかも、書いていただければと思います。新章だから。ガトーショコラ大好きな人来て。ちなみにガトーショ(以下略
よろしくお願いします。




