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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
250/264

「The Twenty-Five」

 雨はいつの間にか白い雪に変わっており、風は急に荒ぶり始めた。

 エルメ団長の許可を得て、外の馬車に待機していた仲間たちが家の中に入る。


「うぇぇえ! さみぃさみぃ!」


 フォックスがどたどたと足踏みしながら両手で体を摩る。隣にいたマルコも歯を揺らしていた。


「一気に、気温が下がりましたね」

「他のみんなは? 寒くないか?」


 ゾディアックが仲間たちを見る。比較的全員元気そうではあったが、ビオレの顔色が悪かった。今にも倒れそうなほど、ゆらゆらと、小さく揺れ動いている。

 横にいたロゼが、心配そうに体を支える。


「ビオレ、大丈夫ですか?」

「うぅん、ちょっと、駄目かも。寒さが駄目なんじゃないんだ。この、風が気持ち悪すぎて」

「む? まさかその耳長」


 エルメ団長はビオレに近づき、グレイス族特有の長く尖った耳を確認すると嬉しそうに髪をかき上げた。


「同胞ではないか! 吾輩嬉しいぞ! この国に来てからあまり外に出ていないからな。久しぶりに会った気がする」


 見た目が子供ではあるが喋り方が尊大であることの理由が、ここではっきりとした。

 同時にわかったことがある。ウェイグが亜人を差別的に見なくなった原因は彼女にあるのだろう。


「命の恩人が、亜人だったのか」


 ゾディアックが小声で聞くと、ウェイグは小さく頷いた。


「団長。これからすぐ作業に取り掛かってくれ」

「それは構わんが、お前とガーディアンたちはどうするのだ?」

「……行くところができた。この先にある、北地区との連絡橋付近に建てられている建物だ」

「ほほう……そこにあるのか? 魔力増幅装置の代わりとなる武器とやらが」


 ゾディアックが頷くと、エルメは部屋の隅に積んであった箱を物色し始めた。


「あそこに行くなら大人数でぞろぞろ行くのは避けた方がいいぞ。こんな状況だから、騒ぎになったら中には入れなくなる。力尽くは嫌いだろ」

「……ここで何人か匿ってもらえるか?」

「おう。構わん構わん。国を救ってくれる英雄の頼みならいくらでも聞くぞ」


 ビッと、小さな人差し指が突きつけられた。


「その代わり、負けたら身ぐるみ全部おいてでも、私たちの手間賃払ってもらうからな」


 小さくともその威圧は本物だった。

 ゾディアックは礼を言って、面子を選び始めた。




★★★




 サフィリア宝城都市内の各区画を繋ぐ道は、通常の舗装された道、橋、そして地下道だ。だが東地区から直接北地区へ向かうルートは全て橋で統一されている。連日の悪天候の影響で橋の下を通る川が増水していたと言われていたが、どうやらそれは一部だけだったらしい。ゾディアックが目的の橋に着くと、そこだけは通行止めにされていなかった。

 目的地は北地区側に橋を渡ったすぐ先にある、犯罪者用医療施設である。


「みんな置いてきて大丈夫かな」


 荷台にいたフォックスが、馭者を担うゾディアックに話しかけた。

 馬車はすでに橋を進んでいる。ゾディアックは吹雪に覆われている正面を見据えながら答えた。


「大丈夫だ。エルメ団長の魔力が探知できなくなる装置がどれほど高性能か確証は持てないが、そんな酷い物を勧めてくることはないだろう」

「まぁ確かに自信満々だったけどよ」

「団長の腕は確かだ。あの謎の女だって出し抜ける、凄い技師さ」


 壁に背を預けて片膝を立てているウェイグが言った。


「それにいざとなったらロゼとブランドンがいる。戦闘になったらあの両名が活躍してくれるだろ」

「ロゼちゃんそんな強いのか? 大将」


 レミィとベルクートの声が聞こえた。


「ああ。ロゼは強いよ。俺くらいには」


 ベルクートの質問に答えると、小さく「マジでディアブロ族ってすげぇんだな」と聞こえてきた。

 橋を渡り終えるとすぐに建物が見えた。立派な正門の奥には黒塗りの建物が見える。相当なデカさではあるが、富裕層が住む街の中にあるには些か地味で重々しい外観だった。まるで黒塗りの箱のような施設である。

