「The Hope-Dark」
まず感じ取ったのは、半身の冷たさだった。微かに右手と右足が動くことはわかるが、感覚が鈍い。瞼が重く寒さのせいでこのまま寝てしまいたいと思う。
その時、微かに足音が聞こえてきた。その音は一気に数を増していた。次いで聞こえてきたのは鎧が擦れる音。
誰かに抱え上げられた。温かさを感じる。人肌のぬくもりだ。誰かが自分を抱えている。
カルミンは重い瞼を開いた。
目に入ったのは銀世界と、父であるエイデンの顔だった。
「……おとう……」
「すまん、遅れた」
カルミンの意識が覚醒する。まず自分の体を確認する。首から下、右半身が氷漬けにされていた。篭手ごと凍らされているため、このまま砕けたら腕がなくなるだろう。
そのまま顔を周囲に向けると、大量の兵士の姿があった。
全員が対外敵、モンスター特化型の銀鎧を装備している。
「なん、で……逃げた……はずじゃ……」
エイデンは前方の兵士に手信号を送る。
「装置を守れ! 最優先だ! 精霊を退けつつガーディアンの保護も忘れるな!!」
指示を飛ばしたあと、エイデンはため息を吐いた。
「エミーリォに言われてな。お前が心配なら様子を見に行けと言われた」
「……え?」
「だが勘違いするな。お前の身が心配だったんじゃない。手柄を横取りに来た。ここで兵士が活躍すれば、ゾディアックよりも我が騎士兵団の名が売れるからな」
口許にぎこちない笑みを浮かべて言った。
相変わらずの性格の悪さだ。そして、嘘を吐くのが下手糞だ。
母からもよく小馬鹿にされていた。
「……ありがとう、お父さん」
カルミンは呆れたように笑い、涙を零した。
「何を安心している。笑うのも泣くのも、戦いが終わってからだ」
父の言葉に、カルミンは静かに頷きを返した。
★★★
”第一拠点”とされる城壁近くでは、ガーディアンたちと兵士が合流していた。さきほどまで大量の精霊に押され気味であったが、息を吹き返したように攻勢を保っていた。
その精霊の大群と吹雪の合間を縫うように、一匹のサラマンダーが合流した。
ウェイグはリュックを背負い、転がり落ちる勢いでサラマンダーから降りると近くにいたガーディアンに聞いた。
「装置は!?」
「ああ! 装置は……あれ、お前」
「どこだ!?」
「あ、ああ。城壁のそばにある雑貨屋があるだろ。その裏にある料理屋の厨房の中だ」
「わかった。ありがとよ」
ガーディアンの疑いの目を無視し、杖を突いて向かう。
「急げ! 装置に近づけるな!!」
誰かが叫んだ。
さきほどまで逃げ回っていたウェイグたちは、アンバーシェルから”装置が壊れかけている”という言葉を聞いた。装置が壊れたらすべてが終わる。そのため危険ではあるが、ウェイグが直すしかなかった。エルメとラルドは城壁の上でやることがあるため参加できなかった。
この状況で頼りになるのは自分だけだと、ウェイグは己を鼓舞する。
「ウェイグ! あなたひとりじゃ」
サラマンダーの上からヨシノが呼びかける。
「いや、いい! 俺だけで向かう! お前らはセロを頼む!」
告げて踵を返し、ウェイグは急いで装置の場所へ向かう。足を引きずり杖を突き、およそ戦場にいていい風体ではない。必死に走ってはいるが、人が普通に歩くよりも遅い速度だ。それでもウェイグは全力で走るしかなかった。
ガーディアンでもない自分が、戦えるのはここしかないのだ。
だがそんなウェイグの前に精霊が一匹降りてきた。緑一色に染まった正八面体の結晶が形を変え、魔法を放とうとしている。
「邪魔だ!!」
護身用に持って来ていた武器をリュックから取り出そうとした時だった。
正八面体の上から、槍を持ったガーディアンが現れた。貫かれた精霊は粉々に砕け散る。
「やれやれ。そんな体で何処に行くんですか」
青い前髪を掻き上げ眼鏡の位置を正したロバートは鼻で笑った。
ウェイグは自然と笑みをこぼす。
「……っへ。そっちこそ。情報屋が前線出てどうすんだよ」
「いやぁ。情報屋が弱いって言う連中を見返してやろうと思いまして。行きましょうか、ウェイグ。装置を直してください」
「ああ!」
ロバートが肩を貸す。心なしかスピードが速まった気がした。
「時間は?」
「もうすぐだ。あともう少しだけしかない。完璧に直してやるよ」
この鬱陶しい雪景色も終わりだ。
ウェイグは奥歯を噛み締め、必死に痛む体を動かした。
★★★
南地区へ続く橋の上で、亜人街の住民は武器を振り、魔法を使い、己の肉体を使って敵を倒し続けていた。兵士もガーディアンもいない”第二拠点”では、精霊など意に介さず圧勝していた。
