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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
251/264

「The Twenty-Six」

「今更なんだけどよ。本当にコイツ連れていくつもりか?」


 ベルクートは、荷台で後ろ手に縛られ転がされているセロを見ながら言った。

 鋭い目つきが返されるが、仲間たちは冷ややか目で見下ろしている。


「言うこと聞くのか?」

「フォックスの言う通りだ。こいつを作戦に組み込むのは厳しい。身動きできない程度に痛めつけて放置しておいた方がいい」

「考えが野蛮なんだって。フォックス、レミィちゃん。気持ちはわかるけどよ」


 問題なのは、亜人たちが協力してくれるか怪しくなった点だ。ベルクートの口許が曲がる。


「大将。亜人共のヘイトを買うだけだぞ、このままだと」

「説得するしかないだろ。被害者の亜人に対して正直に話しても納得してくれないが、ブランドンに話を通すことができれば、渋々だが納得してくれるはずだ」

「……楽観的じゃねぇか?」


 ベルクートの視線が再びセロに向けられる。


「つうか、コイツが協力してくれるかどうかが重要だ」

「それなら案がある」


 手綱を握りながらゾディアックが口を開いた。


「亜人街にガギエルを転移させた後、セロは好き勝手出来なくなるさ」


 その言葉には確固たる自信があるようだった。


「もし好き勝手しそうなら俺が殺してもいいよな? 師匠」


 フォックスが腰からククリナイフを抜きそうになる。


「やめろ。ガーディアンが手を汚すな。私がやる」

「お前ら殺意高すぎだろ」

「駄目だふたりとも。暴走したら俺が仕留める」


 ゾディアックが肩越しにセロを睨んだ。冗談ではない声色に、セロは視線を床に落とした。

 エルメ団長の家で仲間たちと合流すると、案の定、仲間のほとんどが難色を示した。

 特にブランドンの反応はわかりやすかった。文字通り鬼の形相で拘束されているセロを睨んだ。すでに事情は説明しているとはいえ、怒りと殺意を隠し切れてはいない。


「ゾディアック。お前の話は理解できる。だがな、こいつは亜人街だけではなく亜人全体を巻き込もうとした、いわば我らの敵だ。そう簡単に納得できん」

「わかってる。だからこそ、ブランドンに監視していて欲しい」

「何?」


 ゾディアックはガギエルを転移させた後の作戦を共有した。

 最初は訝しんでいたブランドンも、その表情を変えていく。


「……なるほど。それなら。移動しながら戦いながら、こいつを監視し続けられるな」

「問題があれば優先的にこいつを排除する。それでいいか」

「問題が起きないことが一番重要なんだが……それしかないか」


 メリットは確かにある。監視の方法も理解できる。

 ブランドンは腕を組んで小さく頷くと、セロを見た。


「俺を怒らせてみろ。ドラゴンと一緒に、お前を消し炭にするぞ」


 セロは何も答えなかった。ただ顔を逸らしただけだった。




★★★




 セントラル前まで戻ってくる頃には、眼前が銀世界になっていた。吹雪はますます強さを増しており、寒さに強い馬も限界に近かった。


「ベルクート、ラズィ。近くの小屋に馬車を持って行ってくれ」

「あいよ」

「わかったわ」

「ロゼ、セロ、あとウェイグは荷台に乗っていてくれ。姿が見られるとマズい」


 ロゼは言葉に隠された意味を汲み取った。”ふたり”を監視しろと言っているのだ。

 思いを汲み取り、ニコリと微笑んだ。


「かしこまりました」


 指示された面子以外は馬車を降りてセントラルに入る。同時に、中にいたガーディアンたちの視線が一斉に注がれた。

 全員すでに臨戦態勢だった。いつガギエルがあの球体から出てくるかわからない。警戒心を強めるのは当然だった。

 さらに、絶対にこの施設内では見られない顔ぶれがあった。

 亜人だ。クロエとルーを筆頭に、武装した少数の亜人が一画にいた。ルーは些か不服そうだが、テーブルに置かれた食器類を見るに、どうやら差別的に扱われてはいないらしい。ブランドンは心の中でため息を吐く。

