「The Twenty-Three」
アウトローとしての最初の仕事は、キャラバンを襲うことだった。アウトローにとってそれは簡単な仕事、ガーディアンで例えるなら、スライムを狩るようなものだ。
襲い始め、キャラバンガードナーは仲間に任せ、ウェイグは積荷だけを運び出そうとした。
だが荷台には一般客が乗っていた。老人と、骨のように痩せ細った若い女性だった。
「お、お願いします、助けてください」
薄暗い荷台の中で、老人は弱々しく頭を下げて言った。まるで呪詛のようだった。末恐ろしくなったため見逃そうとも思った。
だがその時、ウェイグは老人が背中に何かを隠しているのが見えた。
ミスリルだった。魔力の結晶。それもかなりの大きさであり、売れば大金になるのが目に見えていた。小石程度でも並の宝石と同等の価値があるそれを見た瞬間、ウェイグは老人の顔面を蹴り飛ばしミスリルを奪った。
そのツケだろうか。
「オラァ!!」
怒号に近い気合の声。同時に頬にめり込む靴で現実に引き戻された。
靴を履いてのトーキックだった。避けることもいなすこともできず、ウェイグは奥歯が砕けたことを理解した。
椅子に座らされ、後ろ手に縄で縛られていた。脚も鉄製の縄で解けそうにない。滴り落ちる鼻血をボーっと見つめ続ける。
「最初から怪しいとは思ってたんだよね、あんた」
フリストは煙草を吸いながらウェイグの前に立つ。
「素性を調べたら、すぐにわかったよ。あんた、タンザナイトのガーディアンの任務報酬を奪おうとした寄生職だったんだね」
「……」
「まぁ亜人を差別的に扱うのは別に否定しないし、野心は買うよ。けど組織に対する裏切りはね~」
「……アウトローがなに説教してやがる」
「少なくとも俺らは規約を破っていない。ちゃんとルールを守っている。ガーディアンの時だった頃もね。ここにいる面子は、みんなパーティに裏切られた者たちばかりなのさ」
ウェイグは顔を上げた。5人全員、ゴミを見るような目つきで見下ろしている。
「だからあんたのことは信用できなくなった」
「ま……待てよ。今はガーディアンじゃねぇ。過去のことは」
「裏切った過去は取り消せない。一度人を、組織を裏切った人間は、何度でも裏切る」
フリストは腰から鉄製の何かを取り出した。銃だ。ハンドガンという種類だったはず。
銃口が眉間に突きつけられる。
「こんな稼業だ。不安因子はなるべく削除しておきたい」
引き金に指がかかる。その瞬間、後方から扉が開けらえる音が聞こえた。
「ウェイグ!!」
その声を聞いた瞬間、ウェイグは目を見開いた。
メ―シェルの声だった。なぜここにいるんだ。
「誰だてめぇ!」
男の一人が声を荒げた。メ―シェルはそれを無視し、ウェイグに近づくと背を向けてフリストと向き合った。
「お願いします、これ以上彼を傷つけないで」
「おっと……」
フリストは一歩下がって銃口を下ろした。
「落ち着いて、お嬢さん。俺らは血も涙もないけど、特に恨みも不安もない人間を傷つけない主義なんだ」
「じゃあ、私の顔に免じて彼を許して」
「それはちょっと話が違うな。その人は殺しておいた方が君の為でもあると思うけど」
「お金なら、可能な限り払います。私にできることならなんでもします」
男の一人が噴き出した。その台詞は交渉材料ではない。”なぶられる”だけだ。
ウェイグは諦めたように頭を振った。
「メ―シェル、頼む……お前は来ないで、このまま逃げてくれ」
「やだよ! だって」
「頼む。お前はこんな連中と接しなくていい。クズと向き合うのは、クズだけでいい」
フリストが鼻で笑った。
「やっぱり気が合いますね」
