第2話「タンザナイト」
2日後、モンスター討伐の任務を受けたゾディアックは森の入口に来ていた。
馬から降り、手綱を引いて適当な木に繋ぐと、鬱蒼とした森の中を徒歩で進み始めた。
国の正門から出て馬で10分程直進し、峡谷に架かる吊り橋を渡ったその先に「蒼園の森」はある。
蒼園の森は広い森林地帯であり、モンスターの数が少なく危険度が低い。
旅をしている者達にとっては、心身を休めることができる、比較的平和な場所である。
全身黒の鎧を身に纏った騎士は、夕日の木漏れ日を浴びながら森の中を進んでいく。
歩いていると、2日前の出来事が脳裏を過ぎった。ウェイグたちから罵声を浴びた時の映像だ。
力を抜くと、嫌なことを思い出してしまう。ゾディアックはため息をつき、しょんぼりとした顔を兜の下で浮かべる。
「それは相手の方が悪いじゃないですか! ゾディアック様が重く考える必要がありませんよ!!」
悩みを聞いてくれた、"あの子"の励ましの言葉が、嫌な映像をかき消してくれる。
ありがたいと思う反面、情けないとも思ってしまう。
もっと人付き合いが上手ければ、こんなに苦労することもないのだろうか。
人付き合いというのは難しい。
皆から好かれる人間というのは、何を心掛けているのだろうか。
いや、心掛けよりも、自分の人見知りを直さなければならないだろうとゾディアックは思った。
ため息をつく。
生まれ変わったら、猫になりたい。
日向ぼっこして鳴いているだけで皆から好かれる。そんな生物になりたい。
馬鹿なことを考えながら進んでいくと、ぽっかりと穴が空いたような広場に出た。
四方が薄暗い木々に囲まれた広場の中心にいき、周囲の気配を探る。
報告通りなら、すぐにモンスターが現れるはずだ。
その思いに呼応するかの如く、後方の木々が激しく揺れ動いた。
「来たか」
思考を切り替えたゾディアックは振り返り、背負った剣の柄を握った。
鎧と同じく、全体が漆黒に染め上げられた剣。身長190センチのゾディアックと同等の大きさを誇る大剣だ。
柄はおろか刀身すらも黒一色であるため、はたから見ると、まるで影を持っているようにも見える。
兜の隙間から木々を睨みつけると、赤い影が見えた。それは木々をなぎ倒し、広場に足を踏み入れた。
森林の光景には不釣り合いな、無機質な石と鉄の集合体。2メートル以上の身長を持つ図体。
全身が赤に染まったその巨影は、「ブラスタム」と呼ばれるモンスターだった。
強力な魔法によって動力を与えられ、大地を削りだして造られた超重量のゴーレム。
金色の単眼が特徴的なこのゴーレムは、ただ人間を襲うためだけに、永久に動き続けている。そのため、哀れなモンスターだと、同業者の中では囁かれている。
巨岩をひきずるような重い音を鳴り響かせながら、鈍重な動きでゾディアックに迫ると、心を持たない人形は鉄塊の拳を振り下ろした。
ゾディアックは後ろに軽く飛び、その拳を避ける。かすっただけで大きなダメージをもらう一撃だが、攻撃が遅いため躱すことは容易い。
拳は恐ろしくない。恐ろしいのは、紅に染まった装甲の方だ。
生半可な攻撃を通さないほど堅いというのもあるが、本当の脅威は、それにかけられた特殊な魔法である。
”爆裂反射装甲”。
武器や魔法で装甲を攻撃すると、ブラスタムは反射的に爆破魔法を撃ってくる。
その威力は、たとえ鎧甲冑を身につけていたとしても、致命傷は避けられないほどだ。
強力な自動反撃を常備したゴーレム、ブラスタムは距離を詰め、右拳を振り下ろそうとする。
ゾディアックは漆黒の大剣を力強く握りしめ、切先を敵に向けた。自身よりも大きなモンスターを前にしてなお、頭は冷静だった。
「フッ!!」
息を吐き出し一歩踏み出す。
そのまま勢いよく、下からすくい上げるように大剣を振った。
鈍い音が響き渡り、ブラスタムの右腕が宙を舞った。
関節部分に、無造作に詰められた鉄屑と石が露出する。ブラスタムは右腕の肩から先を失った。
腕は爆発しなかった。爆破の命令を送るよりも速く斬り飛ばされたからだ。
痛みを感じない人形は腕が無くなったことなど意に介さず、左腕を振り上げ、再び攻撃を仕掛けようとする。
