「The Battle Start」
「亜人街の住民に協力して欲しいことがある」
ゾディアックがブランドンにそう言ったのは、球体にヒビが入った日のことだった。
セントラル内が大慌てになっている状況だというのに、冷静な声だった。
「理由を聞かせてくれ」
「この剣に魔力を溜めておきたい」
肩越しに見える大剣の柄をブランドンは見る。
「やはりな。その剣、魔力を吸収し自分の力にする魔法道具だろう」
「そうなのか」
「……何だその返答は。お前の武器だろう」
「多分な」
疑問符を浮かべるブランドンを無視し、言葉を紡ぐ。
「剣の効果を知っているなら話は早い。魔力を集めてガギエルとあったと同時に、亜人街に飛ぶ」
「なるほど。お前自身が開始点になるのか」
「ああ。変なオブジェクトより、よっぽど確実だろ?」
ゾディアックは肩をすくめた。兜の隙間から微かに見える顔には笑みが浮かんでいるようであった。
★★★
開始点をどこに設定するかという疑問は、目下に広がる亜人街にガギエルが出現したと同時に解消した。
ガギエルと共に転移してきたゾディアックの姿が微かに見えた。同時に、手に持っている大剣が至極色に輝いているのも。雨が一瞬で雪に変わり白銀となった世界で、その色は目立っている。
「便利な武器を持っているなぁ、ゾディアックとやらは」
関心するように声を出すと同時にガギエルが地面に衝突した。
轟音が鳴り響き付近から爆音や、建物が倒壊する音が聞こえる。振動した地面からは白煙が舞い起こるが、一瞬だけ霜になったかと思うと砕け、霧散していく。
城壁の上という安全圏にいるエルメは下に行きたくはないと思いつつ、隣にいるラルドに声をかける。
「自分の武器を起点としてドラゴンと仲間まとめて、街の中心部に転移するとは。思っててもやらんな」
「同感です。おまけに終着点である魔力増幅装置のどこかに転移するのではなく、街の中心部に自分の意思で降り立つとは……。余程の練度と魔力ですよ」
常人ではできない策をやってのけたガーディアンに笑みが零れる。
「といっても、団長。ここからが本番です」
「その通り」
エルメは麦酒の入った瓶を取り出す。
「さてさて、私たちの出番はもうしばらく後だし。ゾディアックの活躍を酒でも飲んで見物――」
栓を開けた瞬間だった。
ガギエルが突如、エルメの方を向いた。
「ちょ、嘘でしょ!?」
「団長!!」
ラルドが叫び、エルメを抱きかかえて横に飛んだ。
直後ガギエルの口許からブレスが放たれた。
★★★
ガギエルに、後方にブレスを放つよう指令を出した。理由としては展開しつつある魔法による障壁を阻害すること。そのため魔力を探知し速度が遅い方に向かって攻撃を放った。
しかし予想以上に速度があったのか、ブレスは青白い鏡のような障壁に阻まれてしまった。竜巻のようにうねりを起こし一直線に突き進んだ白銀の咆哮は障壁に当たった部分からバラバラに霧散していく。
ガギエルがブレスを止めると空気中の水分と魔力が凍結し氷となった巨大な壁が残るだけとなった。
女性は周囲を見渡し状況を理解する。ゾディアックたちが”何か”を準備しているのは把握していたが、まさかこの短期間でこれだけの魔力増幅装置を用意しているとは思わなかった。
「このままじゃ閉じ込められますね」
探知を再開すると、大きな反応は目の前にいるゾディアックを含め六つ。全てが地面付近にある。
ということは。女性は顔を上げる。天井を覆いつくすように障壁が展開され終わっている。
しかし鏡のようなそれは透明感が強くなっており、曇天の空がよく見えた。
女性は口角を上げガギエルに魔力を流しながら指示を出す。すると呼応するようにガギエルが翼を羽ばたかせ飛び立った。