 その正門に、見知った顔が見えた。傘を差している背広姿だ。


「エイデン……」


 小さな呟きが聞こえたかのように、門番と話していたエイデンは後ろを向いた。

 視線が合った気がした。ゾディアックは馬車を止めて降りる。仲間たちが降車するのを待たず、会話できる距離までエイデンに近づく。


「よく出会う気がするな、ゾディアック。エミーリォ聞いていた話とは全然違うガーディアンだ」

「話?」

「引っ込み思案で人見知りで、コミュニケーション能力に欠けている最強の騎士。どこかへ遊び歩くこともない真面目な男……そう聞いていたんだが、どうやら中々に行動力があるらしい」

「……それはどうも」

「褒めてはいない。鬱陶しいだけなのだよ」


 やはりこのエイデンという男は、ガーディアンを快く思っていないらしい。理由を聞いてもみたいが、今はそれどころではない。


「よぉ、兵士長」


 ゾディアックの後ろからベルクートが姿を見せた。


「うちの大将に何か用か?」

「それはこっちのセリフだ。何の用でここに来た。この状況で囚人に会うつもりか」

「そうだ」


 間髪入れずに答えると、エイデンは眉をひそめた。


「何を言っている」

「ある囚人と話がしたい。というよりも、持っていた物が欲しいと言った方がいい。それがないとガギエルと有利に戦えない」


 真剣な声色のゾディアックに対し、懐疑的な視線を送り続ける。難色を示しており、それ以上口を開かなかった。


「なぁ、エイデンさんよ。おたくら、この施設にいる囚人はどうするつもりなわけ?」

「なに?」


 突然の質問に顔を歪めながらベルクートを見た。


「どうせこの混乱に乗じて放置するつもりだろ。出すわけないわな。出すつもりならここで大将を止める必要性がない。囚人に合わせる代わりに大将に手伝ってもらう、っていう手段をあんたなら取るはずだからな」


 エイデンの思考を完全に読み取っていた。相手の表情は変わらないが、その沈黙は応えに等しい。

 ベルクートが鋭い目つきになる。


「どうせ殺すなら、死ぬ前に会わせてくれよ。本来の目的は囚人が持っていた武器だ」

「武器……? お前らまさか、あいつと出会うつもりか」


 ゾディアックが頷く。エイデンはゾディアックの後方に目を向けた。

 フォックスとレミィという亜人が近づいてくるのを見て、ますます警戒心を強めた。




★★★




 凶悪な犯罪者は逃げづらく自殺を差せない場所として、地下3階に収容している。本来は5階まであるのだが、どうやら”満室”らしい。

 昇降機などはなく階段を降り、鉄製の大型扉が複数並ぶ廊下を歩く。掃除は行き届いているようだが、何とも殺風景な白の景色が広がっていた。白い壁の間にそびえたつ灰色の扉は不気味ですらある。

 4つめの扉の前で止まったエイデンは扉に手を添え魔力(ヴェーナ)を流す。


「中に目的の囚人がいる。名前を聞いたところセロという名らしい。怪我は治っていてコミュニケーションは取れるだろうが、自殺と抵抗防止のため拘束状態にある。面会は30分だ。それ以上は許さない」


