第24話「転移」
セントラルから出たゾディアックは、いつもの場所に向かう。
そして路地に入り込んだと同時に、しゃがみ込んだ。
「お、おい、どうした!?」
ベルが心配そうに肩に手を置くと、ゾディアックは大きなため息をついた。
「き、緊張した……」
「……お前本当会話苦手なんだな」
ベルが口角を上げて肩をポンポンと叩く。ラズィがその様子を見て、クスクスと笑う。
「シャキッとしろ! 絵面が面白いから放置したい気持ちはあるが、今はドラゴンだろ? ほら、あの子も見てるぞ」
ベルの励ましを受け、ゾディアックは立ち上がると、不安な様子のビオレに視線を向ける。
「……さっきはああ言ってしまったが……大丈夫か?」
「う、あ、はい! 行きます! ラミエルを救いに……」
力強い声でビオレは返事をした。ゾディアックは頷き、ベルに視線を戻す。
「ベル。力を貸してくれ」
「あー。やっとわかった。だから昨日、「装備も取り扱っているか?」って聞いてきたのか」
「……あるか?」
ベルは眉を上げた。
「舐めてもらっちゃ困るぜ」
★★★
4人はベルが住んでいるという東地区に来た。
案内された場所は住宅街からは少し離れたところにある寂れた倉庫だった。
「……ここに住んでいるのか?」
「そんな哀れむような眼で見るなよゾディアック」
「別に見てないが」
ベルは鼻で笑い、重厚な扉にある鍵穴に鍵をさす。魔力を必要としない開閉形式とは、随分アナログなものだ。
「以前はちゃんとした家に住んでたんだぜ?」
「じゃあどうしてこっちに住んでるんですかー?」
ラズィの言葉を聞いて、ベルは視線を地面に向ける。
「……酒飲み過ぎてお財布すられちゃって、家賃払えなくなって、追い出されちゃった」
「ダメ人間じゃないですかー!!」
「ダ、ダメじゃねぇし!!」
言い返しながら扉を開けると、そこは外見とは裏腹に、清潔な空間が広がっていた。
リビングやキッチンというものはないが、ソファやテーブル、冷蔵庫が置かれているため、生活空間は整っているように見える。ただ、倉庫時代の名残か、馬車の廃材が隅に積んである。
そして、倉庫内に無数にある木箱や樽、チェスト、大きめの布袋、むき出しの武具の類が目を引く。
ビオレは無数の商品の数々を見て、目を輝かせ感嘆の声を上げた。
「ようこそ俺の城へ。好きなだけ見ていってくれ。盗むのだけは勘弁な」
ゾディアックは頷き、まっすぐ武器が置いてある場所へ向かう。ビオレもそれに続いた。
そして、銀細工が施された弓と矢筒を手に取り、ビオレに渡す。
「これを」
全体に銀の装飾が施されている。矢筒に入っている大量の矢も、銀色に鈍く光っている。
銀は邪な物を寄せ付けない効果を持っている。ゴブリンやコボルトといった雑魚相手なら、充分過ぎるほどの武器だ。
「護身用だ。使うことはないと思うが」
「弓でいいんですか~?」
「……ビオレの指を見ればわかる。親指の根元に傷跡がある。傷跡が残るほど、弓を撃ち続けた証拠だ」
早口で言うと、ゾディアックはラズィから視線を切った。よく知らない女性相手にここまで喋れた自分を内心褒める。
それからゾディアックは、弓術士用の黒いマントと群青色のガントレットを手に取る。すべて銀細工だ。
「迷うことなく選んでいきますね~……」
「あいつ、買い物で迷わないタイプだな」
少し離れたところで、ふたりは騎士と少女を見守っていた。
「装備してくれ」
ゾディアックが装備を渡す。ビオレは首を横に振る。
「こ、こんなに受け取れな」
「装備するんだ。死ぬぞ」
ゾディアックは語気を強めて言った。