「オイ! クロエ!!」
ナロス・グノア族のルーが蛇の口から長い舌を出す。手に持っていた曲刀の刃が砕けたため投げ捨てる。
「こっちは47体目ダ! そっちは」
「残念ね。ルー。私は61体目」
小太刀を両手に持ったクロエは頬を緩めた。機能性の高さを考えて肌の露出が多い、薄い布着に身を包むクロエだったが、その顔からは微塵も寒さを感じ取れない。
ルーが負け惜しみを叫ぶと、小太刀を逆手に持ち、空を見る。
「ルー。油断しないでここを守りましょう。負傷者は?」
「ダレも出てねぇよ。あんなチャチな精霊に負ケル俺らじゃねぇダロ」
遠くから足音が聞こえた。この駆動音はサラマンダーだ。
精霊たちをあしらっていた亜人たちが道を開け、サラマンダーはクロエとルーの前で止まった。
乗っていた人物を見て、クロエは自然と頭を下げた。
「ヨシノ様、ご無事で」
「うん。クロエたちも!」
「少しは腕を上げたようだな、クロエ」
「クーロンより強いかもよ」
軽口を叩くとヨシノが降り、周囲を見渡した。
「ここは比較的平和みたいね」
「他の場所も見たんですか?」
「ええ。ただ第四拠点は見てない。けど……」
第四拠点のある方に視線を向ける。最後の装置はもぬけの殻である住宅街に置かれている。あちらに向かっていた敵の数は薄かった。亜人とガーディアンの混合ではあるが、恐らく問題なく倒せているだろう。
「時間はちょうどいいくらいだね。ここから始めちゃおう」
「ブランドンは?」
「ちょっと足止め中。とりあえず、セロ」
まだサラマンダーに乗っていたセロはゆっくりとした足取りで降りる。
「アン? なんだこのヤロウ」
殴りかかる勢いで距離を詰めるルーの前にクロエが立ちふさがる。
「私たちの切り札」
「ンだと!? どういうことダ! クロエ、こいつは俺らを苦シメたクソ野郎だぞ!!」
直接の面識はなかったが、ルーは先の亜人失踪事件の犯人を知っていた。
クロエがルーの胸倉をつかみ、睨み上げる。
「あなたの怒りはよくわかるわ。けど、レミィさんもブランドンもゾディアックも、彼が必要だと判断してここに来るように仕向けたの。ここは、みんなを信じようよ」
必死の訴えだった。ルーもそれを感じ取ったのだろう。目元をピクピクと動かし言い淀みながらも、セロを睨む。
「……役に立タナカッタらブッ殺シテやる」
「それでいいわ」
クロエはルーの肩をとんと叩いた。セロは黙って銃を抱きしめ、黙っているだけだった。
話しが落ち着いたところで、ヨシノがセロに目を向ける。
「そろそろ準備に。他の場所も守り通せていれば時間通りに攻撃が開始できます。まずはここから始めましょう」
指示を出したが相手は上の空だった。物珍しそうに遠くにいるガギエルに目を向けている。
二足歩行になった巨大なドラゴン。氷山がそのまま動いているような大きさで、その体躯に見合った巨大な剣や槍を下に振っている。真下にゾディアックがいるからだろう。
あの巨大な敵に対し、正面で戦っているというのか。
「なぁ」
ずっと黙っていたセロが口を開く。微かな吐息のような声は、ヨシノの耳に届く。
「あの巨人を倒したら、俺も凄いかな?」
「……うん。もし倒せたら、惚れ惚れする」
元いた世界ではうだつが上がらない、最低の人生を歩んできた。異世界に来ても特に何かを成し遂げられず、犯罪者として扱われていた。
だが今この瞬間から、自分の運命が変わるかもしれない。
セロの目が怪しく光り銃を下ろし、準備を始めようとした。
それと同時だった。
「なんだ……?」
誰かの疑問の声を皮切りに、戦闘の音が止んだ。
そして、精霊たちが浮かび上がる。急に興味が失せたように地上から離れていき空に向かうと、何処かに移動し始めた。
セロの視線はガギエルに向けられた。
★★★
戦闘中でもその違和感を覚えた。全身に生傷を作りながらも女性を殴り飛ばしたブランドンは上を見る。
空を覆いつくすような大量の精霊が何処かに向かっている。
それに目を奪われていたせいか、ブランドンは女性がガギエルに指示を出していることに気づかなかった。
★★★
【どうしたの? 逃げているばかり!?】
縦横無尽に飛び回る大量の氷柱に巨大な剣の攻撃にゾディアックは建物を利用して逃げるしかなかった。
直接受けることができない。特に剣の攻撃は。あの剣に触れたものは一瞬で水になってしまう。この大剣や鎧が壊れるとは思わないが、それでも直接受けるのは抵抗がある。
