「The Desire」
第一拠点から銃を撃ったセロは確かな手ごたえを感じていた。
「よし。あと一発くらいで相手は沈む」
そう告げると、魔力装置を手渡したウェイグは息を吐いて地べたに尻もちをついた。
「あとは頼むぜ。もう体が限界だ」
隻腕に片足、おまけに体もボロボロになっているウェイグの体力では、この寒さは厳しい。隣にいるロバートが回復薬を手渡しているが、それを飲む気力もないようだ。
セロはそれを黙って見続けていた。次いで戦っている者たちの姿を見る。
各々が励まし合い、武器を取り、傷ついても諦めず顔を上げている。あんなドラゴンが後ろにいるというのに、その顔は希望に満ち溢れている。
自分が少しでも、希望になっているのだろうか。セロはそう思うと銃身を握る手に力を込めた。
「行きましょう。次は第三拠点です。ちょっと遠いですがなんとか行けるはずです」
「おーい! サラマンダーの人たち!!」
誰かが駆け寄ってきた。コートのような、暖かそうな服装に身を包んでおり、帽子とマフラーを装備している。鎧などがないためガーディアンではないのが見て取れる。武器などは背負っておらず、かわりに箱を背負っていた。
コートの男はサラマンダーの手綱を握るクーロンに何かを差し出した。
「うちの、ラビット・パイの仲間が終着点を置いた! その地点で装置を持って待機している!」
そう言って男は箱を差し出した。
「これが開始点のかわりになる! 魔力を込めればそのまま終着点に飛べるはずだ! サラマンダーごと移動してもいける!」
「ヨシノ様。いかがいたしましょうか」
ヨシノが頷く。
「このまま飛びましょう。撃って離脱する場合、すぐに転移できなかった場合足が必要でしょう」
クーロンが頷き箱を受け取る。
「頼むぜ! この国を守ってくれ!」
「承った」
クーロンが箱に魔力を込める。サラマンダーを囲うように周囲が明るくなる。
「……頼むぜ」
ウェイグの掠れた声が聞こえた次の瞬間、世界が明滅した。
★★★
ガギエルが吠えた。一方的に魔法で攻撃しているとはいえ、その咆哮はやはり、向かって来るものを委縮させるほどの圧力を持っている。
剣を振り下ろし相手の体を砕いていたゾディアックの動きが止まる。
「大将! いったん引け!」
猛吹雪の中からベルクートの声が微かに聞こえる。言われた通り距離を取ると、ガギエルの首が上がり、前足が地面を踏みしめた。
「まだやるか」
ラズィが杖を掲げ、降り下ろす。上空から紫電が迸り、ガギエルの体に当たる。
効果が薄いのかガギエルの動きが止まらない。体をしきりに動かしている。
「なんだ、こいつ、どうし――」
『……ック! ゾディア……!! 聞こえてるか!』
アンバーシェルからブランドンの声が聞こえてくる。
『あの女に逃げられた! ガギエルに指示を出した可能性が高い!』
その時、ガギエルの動きが止まり口に魔力が溜まる。
苦し紛れではない。全力のブレスを放とうとしていることは、明白だった。
★★★
新たな光景が広がった。大通りのようだ。人は少ない。
「やっと来たか」
転移成功と共に男の声が下から聞こえた。黒いハットを被った初老の男だ。
セロはその顔に見覚えがあった。歯を剥き出しにし、強く睨みつける。
「……エイデン!!」
「まだ生きていたか。悪態をつく前にさっさとあのドラゴンを倒せ」
そう言ってエイデンは両手で持っている装置を差し出した。カプセル状になっているそれは光り輝いている。
クーロンが受け取りセロに渡す。
「お主の周りは敵が多いな」
「うるせぇよ……サムライかぶれが」
セロが魔力を装填していると、ヨシノが息を呑んだ。
「マズい、ここから離れないと」
「え? どうした?」
「ガギエルに命令が下されたかもしれない! 相手がこっちに」
ヨシノの言葉が終わる前に、セロは捉えた。
ガギエルの顔がこちらに向けられている。
「ここで仕留める!!」
「駄目! 移動してから」
「もう間に合わねぇよ!」