再び銃口を向ける。だが、メ―シェルが両手を広げて立ちふさがる。睨み合い、膠着上体となる。
先に動いたのはフリストだった。銃口を上に向け、引き金から指を話す。
「わかったわかった。あんたの覚悟に免じて、ウェイグさんにはあることをしてもらおうか」
フリストは男の一人に指示を出した。男は驚いていたが、渋々といった様子で外に行き、しばらくして戻ってきた。手には緑色の液体が入った瓶を持っている。
「これを飲んでくれる?」
瓶が差し出される。見たこともない飲み物だった。
「なんだ、これは」
「飲めばわかる。ただこちらとしても効果をちょっと疑問視していてね。誰かが実験体にならないといけなかったんだ」
つまり効果的には決していい物ではないということだ。仮にどんな傷でも治す薬だとしても、失敗するリスクが高い代物なのだろう。
メ―シェルが不安げな表情でウェイグを見ていた。拒否すればメ―シェルは魔法を使ってでも助けるだろう。
だがこれ以上、惚れた女の前で情けない姿を見せたくなかった。
「開けろ。俺が飲む」
「そうこなくては」
フリストは瓶の蓋を開けるとウェイグの口に押し込んだ。中の液体が一気に体内に入る。
味も刺激もなかった。ただ水が胃に流れ落ちたようだった。
「これがなんだって……」
次の瞬間。
右腕と右足に衝撃が走った。激しい電流が渦巻いているようだ。今にも内側からはじけ飛びそうになる。
ウェイグは絶叫した。あまりの痛みに身をよじり首を激しく振る。メ―シェルが何かを叫んでいるが聞こえなかった。
そして「バツン」という、何かが弾け飛ぶ音が聞こえた。
数秒か、それとも数分か。ウェイグにとっては数十分ほど長く感じた痛みの時間は徐々に緩和され、ようやく痛みがなくなったと同時にぐったりと首を垂れた。
「なるほど……そうなるのか」
フリストの声が聞こえたと同時に、ウェイグは意識を手放した。
★★★
重い瞼を開けるとメ―シェルが泣きながら見つめていた。
「ウェイグ!」
「……生きてるのか、俺は」
安堵のため息を吐く。何とか命だけは助かった。涙が零れ落ちそうだった。
なぜ生きているのか疑問に思い、痛みのことを思い出す。右腕は大丈夫だろうかと思い、腕を上げる。
視界に映ったのは、毛深い腕だった。
「……え」
指を動かす。肘を曲げる。その右腕は間違いなく自分の腕だった。
紛れもない狼のような腕。ガネグ族の手。
それは間違いなく。
「何だこれはぁああああああ!!!」
ウェイグの絶叫が木霊した。メ―シェルが落ち着けようとウェイグを抱きしめる。
「落ち着いて! ウェイグ!! お願い!!」
落ち着けるわけなく、男の声が廃墟に轟く。しかし痛めつけられたせいか、しばらくして体は動かなくなった。
「……あの人たちが言ってた。さっき飲んだ薬は、人間を亜人に変身させる薬だって。本当なのかどうか、確かめたかったって」
メ―シェルの言葉は頭に入ってこない。ウェイグは力なくため息を吐き、静かにすすり泣いた。
惨めだ。それ以外の言葉が見つからない。亜人のことを毛嫌いしていたら、亜人に出し抜かれ、ガーディアンとしての誇りを捨てアウトローに身を落とし、最終的には自分の嫌いな存在になるとは。
「ただ、右腕と右足が不自然に獣になっているから……これからどうなるかわからない」
メ―シェルは泣きながら報告してくれた。だがもう何も言えなかった。
「殺せ」
もうそれ以外、何もいらなかった。
「殺してくれ」
俺がいなければメ―シェルはもっと幸せになっただろうに。
ウェイグは心の中で詫びて、疲れ切った体を休めるために瞼を閉じた。