 ゾディアックたちは視線を感じながらも受付前の大型テーブルにいるエミーリォに近づいた。


「準備は済んだんか。ゾディアック」

「ああ。できる限りのことはした。あとは」


 視線を後方に向けた。


「倒せるかどうかだ」

「やはり戦はガチンコじゃな。血沸き肉躍るわい」

「テンション高いな、エミーリォ」

「高血圧で死んじゃうよ、おじいちゃん」

「ふん。この年でドラゴンと戦えるなど誉れ高い。興奮せずにはいられんわい」


 喉を鳴らすと「諸君!」とエミーリォは大声を出した。施設内にいる全員の視線が向けられる。


「作戦を決行する。まずは亜人街の住民を西地区から出す。南地区まで連れていけばラビット・パイが保護してくれる手筈になっておる。以降は用意された魔力増幅装置を指定位置に設置する。最後の一個については大丈夫なんだな、ゾディアック」


 頷きを返す。セロの名前は伏せておく。


「ただ、急ごしらえの”装置”だ。これから動作を確認する」


 ブランドンが助け舟を出した。口が上手いと思っていると、エミーリォは再び施設内を見渡す。


「ガギエルが出現した後はゾディアックを主力としたパーティが亜人街を奔走する。他のガーディアン並びに亜人たちは結界内、外で待機じゃ。内側の面子は結界からなるべく近い場所におった方がいい。ガギエルの攻撃はゾディアックたちが引き受けるとはいえ、流れ弾に当たったらお陀仏じゃ」

「何故内外に必要なのですか?」


 若い男の声が聞こえた。エミーリォはそちらを見て言った。


「ガギエルは水や氷を出すだけではない。空気中にある魔力を媒介として、限りなく精霊(エレメント)に近いモンスターを生み出す力を持っておる。そいつらが結界を壊しに来るかもしれん。それを迎撃して欲しいのじゃ」

「結界が破られた場合は?」


 くぐもった声が聞こえた。重厚な鎧を装備した女騎士が集団の中から声をあげた。


「その場合についても考えておる。もっとも、結界が破られる前にゾディアックたちが仕留める手筈ではある」

「それで、無理だった場合は」

「西地区全域が戦闘区域になる。それも見越してガーディアンと亜人の連合部隊を城壁上に待機させておく。そこから魔法並びに大砲を使って対処する。言っておくが、凄まじく寒い。待機中に凍傷になるなよ」

「大砲なんて焼け石に水では……」


 女性は言ってから気付く。そこまで行ったら、この作戦は失敗していると同義なのだということを。

 それをあまり悟られないように、エミーリォが気休めにしかならない打開策を述べていたことを。


「承知いたしました。力を合わせ、ガギエルを撃退しましょう」


 女性騎士の一声に、ガーディアンたちの士気が高揚した。

 そして、入れ替わるようにブランドンがエミーリォの隣に立った。


「亜人の皆も、どうか協力してくれ。この作戦の間だけでいい。今だけはしがらみを無くし、恨みもなく、ガーディアンと協力してくれ。いいか。もし失敗したら、文句を言うことも恨むこともできなくなる氷像になり、砕け散る。肝に銘じろ」


