「The Ultima Storm-Voltage」
「う~ん。駄目だな」
エルメは唇を尖らせた。
テーブルには魔力増幅装置が”5個”、置かれていた。形に多少差異はあれど、どれも性能は同じものを作ったつもりだ。
ラルドとウェイグにも手伝ってもらい、全力で作り上げたのはいいが、やはりこの数を作るのは無謀だった。結果的に、1個だけ失敗作ができてしまった。
「何が駄目なんだ?」
テーブルを挟んで対面に座るフォックスが首を傾げた。装置を受け取りに来た彼の瞳は興味津々といったように、らんらんと輝いている。
「耐久度」
「耐久? 魔力込めたら壊れちまうってことか?」
「そうじゃない。魔力を込めることはできるが、維持することができないのだ。持続性がないって言ったらわかるか?」
「お、おう」
「内側から崩壊する。障壁は装置という点を繋いで展開されるから、一個でも壊れたらおしまいだ。だから吾輩たちが使うのは、この4個」
エルメは1個だけ端に寄せた。
「こっちだけ持っていけ。これでも充分……」
「なぁ、その残った奴俺にくれるか?」
エルメは訝しんだ。
「なぜだ。使い道なんてないだろう」
「いや、あのさ。俺よく仲間たちから言われるんだ。魔力の量が結構多いって。でも魔法の才能がないのか、勉強不足なのか、自分じゃ基準がわからない」
「なるほど。この装置を使えばそれなりにわかりそうってことか」
「そうそう。自信があるんだよねぇ。俺一人でそれ満タンにできそう」
フッと鼻で笑う。仕様を知らないからこんな大それたことを言えるのだ。
「もしそれができたら、一気にタンザナイト候補だな」
「マジで? なんで?」
「何人、いや、何百人……ひょっとしたら何千人か? 亜人も人間も含めた、その人数分の魔力を一人で賄えるとしたら、君はバケモノだ」
「うっひゃー……無理かもそれは」
「まぁどうせ壊れてしまう玩具だ。せっかく作ったんだからな。お守りの意味も込めて持っていけばいい。新しい出会いに贈り物をする。吾輩は中々カッコいいだろ」
「お、マジで! あんがとよ、団長! 自分でカッコいいっていうのはダサいけど」
フォックスは4個を袋に入れ、壊れていると装置は別の袋に入れていた。
★★★
「失敗作がサイズ的に小さくて助かったぜ。おかげで布にくるんで腰に装備してても気付かれなかったしな」
フォックスは白い犬歯を見せた。
まさかのお守りが、ここで役立つとは思わなかった。
「こいつに魔力込めて、その剣に装填して撃てばいいんだろ? 見たところあの寒いドラゴンは弱ってる。あと一発当ててぶっ殺そうぜ。仕留めそこなっても師匠たちが仕留めてくれるさ」
フォックスが親指を立てる。が、セロは頭を振った。
「馬鹿かお前は! 魔力はどうする! それは見たところカラだろ!」
装置は輝いておらず、灰色に染まっている。
フォックスは両手でカプセルを挟む。
「そうだよ。だから込める」
「な、なにを」
「魔力をだよ」
「馬鹿か。それを満タンにするには、数百人の協力がいるんだろうが!」
「そうだよ。だから、やるよ」
魔力が全身を駆ける。心臓の音が早くなった気がする。
フォックスの毛が逆立つ。集中して魔力を装置に流していく。
装置が徐々に輝き始めた。
「俺ならできる」
徐々に流す量を増やす。それでもフォックスは感じていなかった。
自分の魔力が減ることを。
どことなく気付いていた。自分の魔力が、底無しと言っていいほど、とんでもない量を秘めていることを。
もしかしたら、ゾディアックかそれ以上に持っていることを。
それが証明されたように、装置が光り輝き始めた。
何度も装置から魔力を移していたセロは、その輝きの意味が理解できた。
「よっしゃああ! どうだオルァ!!」
「嘘だろ……お前」
「驚いてねぇで早く装填して撃ってくれ!! 今にも壊れそうなんだよ!!」
言うが否や、装置に大きな亀裂が入った。
「頼む! あんたしか頼れねぇんだよ!」
「あ、ああ!!」