 ゾディアックが了承すると扉が開いた。

 中に入るとテーブルが中央に置かれてあるだけの部屋が広がった。

 そしてテーブルの後ろには、両手両足を鉄製の縄で縛られ、黒い布で目隠しをされて座らされている、あの男の姿があった。口にも鉄製の棒を咥えられている。

 以前、亜人を攫っていた異世界人(ビヨンド)、セロだ。一度”魔法銃”と呼ばれる凶悪な武器を使っていたが、フォックスによって倒されたはずの大罪人である。

 フォックスは腸が煮えくり返る思いをグッと堪え、セロに近づく。そして目隠しを外した。


「よぉ」


 セロの目が数回瞬きされ、ゆっくりとフォックスの方に向けられた。

 リアクションは薄い。だが、微かに目を見開いている。


「俺のこと覚えているか?」


 セロはコクリと頷いた。


「悪いけど、お前と話しているとマジで腹立ってしょうがねぇんだわ。手短に目的だけ話す。お前の使っていた武器はどこにある」

「ここだ」


 質問の答えは意外な方から聞こえてきた。

 発言したのはウェイグだった。ひとり、集団から離れ、壁に立てかけられたある物を見ていた。

 それはフォックスを苦しめた、天候すら操作する魔力増幅装置、魔法銃だった。


「なんだよ、あるじゃねぇか。それ持ってこうぜ」

「……いや、駄目だ」


 ウェイグは頭を振った。


「どうしてだ」


 レミィが聞いた。


「ベルクート。銃に詳しいあんたならわかるだろ。銃っていうのは、誰でも使える最高の武器だ」

「それがどうした?」

「これはそうじゃない。特定の人物だけが操作できるように設定されてやがる。復元したのはエイデン、あんたか?」

「私ではない。が、この国の技師たちが直した。”形だけ”だがな」


 ウェイグは魔法銃に指を触れた。ピクリと眉を動かす。


「ゾディアック。このままじゃ、これはただの鉄くずだ」

「……まさか動かすなら」

「ああ。使うとなるとその男……セロだったか? そいつの協力が必要になる。つまり悪人の手を借りるしかないぞ」


 全員の視線が一斉にセロに注がれる。

 セロは状況を理解できていない。ドラゴンが登場したことなど知る由もない。

 だが雰囲気と会話から、自分の生きる術が見つかったと悟ったのだろう。目元が緩んでいた。


「チッ……このガキ」


 舌打ちしたレミィがセロに近づき、そのまま腹めがけて前蹴りを放った。腹部に深く突き刺さった蹴りはそのまま振り抜かれ、椅子に座っていたセロは激しい音を立て倒れ込んだ。

 フォックスが目を丸くする。


「ちょっとレミィさん!?」

「このクズ、今笑いやがった。こいつ使うなら両手両足折ってからにしておこうぜ」

「レミィちゃんちょっと考えが野蛮すぎるぜ」


 フォックスとベルクートが暴走しているレミィをなだめる。それを尻目に、ゾディアックは思案していた。

 もう時間がない。これから新しい策は思いついても実行できない。

 エイデンを見た。相手は何を聞かれるかわかったのだろう。呆れたように頭を振った。


「……駄目だと答えておこうか」

「悪いが許可してもらう。最悪力尽くでも認めてもらう。セロの身柄をこちらに渡せ」

「身柄を渡すだけならまだ検討できる。しかし武器を持たせるだろう。罪人に」

「そうだ。不祥事が起こりそうだったら俺がこの手を汚す」


 そう言ってセロを見た。あまりにも威圧的なゾディアックに、ほくそ笑んでいたセロは顔を伏せた。

 エイデンが鼻で笑った。


「どんどん追い込まれていっているな」

「何?」

「なりふり構っていられないというか、必死というか。いいのか? その男まで取り逃したら、お前が新しい罪人になるぞ」

「そうか。随分と呑気だな、あんたは」


 にやけ面だったエイデンの表情が崩れる。


「この作戦が失敗したら国は無くなる。俺を罪人にする意味も時間も暇も、無くなるぞ」




★★★




「よろしいのですか?」


 白銀の鎧に身を包んだ兵士は、遠くなっていく馬車の姿を見つめながら聞いた。

 隣にいたエイデンは傘を差して、冷めきった表情で答えた。


「仕事としては駄目だろうが、個人的にはいいと思っている」

「と、言いますと?」

「ゾディアックたちはなりふり構わずドラゴンを倒そうとしている。死んでも倒すという鬼気迫るものを感じた。だから連れ出すのを許可したのさ。死ぬことすら恐れていない」


 エイデンが口角を上げた。


「犯罪者連中と一緒にガーディアンが死んでくれれば、こちらとしても万々歳さ。その時は是非ともガギエルを倒しているか、あともう少しで殺せるまで痛めつけておいて欲しいものだ」


 あまりにも冷たい、嘲笑混じりの言葉だった。


「酷いことを言いますね」


 兵士は恐怖を感じながら、なるべくエイデンを見ずに言った。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いしますー!

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