すでに何か攻撃を放とうとしているのはわかった。相手のブレスの威力は遠くからでもハッキリ見えていた。
今から逃げても間に合わない。ここで攻撃ごと、ガギエルを仕留めるしかない。
「クソ! 退避しろ!」
エイデンと周囲にいた兵士、キャラバンが逃げ出す。
サラマンダーに乗るクーロンとヨシノ、セロ以外が吹雪の中に姿を消す。
セロはガギエルに照準を合わせる。
「俺だって……英雄になれるんだ」
その時セロは、ようやく”あることを”理解した。
魔力の充填が終わり引き金を引く。
ガギエルの口が、同時に光った。
★★★
「ベル、ラズィ!! 援護!!」
「わかった!」
ゾディアックが剣を担ぎ跳躍する。ここで相手の首を落とすしかない。すでに狙いを定めている。
剣に魔力を注ぎ振り下ろそうとした。
が、横から衝撃が走った。たいした痛みはない。ただ押されたのだ。
視線を向けると、精霊がいた。箱のような形をした結晶が、何体もゾディアックを邪魔しようと、体を押し付けている。
打点がずれ、大剣は首に若干減り込んだだけに終わる。ベルクートとラズィが魔法で援護するが、ガギエルの体は動かない。
ブレスが放たれた。今までのブレスとは違い、太くそして鋭いそれは、狙い澄ました場所に一直線に向かう。
それと擦れ違うように金色の光線が飛んできた。
「ゾディアック!!」
ベルクートが叫ぶ。
光線はゾディアックを飲み込み、ガギエルの首元に撃ち込まれた。
★★★
世界が白に染まった。次いで視界に飛び込んできたのは、灰色の地面だった。
血の味がする。セロは口許をもごもごと動かしながら顔を上げる。
朦朧とする意識の中、声が聞こえる。
「……しろ。おい……」
徐々に声が鮮明になり、視界もクリアになっていく。セロは目を開いて呼びかけている人物の顔を見た。
クーロンだ。だが、その顔色は悪い。
その理由を知った瞬間、セロは息を呑んだ。
「あ、あんた、体……」
クーロンの体は無数の氷柱に貫かれていた。見ると、右腕も凍結してしまっている。
「無事だった? よかった」
ヨシノの声が聞こえた。顔を横に向けると、苦い顔をしている。怪我らしい怪我をしていないが同様に顔色が悪い。
両名が守ってくれたのだ。意識がハッキリしていくにつれそれを理解したセロは眉間に皺を寄せた。
「何で俺なんか助けた……! 別に、逃げればよかっただろ!」
「阿呆。仲間を置いて逃げられるか」
仲間。その言葉を聞いた瞬間、寄っていた皺が伸びる。
「俺、俺は……俺は、犯罪者で、どうしようもない、クズ野郎だぞ」
「だからどうしたの」
ヨシノが鼻で笑う。
「あなたはそれでも、命懸けで戦っているじゃない」
「違う!俺は、俺は死んでもいい人間だから……」
「死んでいい人間も滅んでいい国もないわ。大事なのは今のあなたの行いだよ」
「頼むぞ、セロ。お主しかできん。この国を守ってくれぬか」
口から血を吐き出しながらクーロンが言った。
「我が友の……住んでいる国を、美しいこの国を守ってくれ」
言葉を聞いた瞬間、セロは叫びながら立ち上がった。
「う、ぁあああああああああ!!!」
右足が酷く痛む。焼けたように痛い。凍傷だろうか。いやそんなことはどうでもいい。
銃を持って足を引きずりながら進んでいく。視界の隅に氷漬けにされたサラマンダーが見えた。
足がない。これでは無理だ。最も重要な装置を、弾を拾いに行けない。
だからどうした知ったことか。這ってでも受け取りに行くんだ。
魔法が使えれば。自分の無力さを恨みながらも諦めずセロは歩を進めていく。
その時だった。
誰かが、セロの手を掴んだ。
セロが目を向ける。そして、驚愕の表情を浮かべた。
「お前……」
青い体毛に、狐の顔。
「まだ生きているみたいだな。なら頼むぜ」
彼は腰に付けていた何かを手に取る。
「装置は、ここにある」
カプセル型の魔力増幅装置が、その手にはあった。
それはフォックスが隠し持っていた”5個目”の装置であった。
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