困惑していたセロだがフォックスの圧に押され、慌てて装置を受け取る。
銃身に装置を近づけ一気に魔力を吸う。
そこで再びセロは驚いた。吸収量が、今までの中で一番多かった。
それに圧倒されるが頭を振って照準をガギエルに合わせる。
首に穴が空いている。すでに瀕死だ。傷が治せていない。
「これで……くたばりやがれぇ!!!」
勝負を決める。
セロは覚悟を決め、引き金を引いた。
★★★
遠くから途轍もない魔力を探知した。
やはりあの光線を撃っていた者はまだ生きていたらしい。だがそれ以上に気になるのは、この魔力の正体だ。
突然膨れ上がっている魔力の量は、ゾディアックと同等かそれ以上の勢いがあった。
この街には不確定要素が多すぎる。危険だと、今更ながらガギエルは判断した。
【負けてたまるか……! こちらの力は無敵だ。曇天が照らす限り、負けなどない!】
ガギエルは再びブレスを放とうとする。もう一度光線が撃たれる前に放てば勝てる。
再び発射するまで時間がかかるのは理解している。あいつらを殺し、その後は翼を生成して街を見下ろしながら攻撃すればいい。
その時だった。突如、ガギエルの体が傾いだ。
何があったのか体を見ると、無数の鎖が巻かれていた。紫色の巨大な鎖は地面から生えており、ガギエルを逃がさんと締め付けている。
【な、なんだこれは……!!】
「やらせるか!!」
瞳をギョロギョロと動かし声の出所を確かめる。すぐに見つけた。そこにいたのは、黒いドレスを身に纏う金髪の少女だった。
「お前はここで死ぬ!! 覚悟を決めろ!!」
ロゼが叫ぶと、新たな鎖が追加された。まったく同じ鎖の魔法を発動したのはゾディアックだった。
ガギエルの近くから発動している。
「逃げるな」
【キサマ……!!】
「お前は負けたんだ。俺にじゃない。サフィリア宝城都市に住む人々に」
【う、ぐ、うぉおおおお!! ふざけるな!! 悠久の時を生きる、竜族に何をする!! 離せ矮小な者共!! 竜の力は神に及ぶのだぞ!!】
「神に及ぶ力でも、百年も生きられない種族たちの思いは打ち砕けない!! 終わりだ!! ガギエル!!」
名を呼ぶと同時に。
ガギエルの体に、四本目の光線が突き刺さった。
「まだ生きてる!!」
ロゼが叫ぶ。巨躯に突き刺さりはしたが、相手の特性だろうか。この悪天候が幸いしまだ体を再構築しようとしていた。
だが攻撃はしてこない。恐らくすべての力を回復に専念しなければならないのだろう。
このまま放置しておけばまた復活する。砕かなくてはならない。
ゾディアックは上を見た。
「頼んだ」
氷漬けにされた建物。北地区にある時計塔と同等かそれ以上の大きさを誇るその屋上に、ひとりの”ガーディアン”がいた。
腰に差した刀の柄を握り、引き抜く。白刃が外気に晒され雨や雪が落ちる。
刀に触れたそれらは、まるで斬られたように軌道を変える。
刀は濡れもしていない。あまりにも切れ味が良すぎるからだ。
「ああ」
レミィは刀に魔力を流す。宝刀「嵐」に紅蓮の電流が巻き付く。
上空から雷が鳴り響く音が聞こえてくる。曇天が急速に動き、レミィの上空で渦巻く。
ガギエルの放とうとしていた”ダイダルストリーム”とは似て非なるもの。
「嵐」の力を、レミィは思い出しながら両手で握りしめる。
「「嵐」の本当の力を使ったことはある?」
ヨシノの問いに対して頭を振った。
「その刀は持ち主が魔力を注げば注ぐほど、力を変えるの。面白いのは注いでおけばいずれ”懐く”っていう点ね」
「懐く!? 犬猫かよ」
「似てるかもね。その刀は生きているんだから」
「……マジかよ」
「物にも魂が宿るわ。覚えおきなさい。乱雑に扱えば自分の手首が落ちるわよ」
ヨシノが楽しそうに言った。冗談のようで、どこかそれを望んでいるようにも聞こえる。
「で、本当の能力ってなんだ」
「うん。「嵐」はその力を最大まで溜めると、ある魔法が使えるの。簡単に言えば天候操作。自然の雲を集めて暗雲を作りだし、中で雷を生成する。それが刀に落ちて完成」
