「The HellFlame-AMORE-Stinger」
女性はゆっくりと体を起こした。
顔の右半分からべちゃりと”肉”が地面に落ちる。炎の拳で殴られたせいか頬が焼け落ちたのだ。
どうやら途轍もない火力らしい。だが問題にはならない。
「痛いですねぇ」
頬に手の平を当て、すっと擦る。顔が元通りになった。
「あなたに用はないんですよ。ベルクート・テリバランス。私の目的はゾディアックです」
「はっ。それ聞いて「そうですか、それじゃ」ってなると思うか? そう簡単に大将の元に行けると思うなよ?」
ベルクートが駆ける。同時に女性が大剣を生み出す。
大剣も姿を変えていた。漆黒ではなく、青と白を基調とした透明感のある色になっている。どこか神聖な雰囲気を身に纏うそれは若干形状も変化しているが、それはさして問題ではない。
新しくなった大剣を振る。ベルクートは受けず身を屈めて避けた。本能ではない、剣に纏わりつく魔力を察知したからだ。
「ガギエルを食いやがったな。剣から冷気が漏れてるぜ」
「アハハ! 相性は最悪ですかね? 触れたら一瞬で凍結しますよ?」
「お互いにな。けど、あんたは問題を抱えてるな? 漏れないように制御しないのか? できねぇんだろ?」
女性の体が一瞬強張る。図星を突かれたその隙を見逃さず、懐に飛び込み腹に一発叩き込む。
女性が顔を下げた所でアッパーカットで追撃する。
「美人の顔をぶっ飛ばすのは俺の流儀に反するがなぁ!!」
バックハンドブローを蟀谷に打ち込む。相手の膝から力がぬけ、カクンと落ちる。
「皮を被ったバケモンを殴るのは嫌いじゃねぇ! 一気に燃やしてやるよ!!」
両手で女性の顔を挟み、手の平に魔力を流す。直後爆音。至近距離で爆破魔法を放ったため、ベルクートは後方に吹き飛ぶ、上手く受け身を取って、体勢を整えつつ腕を上げる。
次の瞬間だった。爆風を切り裂いて、目の前に切先が迫った。
「チッ」
大剣は縦になっている。半身になり避けると前に出て間合いを潰す。
女性が大剣の柄から手を放し、手の平を向けると氷柱が生成され、放たれた。
一瞬の構築と放銃。ベルクートは砕こうと、腕を振って飛んでくる氷柱に拳を当てる。
が、氷柱はとけなかった。それどころか炎を貫いて迫りくる。
再び舌打ちしたが、氷柱はベルクートの肩に深々と刺さった。
「くそがっ」
吹っ飛びそうだったがその前に胸倉をつかみ、顔面に頭突きする。
ガン、という大きな音と共に、ベルクートの額が割れた。
「便利ですねぇ。魔法は」
女性の顔の前に、厚い氷の板が作られていた。
三度目の舌打ちをすると、腹部に衝撃。女性の前蹴りが突き刺さっていた。
ベルクートを突き放し、女性は大剣を片手で振る。
轟音と共に空気中の水分が氷と化し、形を変えベルクートを飲み込もうとした。
「舐めんじゃねぇ!!」
拳を地面に叩き込み火柱を上げる。氷が一瞬で蒸発する。
「へぇ。凄い火力ですね。ドラゴンのブレス並みの威力だったんですけど」
ベルクートが再び駆け出した。馬鹿正直な正面からの攻撃に笑いをこらえながら、女性は迎え撃つ。
「どうして接近戦を仕掛けてくるかわかってますよ。魔力が少ないのでしょう。だから残った物を拳に纏わせて私を倒そうとしている」
「よくわかってんじゃねぇか!!」
腰を捻り、回転力を込めたボディーブローが女性の腎臓部分に叩き込まれる。
「おお!!!」
気合の声と共に拳を振り抜く。女性の腹部が一瞬で消し炭になり周囲に赤黒い血が飛び散る。
だが女性は倒れなかった。
「それで? 今のは誰の分ですか?」
腹に手を当てると、すぐに傷が塞がった。
