第29話「誇り高き友」
【村を焼いたのは、我の意思だ……】
息も絶え絶えで、ラミエルは喋り始めた。
【ビオレに感化され、日々強くなっていくグレイス族達に感化され、我は力を求めた。その結果が、これだ。……ドラ・グノア族の……ドラゴンの本能に抗えず、ただ愚直に力を求める、哀れな存在と化してしまった】
「力……」
ビオレは譫言のように呟いた。
【だから、守るべき村を……存在を、燃やしたのだ】
瀕死だったが、力強いその言葉を真実だと感じたビオレは、口元をきつく結ぶ。
【許すな、ビオレ。我はお前の敵だ】
「……でも、でも、こんな、こんな姿に……なるまで……」
【いいのだ。これで……ただのモンスター、なのだから……こうでなければ……ならんのだ……】
懺悔に近い言葉を繰り返し、ラミエルは視線をゾディアックに向ける。
【すまん……。手を煩わせた。黒い騎士よ】
ゾディアックは頭を振った。
【無口な騎士だな……。たったひとりで、我を……倒すとは……見事だ】
敗北を認めたラミエルが放った言葉は、恨みではなく賞賛だった。
声が弱まっている。限界なのだろう。
ビオレはラミエルの顔に手を触れる。ラミエルの隻眼が、ビオレを捉える。
その目は優しかった。闘争心も殺意もない、優しい瞳。本来のラミエルの瞳だった。
「ラミエル……」
【時間がない……頼みがある】
ラミエルは血を吹き出しながらも、体を起こした。もう大地を揺らすほどの力もない。
【近くに、我の羽が落ちている……拾って、素材にするがいい】
次いで、ラミエルは千切れかけている右の前脚を見た。
「ラミエル?」
【残していけるな……】
そう言って、ラミエルは自身の口を使い、右前脚を噛みちぎった。
ビオレが悲鳴を上げる。傷口から血潮がほとばしり、地面を濡らしていく。
「ラミエル! もうやめて……!」
【使え……】
腕を落とし、ラミエルはビオレを見た。
【使い方は……あの騎士に、聞くがいい】
ラミエルの顔がゾディアックの方を向いた。
【騎士よ。名は、なんという】
「……ゾディアック・ヴォルクス」
【ゾディアック……どうか、この子を、頼む……】
必死な声だった。ゾディアックは頷いた。
【ビオレ……私の最後の頼みだ】
「……いやだ」
ラミエルがビオレを見た。
頼みの内容を察したビオレは、首を横に振った。
【我を殺せ。お前が、我を、仕留めるのだ】
「やだ、やだよ」
【我を狩ったという武勲……きっと守護者として、名を上げることができる】
「やだ、いやだ!! ねぇ、まだ大丈夫だよ。傷を治して、また一緒に……」
【……ビオレ】
言葉に、微かに怒気が混じった。
【なるのだろう? ガーディアンに】
「……」
【お前の父のように、皆を守る、誇り高い、守護者になるのだろう……?】
ラミエルは目を細めた。
【最後に、見せてくれ。我を倒す、誇り高い……守護者の顔を……】
ビオレの瞳が潤む。
だが、涙を流さなかった。
潤む瞳を腕で拭い、覚悟を決めたようにラミエルを見上げる。
「……脳天を、狙え。それでラミエル……いや、このドラゴンは死ぬ」
ゾディアックは静かに指示を出した。
ビオレの弓で、ドラゴンの鱗が砕けるのか。答えは否だ。
だが、ゾディアックの攻撃によって、頭部の鱗は切り裂かれ、肉が露出していた。
そこに高威力の矢を撃てば、絶命する。
ビオレは下がり、弓を構えた。
ラミエルは狙いやすいよう、頭を下げる。
「ラミエル。私はあなたを怨まない」
ビオレはぎこちない笑顔を作る。
「だって、あなたが力を求めたのは、私達を守るためでしょう?」
【……】
「あなたはずっと、私達を守ってくれた。結界を作って、自然を傷つけないよう、炎も吐かず」
【……】
「忘れないよ、ラミエル」
矢を取り出し、弦を引っ張る。
【……誇るがいい。我を、倒したことを】
「うん、誇るよ」
【……悔いはない。我は、幸せだった】
「うん……私もだよ」
一陣の風が吹いた。
この瞬間だけビオレの視界に、緑豊かな風景と、真紅に輝く美しいラミエルの姿が見えた。
「大好きだよ、ラミエル」
ラミエルは何も言わなかった。ただじっと、隻眼でビオレの姿を見ていた。
誇り高き、友の姿を見つめ続けた。
ビオレは、銀色に光る矢を、静かに放った。
矢は吸い込まれるように、鱗を躱し、頭部の傷口に突き刺さった。
なんとも矮小な一撃。それが止めの一撃だった。
【――ああ。いい風が、吹いているなぁ】
満足そうに、ラミエルは言った。
直後、ガラスが割れるような音と共にラミエルの巨躯が”砕け散った”。
ドラゴンが死ぬと、死体というものが残らない。身体が結晶化して、砕け散るのだ。砕けた結晶は周囲に散らばり、白く輝き続けている。
結晶の中身は魔力が込められているため、ミスリル鉱石のように素材として重宝され、高値で取引される。
だが、ゾディアックは結晶を拾おうとは思わなかった。このまま放置しておけば土へと還り、結晶にこめられた魔力が解放され、荒れ果てた大地に力を与えることを知っていたからだ。
「綺麗だな……」
「ええ」
遠くで見ていたベルとラズィは、その光景に見とれていた。
ドラゴンの、ラミエルの討伐は完了した。ゾディアックはそのまま周囲に気を配る。モンスターの気配はなく、ウェイグ達の気配もなかった。恐れをなして、逃げ出したのだろう。
ほっと息をつき、腕の力を抜く。緊張を解いて空を見上げる。
曇天の空が、円を描くようにかき消されていた。
円の中心には、大きな満月が姿を見せている。
「月が……綺麗だな」
ゾディアックは月光を浴びる。
ビオレは月を見上げると、弓を落とし、大声で泣き始めた。
太陽の光よりも明るい月光が、暗黒の騎士と、紫髪の弓術士と、空に舞う白い結晶を照らし続けた。