ゾディアックは苦し紛れに斬撃を飛ばす。ガギエルに到達する前に紫の斬撃は霧散した。
ガギエルの口角が上がったように見える。
【それはもう二度と喰らわないよ。魔力の塊だからね。雪景色の一部にするのは簡単さ】
兜の下で悔しがる暇も惜しかった。ゾディアックは素早く身を隠す。情けないが、このままでは太刀打ちできない。
この状況が相手に有利に働いてしまっていた。閉じ込められた空間で、敵は有利なフィールドを作り出している。作り出せる。二足歩行になってからの強大な攻撃はラミエルの比ではない。
どこか甘く見ていた。こちらの必殺が撃てるまでの時間なら、稼げると思っていた。
【……もういいや。飽きちゃった】
ガギエルがそう言って、口を天に向けると、可視化された魔力が渦巻いた。
すると轟音を鳴らしながら何かが空を横切っていく。
精霊だ。大量のそれらが、一点に向かっていく。
【各個撃破。一番手薄な所を潰すのは、罠じゃない限り定石だよねぇ】
ゾディアックは攻撃を仕掛けようと身を乗り出す。
瞬間、巨大な氷の槍が目の前に飛んできた。
★★★
”第四拠点”である住宅街では苦戦を強いられていた。ガーディアンと亜人という組み合わせで相性も悪かったのもあるが、それ以上に敵の数が多かった。
個の強さはないが集団での強さは他の部隊よりも圧倒的だったためなんとか数を捌いてはいた。
だが、こちらに向かって来る大量の敵を確認した時、一人のガーディアンが武器を下げた。
「全部、こっちに向かってきてやがる……」
各方面に散開していた精霊は一つの拠点を潰すことにしたのか、統一された動きでこの地に向かっていた。
軽鎧の女アサシンは頭を振った。
「無理よ。これ以上数が来たら潰される。装置を守り切れない」
時間稼ぎはもう十分だった。だがそれをした意味が、このままでは無くなる。
亜人もそれをわかっていたのだろう。勇猛果敢に戦おうと呼びかける者もいたが、膝を折って諦めている者もいる。
ここまでか。ガーディアンが敵で埋め尽くされた空を憎々しげに睨んでいた時だった。
「あれ~??? お困りですかね~、ガーディアンと亜人の方々ぁ」
後方から声が聞こえた。馬車の音、そして複数の足音も。
ガーディアンたちが見ると、目を見開いた。
「お前ら、なんで……」
「ん~? 金の香りを嗅ぎ付けたら、駆けつけるのが商人だからねぇ」
ラビット・パイのリーダーであるラルが、大勢の人々を連れて戻ってきた。
後ろにいる人々や馬車に乗る者たちは、全員が武装していた。流石に鎧まで着ているのは少ないが、それでも数は100はくだらない。
「アンバーシェルあるでしょ? かして」
「あ、ああ」
ガーディアンが差し出し、受け取る。
「あーあー、聞こえるぅ、ゾディアック? ラルだけどぉ、あまりにもお前が不甲斐ないし頼りないから戻ってきちゃったぁ。今からガーディアン連中にいっぱい武器とか売ってぇ大活躍しようと思うんだぁ」
ラルが口角を上げた。
「こっちがわざわざ来てやってんだ。さっさとあんなヘンテコなドラゴン倒して、商売させろ」
ラルはアンバーシェルを返し、後ろに声を投げた。
「行くよぉ、みんな。この国を守るんだ」
声が上がる。それは明らかな、反撃の狼煙だった。
「……聞こえてますか、ゾディアックさん。勝ちましょう、この戦い」
ガーディアンは震える声で、静かにそう呼びかけた。
★★★
ポーチの中にあるアンバーシェルから、仲間たちの声が聞こえる。
全員が、自分の名を呼んでいた。最強のガーディアンの名を呼んでいた。
「……聞こえてるよ」
氷柱を大剣で砕きながら、ゆっくりと進み、ガギエルの前に立つ。
見下ろす巨大なドラゴン。ただ、もう恐怖は感じなかった。
【まだやれる?】
攻撃を直接受けたゾディアックの鎧は、半壊していた。右の篭手が氷漬けにされ砕け散り、鎧の一部も砕けている。槍の攻撃を上手く捌けなかったせいか、片足の感覚が怪しい。肋骨が折れたのか、呼吸音がおかしかった。全身が痛む。
さらに兜の一部も砕け、ゾディアックの顔が半分、外気に晒されていた。
「ああ、やれる」
それでも、まだ戦える。戦わなければならない。
負けてはならない。
勝たなければならない。
半分だけ見える、ゾディアックの瞳が、ガギエルを鋭く睨む。
そして、大剣を両手で持ち、正眼に構えた。
「お前を殺す」
決着の時は近い。
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