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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert1.パンケーキ
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第26話「火竜ラミエル」

「ゾディアックさん!!」


 ビオレの口から悲鳴に近い声が上がった。

 ゾディアックが、ラミエルの口から放たれた炎の渦に飲み込まれたのがはっきりと見えた。仲間はあれを食らって消し炭にされた。


 火噴(ブレス)は波のように横に広がっていき、広場と木々を炎上させた。


「ゾディアック!!! おい、マジかよ!」


 ベルが焦り気味の声を発した。


「あのドラゴン、山全部炭にするつもりですかねー。山火事を気にしていた私が馬鹿みたいじゃないですか」


 ラズィは自嘲気味に言った。


「ラミエル!!」

「おい馬鹿、やめろって!」


 駆けだそうとしたビオレの腕を、ベルは掴んだ。


「離して!!」

「明らかにあぶねぇだろあれ!!」

「でも!!」

「炭になるのがオチだ! 銀装飾(そんな)装備じゃドラゴンから身を守れねぇぞ!」


 騒いでいた声が聞こえたのか、それともビオレの気配に気づいたのか。ラミエルがゆっくりと、3人に視線を向けた。

 口を開ける。喉奥が紅蓮に輝くのが見える。


「マズいっ!!」


 ラミエルの口から火球が放たれた。

 ベルは、ビオレとラズィを抱えて飛んだ。


 爆音が響き、地面を抉り飛ばした。

 地面に伏した3人のうち、ラズィが素早く起き上がる。


「大丈夫ですか!?」

「わ、私は」

「あっぶねぇ……死ぬかと思った」


 なんとか攻撃をやり過ごした3人は、ラミエルに視線を向ける。

 その時、炎の中から漆黒の鎧が姿を見せた。


★★★


 天高く跳躍(ちょうやく)し、炎の海から脱出したゾディアックは、剣を持っていない左手をラミエルに向ける。

 紫電の球体を素早く作り、ラミエルに向けて発射する。紫電はラミエルの目元で激しい火花を散らした。


 ラミエルは火噴(ブレス)を止め、ゾディアックに顔を向ける。ダメージがあったかどうか定かではないが、相手の行動を止めたことに変わりはない。


 ゾディアックは着地すると同時に大地を蹴る。大剣を大上段に構え、ラミエルの右前脚を切りつける。

 ラミエルは四つ足で大地を踏んでいるため、足を切り飛ばして体勢を崩そうと考えての一撃だった。

 

 漆黒の剣が、真紅の鱗とぶつかる。

 甲高い音が広場に木霊する。鱗には、ヒビひとつ入っていない。

 堅すぎる。ゾディアックが兜の下で奥歯を噛み締めた。


 ラミエルが動き始めた。ゾディアックの剣を払い除けるように両前足を上げ、体を起こし、後ろ脚だけで体重を支えている。

 ゾディアックは、剣の腹を自身の前に出し、後ろに跳躍する。


 直後、ラミエルが前足を降ろした。超重量のプレスによって轟音が鳴り響き、地面が大きく揺れ動いた。


 衝撃により、直撃を免れたものの、ゾディアックは吹き飛ばされた。


★★★


 地面がめくり上がり、荒れ狂う暴風が草木を吹き飛ばした。

 遠くで見ていただけのビオレは激しい揺れと強風に煽られ、立っていられなくなった。

 ラズィがビオレの手を握る。


「範囲が広すぎますね~……もっと離れないと」


 ベルが銃を構え、発砲する。弾丸はラミエルの鱗に当たったが、甲高い音を立てて弾かれる。鱗には傷ひとつ、ついていない。


「っち。こりゃあ、俺の援護なんざ意味ねぇかな……」

「相手のあの炎を見る限り、私の魔法も使い物にならないでしょうねぇ」


 ベルは弱々しく笑った。


「悔しいですが、作戦を切り替えて離れましょう。ゾディアックさんの援護よりも、ビオレさんを守ることが私たちの任務になりました」


 話し合うふたりをよそに、ビオレはラミエルの方を見た。


「……ラミエル」


 微かに見えた友の表情は、殺意を隠さない怒りを浮かべていた。

 自身の火を嫌い、自然を愛していた心優しい友人の姿は、そこにはなかった。


 ラミエルが再び咆えた。凄まじい重低音に耳が一瞬聞こえなくなり、平衡感覚が失われ、目の前が激しく揺れ動いた。


 なんとも恐ろしい咆哮。


 だがビオレにはその咆哮が、どこか苦しんでいるようにも聞こえた。


★★★


 受け身が取れず、仰向けに倒れていたゾディアックは、体に異常が無いことを確認する。

 両手両足、共に動く。鎧も健在。だが、マントは消し炭にされたらしい。

 マントも強化しようと思い立ち上がると、ラミエルが(たけ)り立った。


 大地が揺れ動いている。地震では、ない。

 目の前にいる、小山のような大きさをしたラミエルの咆哮が、大地を無理やり動かしているのだ。


 両足に力を入れて、バランスが崩れないよう踏ん張りながら、咆哮を耐える。

 海を挟んだ先にある大陸まで轟く、と言われている雄叫びが、腹の底から噴出している。悠久の時を生き、生物の長とも呼ばれている存在の声は、大地を恐れさせ、震え上がらせていた。