「……それ、いつでも使えるのか?」
「晴天でも使える……らしいけど、実際はどうかわからない。能力的に悪天候で使うのが吉ね」
「嵐っていうより「雷」って名前の方が似合ってんじゃねぇか?」
「言い伝えでね。その刀を振ると三日三晩、局地的な豪雨や豪雪、雷雨に晒されるの。暴風も混じるわ。だから「嵐」」
「なるほどね」
レミィは嘆息した。
「で、威力は。言い伝えでもいいから」
「そうね」
ヨシノは小首を傾げた。
「万物を断てる」
「本当かどうか試してみようじゃねぇか」
下にはガギエルの姿が見える。美しい彫像のような氷の竜。
砕くのが惜しいとすら思えるが、慈悲など無意味だ。
レミィは足に力を込め、跳躍。屋上から飛び降りる。
空が瞬き、曇天から雷が散らばり、まるで刃物のような形をした特大の雷が曇天を裂いて現れた。
紅蓮に燃えるように落ちてくるそれはレミィに当たり、激しい音を立ててその姿を消す。
レミィの持つ「嵐」は髪色と同様、柄頭から切先までが深紅に染まる。
息を吸い、刀を掲げガギエルにぶつかる瞬間。
「殺った」
刀を、振り下ろした。
★★★
レミィの一撃はガギエルの首を落とした。
直後巨体が氷になっていく。透き通るような色をしながら体全体が固まったところで、大きな亀裂が入った。
瞬間、ガギエルの体が霧散した。音も立てず一瞬でバラバラになったそれは激しい音を立て広がっていく。
世界が銀世界どころか、一寸先も見えない、目も開けられないほどの白に染まる。
遠くからガギエルが生み出した精霊たちが砕けていく音が聞こえてくる。
女性は白の世界を歩いていた。ボロボロになりながらも転移したのだが、時すでに遅し。
「ガギエル……」
息絶えたドラゴンの名を呟き、女性の視線が鋭くなる。
まだ諦められなかった。必ずゾディアックに一矢報いる。
女性は視線を動かす。目的の物は辺り一面に散らばっていた。ガギエルの欠片だ。
ドラゴンは死ぬと砕け散る。その欠片や塊には大量の魔力が蓄積されているのだ。
手を伸ばし欠片をかき集めると、それらを一気に口に運び、咀嚼せず飲み込む。
「ぐ、うぅうう!!」
体が戦慄く。消費された魔力が一気に充填され、さらに限界量を上回るようだった。
傷ついた体が治っていく。気分もずいぶんよくなった。
過剰に摂取した魔力が零れ落ちていく。女性はそれを操作し自分の周囲に纏わせる。
黒衣も修復され、魔力で強化されていく。その弊害か、白に染まっていった。青色が少し混じっているのはガギエルのせいだろう。
女性は垂れさがった自分の髪を見て目を見開く。まさか、髪の色まで白くなっているとは、
「おばあちゃんになっちゃいましたね」
軽口を叩けるほど、生気が漲っている。霧のような吹雪が濃くなっていく中を女性は歩いていく。
「アハハハ!! ゾディアック!! 最後の戦いですよ!! やりましょう! ぶっ殺してあげますよ!!!」
ドラゴンの欠片の成果、闘争心むき出しになっていた。だが構わなかった。
殺す。ゾディアックを、殺す。女性は己の欲望を満たすために歩みを強める。
「おい」
後方から、いきなり声がかけられた。
無警戒だったため馬鹿正直に女性は振り向く。
それを、狙っていた。
炎を纏った拳が、女性の顔面に叩き込まれ、振り抜かれた。
尋常ではない威力に女性が吹き飛ばされる。
「悪いね。お着換えした直後にまた汚しちまうことになってよ」
ベルクートは唾を吐いて、女性を睨む。
「やろうぜ。お前には借りがいっぱいあるんだ」
歯茎を見せるほど、怒りの表情を浮かべる。
「ラズィちゃんを……俺の女を傷つけてくれた礼、しっかりしなきゃなぁ……!!」
両拳を思いっきり叩きつけた。
緑色の火花が、激しく散る。
その美しくも雄々しい煌めきは、吹雪の中でもハッキリと周囲を照らしていた。
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