「……もちろん、ラズィちゃんの分だ。今までの攻撃もな。全部叩きこんでお前が炭になったら踏みつける。それがこの街の分だ」
「それは怖い。でも叶いませんよ? そんなのは」
今度は女性から仕掛けた。白い世界に女性が溶け込み、ベルクートの背後に回り込む。
それを察知し振り向こうとした。
「遅い」
地面からゴウっと、魔力がせりあがってくるのをベルクートは感じた。だがもう遅かった。足元から特大の氷柱が生えた。
ベルクートは辛うじて飛び退いてそれを避ける。
だが女性の大剣は避けられない。直接受けるしかなかった。両腕をバツ字にし攻撃に備える。
「ほらっ!!」
女性は片腕で振り下ろした。
炎は大剣の吹雪に飲み込まれ、ベルクートは思いっきり地面に叩きつけられた。
両腕から炎が消え血が噴き出す。ベルクートは歯を噛み締めるが、痛みを堪える声が漏れる。
うつ伏せになり倒れたベルクートを見下し、嘲笑する。
「残念ですね。ドラゴンと渡り合えるほどの魔法使いなのに、銃も使わず肉弾戦だなんて」
「生憎……銃が、凍っちまったんでね」
「今度は泣きごとですか」
切先を突きつけようと、振りかぶる。
「残念でした。愛する人の元に送ってあげますよ」
ベルクートが鼻で笑う。
「ハッ……何言ってんだ、お前? 俺の女を勝手に殺すなよ。すぐ近くにいんのに」
疑問符を浮かべた、その刹那、女性の前に白い線が走った。
次いで鮮血が飛び散る。白ではなく黒い、闇の世界に女性は閉じ込められた。
視力を突然失った女性は目元を押さえながら数歩後ろに下がる。
「何処に行くつもり?」
それを見逃すラズィではなかった。ナイフを構えて胸部に突き刺す。肋骨の隙間を縫うように刃は寝かせてある。深々と刃が刺さると手首を捻り空気が入る。
ナイフをそのままに離れる。
「ベル!!」
「あいよ!」
ベルクートは震える人差し指をナイフに向け、火線を飛ばす。
ナイフの柄に当たり、着火。女性の体が内側から燃え始める。
「これが効くだろ? 内側から燃え続ければ、お前にとっては猛毒と同じだ」
目玉を回復した女性は顔色を変え、ナイフを無理やり抉り出した。だが炎は体の中を蠢いている。
傷口に右手を突っ込み魔力を吸い上げる。内部の痛みがなくなったことを確認し、全身に魔力を流す。傷が無くなり、回復していく。
「あはは。毒が? なんです――」
ラズィのハイキックが下顎を捉える。女性の体は崩れない。
腰にしまってあったマチェットナイフを取り出し追撃、敵の肩に深々と刃が刺さる。
だが刺さった部分から侵食するように氷が広がった。
ラズィはマチェットから手を放し離れる。音を立てて、マチェットが砕け散ると女性は肩を払った。すでに傷跡はなく、塞がっている。
「その程度の攻撃なら、もう充分です。あなた達には死んでもらいます」
ラズィがベルクートの前に立ち女性を睨む。
その姿は、女性の神経を逆撫でした。吹雪がその顔に触れるが、怒りの熱気で蒸発していく。
「愛……ですか? 下らない。まやかしですよそんなものは。どうせ最後はひとりです。避けようのない事実と運命から視線を逸らすために、愛に生きようとする。」
「……何言ってるの? 突然」
「ふざけるな。そう、ふざけるなと言いたい。愛では世界も人も救えない。大事なのは力です。何が言いたいかわかりますか? 恋愛ごとに現を抜かしているなら! 私を倒せるくらいの魔法を持ってこいと言っているんですよ!」
「そう、あなた……飢えているのね。情に」
ラズィは鼻で笑った。
女性は口許を歪めた。目元は怒りに染まっている。大剣を振り下ろそうと肩に担いだ。
だがそこで違和感に気づいた。腕に力が入らない。
「え」
片膝が地面に着く。
「なにっ……」
「へっ。”毒”はひとつじゃねぇってことだな」
