第27話「覚悟の一撃」
『流星群』。
名が示す通り、上空から隕石を降らせ、地上の敵をなぎ払う魔法。
魔法には初級、中級と習得難易度が設けられており、上に行けば行くほど効果が強くなっていく。
その中でも、ラミエルが放とうとしている『流星群』は”絶級”。
最上級の習得難易度を誇る魔法である。
本当に隕石が降り注ぐわけではない。魔法で出現させた特殊な雲の中で、岩石と灼熱の炎を作り出し、ふたつを融合して疑似的な隕石を作り出し、射出する。
作り物だが威力は絶大。本当に隕石が降り注いだように、地上にはクレーターができあがる。人の身で食らえば、掠っただけで消し炭になるだろう。近くにいるだけでも、破片や炎を食らい、致命傷は免れない。
それが今、ゾディアックの目の前で発動されようとしている。
普通の人間には、この魔法を発動することはほぼ不可能だ。どれだけの魔力を消費すれば、山ひとつを覆いつくそうような『流星群』を作り上げることができるのか。
このままでは、この大地が穴だらけになり、地図を描きかえる必要が出てくる。
おまけにあれを食らえば、いくら最高の防具に守られているとはいえ、自分の身が危ない。
だが、止める方法はある。ゾディアックは半身になって大剣を構える。放つのはトレントを屠った回転斬りではない。
影のような黒から、銀色に変わった刀身の周りに、黒い靄がかかり始めた。
それとほぼ同じタイミングで、上空の雲に隕石を模した、炎を纏いし岩石が無数に雲の中から姿を見せた。
ラミエルは魔法を発動させるため、咆哮を放とうとした。
その一瞬の隙を見逃さず、ゾディアックは大剣を横に振った。
普通に考えれば、それはありえない動作だった。地上からいくら剣を振ろうと、上空にいるラミエルには寸分も届かない。
だが次の瞬間。
ラミエルの左翼が、胴体と別れを告げた。
★★★
黒に限りなく近い、紫色の光線が放たれたのは見えた。あれは、剣の軌跡のようでもあった。
斬撃を模した光線はそのままドラゴンに向かい、その巨大な翼を切った。根元から綺麗に切られた翼は胴体から離れ、どこかへ吹き飛ぶ。
片翼になったドラゴンは自重を支えきれず、もがきながら地上に落ちてゆく。何が起こったのかわからない。そう慌てふためいているようにも見えた。
くだらない与太話だと思っていた。だが、初めて本物のドラゴンを、3人は見えていた。
「すごい……」
ロバートが感心するような声を上げた。その頭をウェイグが叩く。
「黙ってろ。もうすぐ開けた場所に出るぞ。見ろよ」
ウェイグが指さす先に、剣を振ったばかりのゾディアックがいた。
「さぁ、あとは準備だ」
★★★
自分が持つ魔法では、空飛ぶラミエルを落とせないと判断したゾディアックは、魔力を大剣に乗せ、斬撃にして飛ばした。
魔法で作った斬撃は、色も相まって気づかれず、見事にラミエルの翼を切り飛ばした。
目の前にラミエルが着地する。粉塵を散らしながら、四つ足で踏ん張っている。
隻眼を向けてきた。その巨大な瞳は、まだ死んでいない。
警戒心を強めていると、ラミエルは大口を開けてゾディアックに噛みつこうとした。
城壁を甘菓子のように噛み砕く、巨大な牙が迫りくる。
ゾディアックは大剣を振ってラミエルの牙を圧し折る。衝撃で、まるで殴られたようにラミエルの顔が横を向く。
追撃し、剣を振り続け、顔を切り刻む。回り込み、体を切っていく。鱗を砕き、力任せに切り刻んでいく。
叫び声を上げ、ラミエルが体を激しく動かす。溢れ出す滝のような血が、ゾディアックを赤に染め上げていく。
ラミエルはたまらず腕を上げ、巨大な爪を振り下ろした。それがゾディアックに当たった。
ゾディアックは小枝の如く、直線に近い弧を描きながら飛ばされ、木に叩きつけられる。
「ぐっ、っ!!」
ゾディアックは呻き声を出し、両膝をついてしまう。
それを好機と見たか、素早い動作で火噴を放った。
避けきれず、炎の渦にゾディアックは飲み込まれる。
熱い。先ほどよりも温度が上がっている。このままでは鎧のせいで蒸し焼きになってしまう。
大剣を振って炎から抜け出す。が、テイルウィップが迫っていた。