その時だ。廃墟の扉が開いた。またフリストが帰ってきたのかと思ったが、違った。
「団長! やっぱり気のせいじゃなかったすよ!」
「なんだ、本当に怪我人がいるではないか! 人命救助は吾輩の得意分野ぞ!」
賑やかな声だった。二人分の足音が近づき、メ―シェルとウェイグを交互に見る。ウェイグは細めて相手を確認した。
片方は髑髏の刺繡が入ったハットを被る、緑髪の少女。もう片方は真っ赤な口紅が特徴的な、茶髪の男性だった。どちらも若く見える。少女の方は恐らく10歳かそこらではないか。
「む、これは……」
「団長。「獣化の秘薬」っすよ。これ」
「亜人をただの獣にする処刑薬か!?」
団長と呼ばれた少女が目を丸くし、ウェイグを見る。
「まさか、お主飲んだのか!? 人間なのに!?」
「自殺行為っすよ~。まぁ飲んだのか、飲まされたのか知らないっすけど」
男はしゃがんでウェイグの右腕を掴む。
「ん~。進行は止まってるっぽいっすけど。これ、また浸食するっすよ。脳味噌まで言ったら本当にワンちゃんになっちゃうっすね」
「と、なると……助ける方法はあれしかないのぉ。ちょうどいい、こちらも人手不足よ」
団長は帽子を取りメ―シェルに目を向けると、ニカっと笑う。
「どうする? 吾輩について来れば、その”半獣”を助けるぞ?」
ウェイグは断ろうとした。だが声が出なかった。
代わりにメ―シェルが、大きく頷いた。
★★★
馬車の荷台に乗らされたウェイグは布を被せられた。メ―シェルが隣にいるのを感じる。
生きる活力を亡失した瞳で虚空を見つめる。なぜ殺してくれないのだろう。
絶望しながらも馬車は動き続ける。それからしばらくした後。
「さて、モンスターの数にもよるが、明日までにはサフィリア宝城都市につきたいなぁ」
ウェイグたちの前で地図を広げていた団長は腕を組んでいった。
「えっ!?」
メ―シェルが大きな声をあげた。団長の方が大きく上がり、ハットがずれる。
「なに!? 吾輩変なこと言ったか!?」
「さ、サフィリアに行くの!? 待って! それは……」
「ふむ、事情があるようだが、お主らに拒否権はないぞ!」
「そうですよ~。団長の命令は絶対。逆らったら下ろしますよ」
メ―シェルは言い返そうと口を開いたが、ウェイグを助けるために押し黙るしかなかった。
「それでよろしい。さてさて……」
団長は再び地図を睨み始めた。
「おい!! 何だあれ!!」
その時だった。急に馬車が止まり、団長が悲鳴を上げて荷台を転がる。メ―シェルはウェイグを支えた。
明かりであるランタンが転がり、地図がずれ、荷物がぐちゃぐちゃになる。
「あぁあ!! もう!」
団長は怒りの声を上げ、荷台の中を歩き、馭者の背中を掴む。
「なぜ急に止まるのだ!?」
茶髪の男は荷台から手を伸ばしている団長に目を向ける。それからしばらく二人が話していると。
「あれっすよ! あれ!!」
馭者が夜空に向かって指さす。
見ると、緑色に輝く光が、天を舞っていた。
「すっげぇ~。なんすかあれ」
「おお……初めて見た気候だ!! 写真を撮るしかあるまい!」
団長はパッと顔を明るくし、荷台に戻るとアンバーシェルを探す。
その際、ウェイグとメ―シェルに視線を向ける。
「見たらどうだ。半獣。あんなめずらしいもの、生きているうちに二度も見れんぞよ!!」
そう言って外に出た。
荷台にいた半獣は、ゆっくりと起き上がり、その後を追うように荷台から降りた。
そして、空を見上げる。
「……」
ウェイグの荒んだ心に、その美しい光景は、すっと入り込んできた。
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