ベルクートが体を起こす。ラズィが肩を貸した。
察した女性は体に手を当てる。
「やめとけよ。普段はナリをひそめているんだ。無理やりほじくり出すことはできねぇぜ? なら凍結させてもいい。体の内側から凍りつくから、置物になるかもな」
「いつだ、何をした」
「ボディブロー、効いたろ」
ベルクートがニッと笑って指を鳴らす。
腹部が爆発した。
「ガッ!!!」
魔力を集め傷を治す。再び指が鳴り、今度は肩が爆発した。
「無駄だ無駄だ。お前が死ぬまで、一生爆発し続ける特性の魔法だぜ?」
女性は憎々しげにベルクートを睨み、膝を伸ばす。
指を鳴らし、右足の膝を爆破する。だが爆破後に生まれる傷跡よりも早く、女性は治癒した。
「厄介ですね。だけどそれでも、私の方が上です。残念でしたね……ベルクート」
「ああ。残念だ。本当に。ぶっ殺す魔法はいっぱい用意してたのに、”時間切れ”らしい」
そう言うと、ベルクートが手を挙げた。ラズィがクスリと笑って魔法を発動し、女性の前から消える。
転移魔法だ。なぜ今頃。疑問に思っていると、ベルクートたちが消えたかわりにある物が少し遠くに見えた。
微かに閃く刃。次いで赤毛、そして猫耳に尻尾。セントラルの事務服。
「レミィ・カトレット?」
柳眉を逆立てたレミィが、「嵐」を振った。
瞬間、吹雪が掻き消された。さらに空を覆っていた黒に染まった曇天も吹き飛ぶように消えていく。
「な、なに……」
周囲が晴れていく。
氷漬けにされた建物、穴の開いた地面、倒壊した建物。戦闘の激しさを物語っている。
だがそれを照らしているのは、空に浮かぶ、巨大な満月だった。
「綺麗ですよね、月」
声が聞こえたと思うと、ロゼが目の前に降り立った。月光を背にする黒いドレス姿の少女は、この世の物とは思えない美しさと華やかさがある。
「……次はあなたが相手ですか? いいでしょう。首を取ってゾディアックに」
「ああ、凄まないでください。そういうのもういいんで。私は戦いませんよ」
「何?」
「最初は私が戦おうと思ってたんですけどね。あの人が自分で決着をつけるというので。全て任せます」
ロゼが言い終えた直後、その隣に一筋の光りの線が走った。一瞬の明滅後、隣には、漆黒の鎧を身に纏う暗黒騎士の姿があった。
ゾディアックが剣を抜き、女性に近づく。
女性は白くなった大剣の切先を向けた。ゾディアックが立ち止まったのを見て、目を細める。
「この剣……いや、あなたが持つ”剣の名前”……覚えてますか?」
突然の質問に、ゾディアックは少し考える素振りを見せる。
「……悪いな。覚えてない」
頭を振った。
「思い出せますか?」
「悪いが、思い出せない」
女性は落胆したような、安堵したような溜息を吐いた。
「そうですか……では、思い出してもらいましょうか」
女性が剣を正眼に構える。流れる魔力が大剣に纏わりつき、可視化され、蒼白に輝く。
ゾディアックも同じように構える。可視化された魔力の色は、赤と黒。血のようなその色もまた、輝いていた。
白黒と赤青。正義の装いにも見える邪悪の化身と、悪魔に見える正義の暗黒騎士が相対する。
両者の剣が微かに触れた時、女性が口を開いた。
「この剣の名前は、いや。”私の名前”は――」
「エクスカリバー」
告げると、同時に。
女性の持つ大剣から、一気に魔力が溢れ出した。
「やりましょうか、ゾディアック・”ファントム”・ヴォルクス。最後の戦いです」
「ああ……決着をつけよう」
覚悟はいいな。
ゾディアックは胸中でそう呟くと、大地を蹴った。
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