第32話「秘密」
「離せおい!!」
セントラルを出て薄暗い路地に入ったところで、ウェイグは叫び、身をよじった。
ベルはお望み通り手を離す。
「くっそ……あいつら……クソが」
ウェイグは苦虫を嚙み潰したような顔で地面を睨みつけ、鋭い目をベルとラズィに向ける。
「お前らゾディアックの味方か? それともあのゴミの味方か」
「ゴミ?」
「あの紫の亜人のことだよ!!」
「まぁどっちの味方でもあるかなぁ。今は。つうか、ハイエナやってるあんたも中々のゴミっぷりだと思うぜ?」
ウェイグが肩を震わせているのを見て、ベルは鼻で笑った。
「ちょっと冷静になれよ。むしろ、お前は俺に感謝すべきだぜ」
「あん!?」
「俺はお前を逃がそうとしてんだ」
ベルはニッと笑った。
「俺はセントラル関係の人間じゃないから、お前を逮捕したりしない。当然、権利剥奪だどうだもできない。セントラルから連れ出したところで察して欲しいね」
「……んなもん信じられるか」
「俺はただの落ちぶれたガーディアンだ。気晴らしに俺の話を聞けよ」
淡々と喋るベルを見て、ウェイグの呼吸が深くなる。どうやら冷静さを取り戻したらしい。
「とりあえずハイエナがバレたあんた……ウェイグだったか? お前はもうサフィリアのガーディアンとして働けない。ガーディアンの権利剥奪はほぼ確実だし……最悪”牢獄”行きだな」
真っ赤だったウェイグの顔が、徐々に青ざめていく。
ベルは腕を組んで、壁に背を預ける。
「ただ最悪の状況は避けられるかもな」
「……え?」
「今すぐ身支度を済ませて、この国を出て、行方をくらませればいい。他国での活動はここより厳しいだろうが、牢獄行きよりは何千倍もマシだろう」
ウェイグが下唇を噛み締める。
「ほ、他に」
「道はねぇよ。お前はとんでもねぇほど最低で、犯罪的な行為をした。だからよ、惨めに逃げるしかねぇんだ」
その言葉を聞いたウェイグは、泣き出しそうな顔を一瞬浮かべ、地面に視線を向ける。
「……メーシェル」
小さく呟くと、ウェイグは踵を返した。
「頑張って生きろよ、ウェイグ」
ベルは遠ざかっていく背に声をかけた。相手は一度も振り返らず、路地の暗闇へと消えていった。
一度嘆息し振り向くと、杖を握りしめたラズィがベルを見上げていた。
「うぉっ!!?」
「お話、終わりましたか~?」
「あ、ああ。いや、すまん。すっかり忘れてた」
「いえいえ~。では、わたしはこれで~」
のほほんとした、高い声でそう言うとベルに背を向けた。
「あ~ラズィ。えっと、さっきの話は、こう……ご内密にというか」
「は~い」
女性は人差し指を唇につけた。ちらと見えた横顔は幼く、それでいてどこか妖艶でもあった。
「あなたとの、ひみつ、ですね~」
そう言って路地から出ると、群衆に紛れて姿が見えなくなった。
ベルはその背を追うように路地を出る。
あそこでウェイグを止めたのは、ゾディアック達を助けようとしたのではない。本当の目的は、自分の顔を覚えてもらうこと。
とりあえず、目的は達成できた。活躍はどうあれ、ゾディアックと一緒に戦った仲間になることができた。
ベルは口元に笑みを浮かべる。こちらの頼みをないがしろにするような男ではないことを再認識したからだ。
あとは、このまま仲良くなっていき、ゾディアックに銃を使わせればいい。
相手はいやいやだろうが、「まぁベルの頼みなら」と言って、手伝ってくれるだろう。
ドラゴンを倒した、この国で有名なったガーディアンが銃を使っている姿を見れば、きっと商品は飛ぶように売れるだろう。
「忙しくなりそうだぜ」
ベルはポケットから錠剤を取り出し、口に放り込んだ。