 懇願気味だったのは最初だけで、最後は命令口調になっていた。亜人たちは声をあげその令に応える。その時、セントラルの入口からベルクートとラズィが姿を見せた。


「さて」


 一通り共有が済んだところでエミーリォはゾディアックを見上げた。


「それじゃあこの国のガーディアン代表として一言頂こうかの」

「……え、俺?」

「他に誰がおる。仲間たちの士気を上げるためには総大将の一声が一番なんじゃよ。ほら、なんでもいいから」

「えっと……」


 声を出すまでの間、全員の視線が突き刺さるようであった。誰もが真剣だった。


「……明日に備えて、今日は早く寝ましょう」

「バカかお前は!!」


 エミーリォがゾディアックの脛を蹴った。具足があるせいで鈍い金属音が響く。

 同時にセントラル内に笑い声が上がった。緊迫した空気が弛緩していく。近くにいた仲間は苦笑いを浮かべていたり、呆れたように肩をすくめている。


「お前はもう少し気の利いた事言えんのか……」

「ご、ごめん。これが限界」

「やり直せ。希望に繋がるようなことを言え」

「えっと、それじゃあ」


 ゾディアックはチラとマルコを見て、口を開く。


「今度、俺と仲間たちで店を開く。甘味処なんだが、ぜひ食べに来て欲しい」


 堂々とした物言いだった。

 一瞬の沈黙が流れ、破ったのはベルクートの口笛だった。


「いい宣伝だぜ、大将!」

「いやこのタイミングで言うことかぁ!?」


 フォックスが声をあげると再びセントラル内が賑わった。驚きの声が半分と笑い声が半分。そして口を開けて固まるエミーリォがひとり。

 ガーディアンたちが一斉に動き出し、ゾディアックに詰め寄る。特に女性のガーディアンが多い。


「ゾディアックさん、本当にお店開くんですか!?」

「私たち通っちゃいますよ!」

「ゲテモノ料理店ですか!?」

「いや、その……お、お菓子と言いますか」

「お菓子だって!!」


 変な歓声が上がる。遠くから野太い声で「不味いの出したら暴れてやんぞぉ!」という声が聞こえた。

 これからドラゴンと戦うと言うのに、死ぬかもしれない戦いに挑むというのに、和気藹々とした雰囲気が漂い始めてしまった。


「やれやれ」


 エミーリォは呆れて座ってしまう。死ぬまで馬鹿騒ぎしていればいい。

 だがまぁこちらの方がウチらしいか、と口許を緩めたのだった。




★★★




「あの、ゾディアックさん」


 ようやく質問攻めから解放され、近くの椅子に腰を下ろしていた時だった。ゾディアックは顔を前に向けると、カルミンが立っていた。表情から謝罪の念が伺える。

 案の定、カルミンは頭を下げた。


「本当に申し訳ございません。私の父が、いえ、私がダメなばかりにゾディアックさんや皆さんに迷惑をかけてしまい」


 エイデンの発言を気にしているのだろう。真面目な彼女らしい謝罪だった。


「先だってエミーリォさんには謝っております。謝罪が遅れてしまい」

「待って」


 無理やり割り込むと、眉を下げたカルミンが顔を上げる。


「君が謝る必要性はない。それにエイデンさんに謝って欲しいわけでもない」

「でも」

「あの人の言っていたことは、間違いじゃない。俺のせいでこの事件は長引いているのは事実だ。ケジメを付けて来いという話しも理解できる」

「だからって、ゾディアックさんや仲間の皆さんに迷惑を」

「この街を救う。目的がこれなら、それまでの間にどんなことがあっても構わない」


 ゾディアックは兜の下で笑みを浮かべる。この顔がカルミンに届いたかはわからない。


「けど、そのためにはみんなの力が必要だ。もちろん、君の力も。ビオレの親友として、そしてガーディアンとして、力を貸してくれ」


 そう言って頭を下げる。

 ゾディアックの優しい言葉と態度に、カルミンは目尻に涙を溜めて「はい」と返事をした。

 その様子を見ていたミカがフォックスを後ろから抱きしめながら頬を膨らませる。


「私だってビオレの友人なのに~」

「わかったから離れてくれよ」

「いいじゃん! 減るもんじゃないし~」

「はぁ……まぁいいけどさ」

「モフモフ!」

「だから耳に指突っ込むのやめろぉ!!」


 フォックスが吠えた。

 受付の前に立っていたマルコにもその声が届き、びくりと肩が上がる。


「大変だなぁ、フォックス君」

「お前も大変だぞ、これから」


 受付カウンターに両肘をついたレミィがニヤニヤとマルコを見上げる。


「店が始まったら大忙しだ。メニューの数は充分か?」

「ええ。それに関しては問題ないですよ。レミィさん、給仕はお願いしますね」

「いきなりコキ使うつもりかよ」

「はい。メイド姿のレミィさん見るの、楽しみです」

「ハハハ! ほざいてろ。見惚れて変な物作ったら目ン玉潰してやっからな」


 レミィは中指を立てて言った。

 そんな会話を尻目に、窓から氷の球体を見つめていたベルクートは煙草を吹かす。


「気になりますか~? あの球体が」


 ラズィが近づくと、口角が上がった。


「今、気になるのはラズィちゃんの喋り方さ」

「……ふざけてない方がいい?」

「いいや。間延びしている方が俺としては好みだ。癒し系だし」

「癒し系って~。オジサンですねぇ~」

「どことなくアホッぽいのがいいよな」

「アホって言うな!」


 ベルクートが煙草を口から離してラズィを見つめる。顔の半分が焼けている眼帯の美人。

 これが自分の好みの女性だと思うと、頬が緩む。こんなボロボロなのに美人の片鱗は隠せていない。


「……何笑っているんですか~?」

「いや、美人だなと思ってよ」

「馬鹿にしてます?」

「本気だ」


 ラズィの目が丸くなる。


「本気だよ」

「え、う……」

「ラズィちゃん。あのさ、あのガギエルとかいう奴とよくわからねぇ女ぶっ飛ばしたら……」


 言いながらベルクートは窓の外に目を向けた。ふとした動作だった。気恥ずかしさから視線を逸らしただけだった。

 当然、視界に球体が映る。その時。


 球体に大きなヒビが入るのが見えた。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いしますー!

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