ゾディアックは踏み込みと共に、両手で力強く握りしめた大剣を、勢いよく振り下ろす。
轟音が鳴り響き、木々が突風に煽られ揺れ動いた。
刀身はブラスタムに叩き込まれ、その体を縦に、真っ二つに引き裂いた。
水晶で作られた金の単眼が砕け散り、赤い体が力なく、音を立てて倒れる。
爆発魔法を発動する前に、ブラスタムは起動を終了した。
ゾディアックは地面に埋まった刀身を引き抜き、周囲の気配を探る。
広場の近くに2体。確認すると、剣を肩に担ぎ駆け出す。
新たなブラスタムが広場に姿を見せると同時に、ゾディアックは大剣を横薙ぎに振った。
渾身の一撃は、ブラスタムの上半身を吹き飛ばした。
宙を舞うブラスタムの上半身は爆破の魔法を発動し、空中で粉微塵になった。
爆破命令が来ていない下半身は、爆発せず、地面に倒れた。
ゾディアックは無傷で敵を仕留めると、迫りくる最後のブラスタムに向けて、左手をかざす。
手の平に、紫電が収縮していく。
「覚悟はいいな」
息を吐くような、わずかな声量でそう告げた。
相手は言葉を理解できないモンスターだが、これはゾディアックの慈悲でもあった。
手の平に集まった紫電が球体となり、周囲に電撃を飛ばし始める。あまりにも高密度なプラズマは、景色を歪めていた。
そして、紫電の球体が放たれる。
軽く投げたように放たれた低速の球体は、迫りくるブラスタムの体に触れ。
音もなく、その巨体を霧散させた。
最初からそこには何もいなかったかのように、ブラスタムは消失した。
残ったのは、わずかに音を立てて跳ね回る、紫色の電撃のみ。
討伐対象を全て倒し、ゾディアックは空を見る。
橙色の夕焼け。宝石のような輝きを放つ鮮やかな色。
愛しいあの子と、同じ色だ。
ブラスタムの残骸は、あとで他のガーディアンが回収する手筈になっている。ゾディアックは新手がいないことを確認すると、剣を背負い、その場を後にする。
漆黒の騎士は夕陽を浴びながら森を後にした。
”ランク・タンザナイト”。
最強の暗黒騎士として、この世界に名を轟かせるゾディアック・ヴォルクスは、今日も無傷でモンスター討伐任務を終えた。
★★★
かつてこの世界には、”闘神”と呼ばれた人間の王がいた。
小国の王だった”闘神”は、有り余るその力で世界を征服しようと目論んだ。
数多の国を制圧し、幾千の村を壊し、幾万の屍を燃やし、大地を荒らし、海を殺した。
世界には、負の感情が渦巻いていた。
これに業を煮やした海の神と大地の神は、暴君を討たんと戦いに赴いた。
”闘神”は既に世界の大半を制圧し、神に匹敵する力を持っていた。
そして闘神と二柱の神は刃を交えた。
神同士の戦いは、両者力尽き、広大なその地に住む生き物すべてを滅ぼしてしまうという壮絶な最期を迎えてしまう。
そうした神々の争いが行われた広大な大陸は、”闘神”の名を取って「オーディファル大陸」と名付けられた。
オーディファル大陸にはさまざまな国々と種族が存在する。人間だけの国、亜人だけの国、開拓されていない自然豊かな地……それらがこの地で生き、そして死んでいく。
その大陸の中で、最も大きな国である「ギルバニア王国」から南へ4600キロ先に行くと、自由の国「サフィリア宝城都市」がある。
ゾディアックと、彼の愛する者が、腰を落ち着けている国である。
★★★
夕陽が沈みかけていた。
ゾディアックは厩舎に馬を返却し、サフィリア宝城都市の南門こと正門へ向かう。
もっとも人の行き来が盛んな場所にあるため、夜も近いというのに、ゾディアックの耳には、通り過ぎていく人々の声や足音、乗り物の音といった喧騒が飛び込んでくる。
ゾディアックはため息をついた。
また、あの"目"が自分を射抜いてくるのだろうか。
早くあの子が待っている家に帰りたい。けれど、これは避けては通れない道だ。
心の中で呟き、ゾディアックは不安になりながらもサフィリア宝城都市に足を踏み入れた。
ゾディアックが目指す場所は、自身が嫌われている場所、"セントラル"である。
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