本当にドラゴンと戦うとなると、ビオレも無事である保証はない。守ると誓っているが、万が一ということもある。こんな装備は焼け石に水であるが、何も装備していないよりはマシである。
ビオレは渋々といった顔で装備を身に着けていく。が、ガントレットの部分でまごつく。
「あ、あれ」
「手伝いますよー」
ラズィが近づき、こなれた手つきでビオレに防具を装備していく。
「他には?」
ベルがビオレを見ながらゾディアックに聞いた。
「……ブーツ」
「あー、悪いが軽い物しかないぞ。下半身用の銀装飾防具はあいにく置いてねぇ」
「……なら、これでいい」
ゾディアックは動きやすいレザーブーツを手に取った。
「代金は」
「わぁってるって。報酬から貰うよ。その代わり死んだらお前から財布奪うからな、俺」
ベルは軽くそう言った。彼なりの冗談だろう。
「よし、できました~」
ラズィがビオレの姿を両手で示す。
「じゃじゃ~ん」
ビオレは困惑した様子で、自分の姿を確認する。初めて持つガーディアンの武器と防具を重く感じ、防具の締め付けのせいで不快だ、と言わんばかりに表情を歪める。
「お、重いです……」
「じきに慣れる」
そう言ってゾディアックはビオレの前で膝を折り、視線を合わせる。
「ラミエルに会いに行こう」
「は、はい」
「で、どうやって行くんだ?」
「転移魔法を使う」
ベルが笑った。
「だから、ポイントは全部潰れて――」
「行けるんだよ」
ゾディアックは言った。
冗談ではない力強い言葉に、ベルとラズィは顔を見合わせ、ゾディアックに近づく。
「ビオレ。昨日、話をしてくれただろ」
ゾディアックはビオレに手を差し伸べた。
「握って目を閉じて。思い浮かべるんだ。君の、村のことを」
ビオレはゾディアックを見て、おずおずと手を重ね、頭の中に故郷を描く。
緑豊かな場所だった。小さくとも、素敵な村だった。
「そのまま思い描いて」
「おやおや~? なるほどー……ベルさん。ゾディアックさんの体に触れておきましょう」
「お、こうか?」
ふたりはそれぞれゾディアックの肩に触れる。
ビオレは集中して、故郷のことを思い出し続ける。住民の顔が、浮かんでくる。村の衛士、いつも野菜をくれる近所のおじさん、勉学を教えてくれた先生に、友達、修行仲間。
そして父の顔。なぜか浮かんでくるのはいつもの仏頂面ではなく、優しく、照れくさそうに微笑んでいた。
刹那、目を閉じていてもわかるほど白い輝きを感じ、優しい風と懐かしい匂いを感じ取る。
ビオレは目を開け、驚きの声を上げた。
周囲の景色が、一瞬で変わっていたからだ。
「ここって」
「……君の、村だ」
「どうやって、来たの?」
「転移魔法だ……少し、特殊なことしたが。あと、無理やり飛んだせいで、少しだけ時間が経過している。ただ……」
ゾディアックは口を噤んだ。
「おお。マジか。すげぇ。ポイント無しで飛んだのかよ。いったいどういう」
声高にはしゃぐベルの口を、ラズィの小さい手が塞いだ。ベルは一瞬驚いたが、周りの景色を見て理解する。
ビオレは、目を見開いて故郷の様子を見た。目の前には、灰になった自分の村の光景が広がっていた。家はすべて炭にされ、全体が黒く染まり、まるで巨大なクレーターができているようだった。
「……お父さん」
ビオレはおぼつかない足取りでクレーターの中に足を踏み入れる。
何もない。焦げと灰に染まった世界が広がっている。
「先生、おじさん、みんな」
返事をする者は、誰もいない。
誰も、いない。
信じたくなかった。誰かひとりくらい、生き残りがいると思っていた。だがその希望は、泡となって消えた。
ビオレは膝を折り、顔を両手で押さえて肩を揺らした。