防御の姿勢も取れず、ゾディアックの体に、赤い尻尾が減り込んだ。
まともに攻撃を受けたゾディアックは再び吹き飛ばされる。鎧は壊れなかったが、肉体が悲鳴を上げ、呼吸をすることが困難になった。
ラミエルは知りえないが、この時、ゾディアックは一瞬だけ、完全に意識を失っていた。
「グハッ……」
受け身もとれず、背中から地面に叩きつけられ、ゾディアックは口から血を吐き出した。兜の中に、血の匂いが充満する。
それが気付けとなり、ゾディアックは体を起こし、片膝をつく。
そしてラミエルを見据え、確信する。
こちらが有利だと。口で大きく呼吸を繰り返しながら、念じるようにそう思う。
これで何度目かもわからない咆哮がラミエルから放たれる。
ゾディアックは微塵も恐怖を感じていなかった。
これが、最後の咆哮になることを知っていたからだ。
咆哮が止む。ラミエルの口から、夕陽のように赤い、高温度の炎が涎のように零れ落ちている。
ゾディアックはいったん視線を天に向ける。ラミエルの魔法のせいで、黒い雲が空を覆いつくしていた。
時間帯的にはもう夜だ。雲の奥に月も星も隠れてしまっている。
今日は満月が見えると、朝の天気予報では言っていた。ロゼのためにも、そして、今隠れてこちらを見守っている仲間たちのためにも、この陰鬱とした雲を晴らさなければならない。
決意を固め、相棒とも言える大剣を両手で力強く握りしめる。
【おのれ……たかが人間如きが、我と互角に戦うか……!】
初めてラミエルが喋った。苦し気に吐き出されたその声は、兜を突き抜けてゾディアックの耳に届く。
その声は動揺を隠せていない。当然と言えば当然だろう。国ひとつに匹敵する力を持っているにも関わらず、たったひとりの人間に追い詰められているのだから。
ラミエルの姿は、無残という他なかった。
片目を潰され、立派だった左翼は付け根から飛ばされ、右前脚は欠損間近にされ、全身に纏う、宝石の如く光り輝いていた紅蓮の鱗は切り刻まれている。
巨大で優美なドラゴンの姿は見る影もない。
ゾディアックの心に、悲しみの感情が沸き起こる。力と知、そして勇を兼ね備えながら、争いを好まない偉大な生物が、共存関係にあるグレイス族の村を焼き尽くしてしまうとは。
なぜ自然の民を焼き殺したのか。ゾディアックはその答えを聞きたかった。
だが、喋る間もなく戦闘が始まってしまった。
対話はできていないが、わかったことがある。相手は決死の覚悟でこちらを仕留めに来ている。殺される覚悟で、挑んできている。
手を抜いたら八つ裂きにされるのは明白だった。ゆえにゾディアックは、容赦なく剣を振り続けた。
【舐めるなよ、黒騎士! 貴様のような矮小な存在、何千何万と屠ってきたわ!!】
血と炎を撒き散らしながら、ラミエルが吠える。
まだ諦めていない。ゾディアックは気を引き締めて、相手を見据える。
【神をも灰燼に帰す、我が獄炎を味わうがいい!!】
そう吠えると同時に、天に向かって大口を開ける。その口元に灼熱の炎が集まっていき、それは徐々に、巨大な火球になっていく。
火球は、鮮やかな紅蓮から、深い青色に色を変化させた。
火球は周囲に熱波を放ち始めている。周囲は緑豊かな森林であったはずが、戦いの影響で、いつの間にか灰色に染め上げられ、荒れ果てた地と化している。
見たこともない魔法だとゾディアックは思ったが、すぐに頭を振った。
これは『流星群』だ。簡易版という言い方はおかしいが、巨大な隕石をひとつだけ作り上げ、それを放とうとしているのだ。
これが相手の、最強の一撃となるだろう。
であれば、こちらも最高の一撃で迎え撃たなければならない。
ラミエルに声は届くだろうか。もし届くなら、ビオレがいると教えるべきか。
いや、もしかしたら相手は、それを知っていて戦っているのかもしれない。
なら、かける言葉は決まった。
ゾディアックは両手で握りしめている大剣に、さらに魔力を注ぎ込む。一撃を放つために、刀身に魔力を収斂させる。
「――覚悟はいいな」
呼応するように、刀身の輝きが、鈍い銀から変化した。
漆黒の姿を照らす、美しい黄昏色へと。