二度の羽ばたきで一気に上昇すると同時に、ガギエルの背中から無数の巨大な氷柱が上空に放たれた。
氷柱は障壁に当たり、ほとんどが砕け散った。が、障壁にヒビを入れることに成功した。
「やはり上空は脆いですか」
上空に装置がないためかどうか理由は定かではないが、狙い通り天井の障壁は薄かった。この程度であればガギエルの耐久度で十分脱出可能だった。女性はガギエルに指示を出す。
同時に、ガギエルが鳴き声と共に顔を天に向け高度を上げ始めた。
その瞬間、金属音が鳴り響いた。例えるなら鉄製の剣がぶつかり合ったような鈍い音。
次にガギエルが苦悶の咆哮を出しながら頭を垂れた。
「何っ……」
高度が一気に下がる。地面に再び着地すると同時に、女性は天井に障壁がもう一枚あったことに気づいた。
「どういうことでしょうか」
★★★
「障壁を二重にする」
セントラル内で装置の配置場所を確認している時だった。ベルクートが地図を食い入るように見つめる面々に向かって言った。
「どういうことだ?」
ゾディアックが聞くと「まぁ聞けよ」というように、ベルクートは手の平を見せた。
「何も全体的に二重底にしようぜって言ってるわけじゃあない。天井部分だけでいいんだ。そこだけ二枚重ねにしたい」
「それは、どうして」
「考えてみろよ、大将。相手はドラゴンだ。どうあがいても飛びたくなる。そしてあの女は魔力探知がずば抜けて高い。大将やビオレの前に突然姿を見せたのはそれがあったからだ。つまり、装置の位置なんてすぐにバレる。そうなるとどうなる?」
「……上部に装置がない」
「そう。で、思いつくことは「上部は強度が脆いんじゃないか」だ。その予測はおそらく正しい。ならさ、それを逆手に取ろうぜ」
ラズィが「なるほど」と呟いた。
「相手に一枚だけ障壁を破らせて強度が高い物を見せる。そして疑心暗鬼にさせるということですね」
「その通りだ、ラズィちゃん。複数の障壁が存在すると思わせれば、危険性を考慮して相手は飛んで逃げる選択肢を除外する。そして次に思いつくのは装置の破壊。となれば――」
★★★
目の前に落ちたガギエルが顔を上る。唸り声が地面を振動させ、吹雪の流れを変えた。
「作戦通り、奴さん、地上戦を選んだぜ」
「ガギエルの機動力で戦えると思っているんだろう」
「その考えも後悔させてやりましょう」
ラズィが手を挙げた。同時に、背後から雪景色を突き破る紅蓮の乗り物が姿を見せる。
サラマンダーだ。この低温の中を走るため、体全体が紅蓮に輝いている。馬銜を咥える口からは微かに炎が見えていた。体内にある火炎袋を燃焼させ体を動かしているのだろう。
「みんな、乗れ!! 何か来るぞ!!」
「早く早く!!」
手綱を握るレミィが声を上げ、後ろに乗っていたフォックスが手招きする。
言われるがまま3人はサラマンダーの背中に飛び乗ると、レミィはサラマンダーを動かした。
その巨体からは想像もつかない俊敏な動きで方向転換し、駆け始める。移動速度は馬の数倍ともいわれており、フルアーマーのガーディアンが10人乗ってもそのスピードが衰えることはない。
そのまま物陰まで移動すると白銀の竜巻が道を氷漬けにした。あと一歩遅れていれば、サラマンダーごと氷像にされていただろう。
ゾディアックはブレスの形跡と氷漬けになった風景を見て気づく。
「射程距離が意外と短いな」
「つうか一瞬で氷になってね?」
フォックスが疑問の声を上げた。彼が言う通り、どうやら吐き出されて数秒立つと、魔力も込められてないただの氷になるらしい。
「レミィ! 相手の側面に近づいてくれ! ベルとラズィは炎の魔法で援護を!」