 ゾディアックは眼前のドラゴンを見据える。

 兜の隙間から見つめているだけでも、明らかな敵意と殺意が向けられているのがわかる。憎悪の咆哮のせいか、鎧が得体のしれないものに掴まれたように、音を立てて軋む。


 ほどよい緊張感がみなぎり、ゾディアックは大剣を構えながら、どう攻めるかを考える。


 その一瞬の硬直を見逃さず、ラミエルは咆哮を止めて体を動かす。まるで尻を向けるように下半身を横に向ける。


 ――テイルウィップだ。


 距離を詰める、避けるという動作を行うには遅かった。ゾディアックは体を右に向け、剣を構え防御の姿勢を取る。


 刹那、赤く野太い尻尾が強襲した。尻尾は周囲の木々を吹き飛ばし、地面をめくり上げた。


 城門を破る破城槌(はじょうつい)の如き一撃を、ゾディアックは大剣の腹でなんとか耐える。

 次いで衝撃波(ソニックブーム)と共に、”木々が吹き飛ぶ音と、尻尾を止めた音が耳に飛び込んできた”。

 


 音が後から来て、衝撃波(ソニックブーム)が発生している。

 それはつまり、ラミエルのテイルウィップの速度が、音速を軽く超えていることを示していた。


 

 普通の装備では、ゾディアックは既に死んでいただろう。

 だが、身に纏う漆黒の鎧は、いまだ健在。


 ――これなら、勝てる。


 攻撃をやり過ごしたゾディアックは尻尾を弾き飛ばし、武器を構えて突進する。

 ラミエルがゾディアックを見据え、再び口を開く。喉奥が赤く光っているのが見えた。


 ゾディアックは魔力(ヴェーナ)を活性化させ、足に風の力を纏い天高く跳躍する。

 『ハイジャンプ』を使ってラミエルの頭上を取ると、大剣を逆手に持ち、切先を下に向ける。

 ラミエルは姿を追って顔を上に向ける。


 そして、火噴(ブレス)が放たれるよりも早く、ゾディアックの切先が、ラミエルの右目に突き刺さった。


 ラミエルが野太い叫び声を上げ、首を激しく動かした。ゾディアックは剣を引き抜き、自分から降りる。

 地面に着地すると、再び前足めがけて大剣を振りかぶった。


 鱗を砕くためには、素の力では足りない。

 ゾディアックは両手で柄を力強く握りしめ、魔力(ヴェーナ)を大剣に注ぎ込む。熱を帯びるように、漆黒の刀身が銀色に染め上げられていき、剣の周りに至極色(しごくいろ)の光が揺らめく。その見た目は、まるで紫煙を纏っているかのようだ。 


 大剣を振り下ろす。ゾディアックの剣撃は、今度こそ真紅の鱗を砕いた。大剣が前足に減り込む。


「うぉおっ!!」

 

 気合の声と共に、大剣を振り抜く。

 ラミエルの右前足は骨まで砕け、皮一枚繋がっている状態となった。切り飛ばすまでは行かなかったが、切断寸前までは持って行けたらしい。

 ラミエルは声も上げず、変わりに低い唸り声を発した。


 それは痛みによる声ではない。

 「必ず敵を殺す」という、怨念(おんねん)をこめた唸り声だった。


 ラミエルは両翼を動かし、上空へと飛び立った。

 逃げるわけではなく、ゾディアックを相対すべき敵だと認識したゆえの行動だった。

 ラミエルは徐々に高度を上げていく。


 夕陽に照らされる真紅のドラゴン。

 命懸けで戦っているというのに、ゾディアックは見惚れてしまった。

 芸術はわからないゾディアックでも、この光景は、美しいと思ってしまう。


 ラミエルの上空に、徐々に暗雲が立ち込め、黄昏時の空を灰に染めていく。暗雲は徐々に広がっていき、周辺の山々を覆いつくすまで広がっていく。


 大きく翼を広げ、ラミエルが咆える。暗雲に、赤く光る部分が次々と出現する。


 今にも雨が降りそうな暗雲だった。

 だが降り注ぐのは、雨水でもなければ、(ひょう)でもなく、青い稲妻(いなづま)でもない。


 こちらの存在を燃やしつくさんとする、炎の岩石。


 『流星群(メテオ・フォール)』が、ゾディアックを穿たんと迫り来ていた。

 

★★★


「ねぇ、もう帰ろうよ!!」


 メーシェルが悲鳴に似た声を上げた。


「さっきから大きな音ばっかり聞こえるし! 空はおかしなことになってるし!!」

「あぁ!! うるせぇ!!」


 文句を絶え間なく言ってくるメーシェルに苛立ち、ウェイグが罵声を飛ばす。


「大枚はたいて転移追跡石(テレポ・チェイサー)買ってんだ!! ゾディアックの野郎がこの山来たことは確実なんだよ!」

「でもぉ」

「さっきから声がするだろ! そこでゾディアックが戦ってんだよ! なぁ、ロバート! お前もそう思うよな!?」


 ウェイグはメーシェルの後ろにいたロバートに声をかけた。

 だが、当の本人は、空を見上げていた。


「あ? どうした」

「……あ、あれ」


 震える指先で、ロバートは天を指さす。

 つられるように視線を指が示す方へ向ける。


 そこには、おとぎ話でしか見たことのない、巨大な生物が羽ばたいていた。

 


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