「合点!」
「わかったわ!」
ベルクートの手の平と、ラズィの杖に魔力が溜まり始める。
レミィは返事をせず、物陰から出てガギエルに向かう。ギロリと巨大な瞳が向けられ、ガギエルは体を上げ大きく右前足を振り上げる。
そのまま力任せに振り下ろす。レミィの手綱捌きによりその一撃は躱される。舞い上がる氷柱や瓦礫は、ラズィが展開した炎獄城壁によって蒸発する。
そのまま一気に近づき、ゾディアックは雄叫びを上げ、片手で大剣を振る。仲間やガーディアン、そして亜人たちが込めた魔力はまだ残っていたため、刃はガギエルの後ろ足に深々と傷をつけた。
ガギエルが苦悶の声を上げ体が傾ぐ。さらにベルクートが緑の炎を瞳に向かって放つ。巨大な双眸は的であり、その視界を塞ぐのは造作もないことだった。
「ラミエルと違って相性抜群だなぁ、ええ!?」
気分よく言い放つと、ベルクートは腰から短銃を取り出す。ただ、いつも使っている銃とは違い、重心が長く撃鉄の前がシリンダー状になった大きな銃だった。
銃口を相手の体に向け引き金を引くと、轟音と共に弾丸が放たれ体にめり込む。直後、弾着部分に魔力が渦巻き、小規模の爆発が起きた。続けざまに6発撃ち込まれ、ガギエルの側面から連続して爆発が起きる。
「やっば! めっちゃ効いてるじゃん! ベルオジ、俺にも使わせて」
「ガキは火遊び厳禁だ。つうかなんだ、そのベルオジって。やめろ」
現時点では圧倒している。だがゾディアックは違和感を覚える。
ダメージが通り過ぎている。女性は何をしているのだと疑問に思う。
すると、ガギエルの上にいた女性が一点を見つめているのに気付いた。
★★★
ガギエルの体は確かに脆い。ドラゴンの中でも鱗の耐久度は下から数えた方が早いだろう。だから魔法如きでも十分にダメージが通る。
だがそれ以上に、回復速度が異常なほど早い。空気中に水分と魔力があれば、体に無数の穴が開こうと足が飛ぼうと翼が飛ぼうと秒で再生する。女性はガギエルの耐久力を信頼し、ゾディアックたちを任せていた。
狙うは、さきほどからずっと動き続けている装置の方だ。四つは固定されており、ひとつはゾディアックから探知している。
ゾディアックが近場で戦い意識を向けさせようとしているのであれば、この動き続けているのが奴らの弱点である可能性が高い。
女性は跳躍し、近くの建物の屋上に飛び乗る。標的を見つけてこの手で殺そうと考えていた。
だが、屋上に着磁すると同時に目の前にいる人物を見た瞬間、女性は舌打ちした。
「邪魔なのが来ましたね」
「お褒めに預かり光栄です」
ロゼがニッコリとした笑みを見せつけ、手を後ろに組んだまま上体を少し倒す。
「さて、それじゃあ死んでもらいましょうか」
「……大言もほどほどにした方がいいですよ。身を滅ぼしますから」
女性が口角を上げ、ゾディアックが使う漆黒の大剣を出す。
ロゼは挑発的な笑みを向けたままだった。
★★★
「……ああ、そうだ。今伝えた通りだ。それが作戦の全容よ」
足を組みかえ、エミーリォは言葉を紡ぐ。
「お前の言うことも最もだが、それで勝てると言ったのだ。心配なら見に行け、そんで助けろ。ワシは知らん。それじゃあな」
通話を切り、テーブルにアンバーシェルを滑らせる。
「あ、あのぉ、エミーリォさん」
「ん? なんじゃマルコさん」
「そんな雑に切ってよかったんですか? 大事な電話だったんじゃ」
「デン……? ああ、いや、気にせんでくれ」
エミーリォはカラカラと笑った。
「こうでも言わんと、あいつは動かんでな」
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