「The Twenty-Two」
「ウェイグ、大丈夫か」
馬車に乗ったウェイグは激しい呼吸を繰り返していた。体の一部が欠損しているためか、歩き続けるだけで体力を多く消耗しているのがわかる。
「ああ、大丈夫だ……」
「無理をしないで横になるべきだ。この馬車は俺たち以外乗らないしな」
御者を務めるのはブランドンだった。亜人街で走らせている馬車を使い、ゾディアックとウェイグ、ブランドンは東地区へ向かおうとしていた。仲間たちは別の馬車で、後方から付いてくる形となる。本来であればセントラルに待機させ置いた方がいいとウェイグは言っていた。
ゾディアックの視線はウェイグの義手義足に移る。
「生活を補助する役割じゃないのか、その機械は」
「俺の義手と義足は、仕事を円滑に行うように改造されたものなんだよ。正直言って、さっさと取り外してぇ。付けているだけで魔力が吸い取られる代物なんだからな」
動いているだけで体力が消耗するが、その代償としてあのような仕事ができるのだろう。
やはり自分の勘は外れていなかったとゾディアックは思う。
「ウェイグ。さっきお前が話していたことは、本当なのか」
「ああ。嘘吐く必要ねぇだろ」
一度咳き込み、背もたれに体重を預ける。
「俺の手足を作ってくれた奴……そんで仕事を教えてくれた師匠はこの国にいる。東地区の片隅でちょっと前に移住した連中だ。さっき連絡を入れておいた。詳細は語ってないが、会ってくれるとよ」
「かなり変わり者らしいな」
「かなりじゃねぇ。途轍もなく、だ。自分の興味ってものが最優先らしくてな。目の前で死にかけている奴がいたとしても、興味が無かったら助けないだろうよ。それに極度の人見知りだ。いきなり大人数押しかけたら逃げられるから、この3人でまずは行くぞ」
「ああ。ところでウェイグ。お前はその団長に助けられたらしいが……どうしてだ?」
聞くのと同時に、ブランドンが手綱を握りしめ馬を走らせた。雨風は弱まっているが舗装されたない道を通るため、馬車が揺れ動く。
その中で、ウェイグは眉をひそめながらぽつりぽつりと語り始めた。
★★★
「くっそ、クソクソクソ……!! クソ!!」
セントラルから追放された。報酬の横取り並びに寄生職疑惑は、弁解のしようがない。
逃げるようにサフィリアの街を駆け、正門を出てから目指したのは蒼園の森だった。道中ガーディアンやキャラバンに見つからないよう移動し、人気のない場所に来たところで、ウェイグは溜め込んでいた物を吐き出していた。
「あのクソ亜人……ぜってぇ許さねぇ」
ドラゴンの素材を横取りする作戦は失敗に終わった。それだけならまだしも、あんな亜人たちに出し抜かれるとは思っていなかった。あのビオレとかいう少女の勝ち誇ったような顔を今すぐ踏み潰したかった。
次いで脳裏にゾディアックの姿がよぎる。あの兜の下には、どんな表情を浮かべているのか。きっと口許を歪めて嘲笑しているだろう。
想像するだけで腸が煮えくり返る思いだった。自然と振られた拳は隣の木に当たる。枝が激しく揺れる様が、ウェイグの胸中を描いているようだった。
「ウェイグ」
声をかけられ振り向くと、メ―シェルが立っていた。不安げな表情で見つめている。
嘆息し背を向ける。
「何でついてきてんだよ」
「え、だって……」
「お前の権利は剥奪されてねぇだろうが」
首謀者であるウェイグだけが処分を喰らうという形になったため、あくまで仲間であるメ―シェル並びにロバートは不問とされている。セントラルの騒ぎの後、ロバートは自分だけ助かろうと口早に「ウェイグが主犯だ」と報告した。それも後押ししたのだろう。結果的にガーディアンという職を失った。
どの国でも共通の認識として、”元ガーディアン”という肩書は罪の烙印である。簡単に言えば碌でもない存在と見られる。サフィリアはただでさえ情報が出回るのが早い。ウェイグは権利を剥奪された時点で、国から出るしかなくなった。
だがメ―シェルは違う。ついてくる意味がない。
「早く帰れ。俺の家売っ払って何かいい物でも」
「やだよ! ついてく」
「……んでだよ」
「だって……」
恋人であるメ―シェルはそれ以降何も言わなかった。ウェイグは黙って歩を進めた。
後ろからついてくる足音に、もう文句は言わなかった。
それから2人は隣国であるボスコ共和国を訪れた。自然保護と成長が特徴となっているこの国は、オーディファル大陸内で唯一亜人と友好関係を結んでいる国でもある。
故にウェイグは気に食わなかった。亜人の顔を見るだけで、皆殺しにしたくなったからだ。
2人は安宿に寝泊りを始めた。だがすぐに限界が訪れる。元々東地区の一等地で、それなりの家を持っていたウェイグにとってあまりにも質素な空間は毒であった。
だが職を探してもまるで見つからない。前に何をやっていたかと聞かれて「ガーディアンだ」と答えれば、調べられてすぐにこの国でも差別される。自然と日銭を稼ぐのはメ―シェルになっていた。
職もなくぶらつくウェイグの視界に映るのは、イキイキとした表情の亜人たちだった。新聞の配達からレストランの店員、ガーディアン。彼らは職には困っていなかった。
惨めだった。自分が馬鹿にしていたはずの存在を、羨んでいる。それが憎しみに変わるのはそう時間はかからなかった。
もう一度自分の人生を取り戻す。ガーディアンの権利を取り戻す。そのためには実績か金が必要だった。
どうしたものかと酒場で悩んでいた時だった。近くに団体がいた。男、5人の集団だ。小声だったが、ガーディアンとしての性か、聞き耳を自然と立てていたウェイグに、ある言葉飛び込んできた。
「あのキャラバンの馬車を襲うんだな」
「手筈通りにね。僕の言う通りに動いて」
アウトローだということは一瞬で理解できた。横目で見ると、まだ青年のような若い男性が語っていた。髪型は七三分けで、胡散臭い雰囲気が漂っている。どことなくロバートに雰囲気が似ていた。
「で、今回はどれくらい手に入るのかなんだけど、100万」
「5人で山分けして25か~。まぁそれくらいじゃね?」
青年は首を振った。
「違うよ。一人頭100万ガルさ」
ウェイグにとって、その金額は、その言葉は、もはや催眠魔法だった。頭に危ない電流が走ったが、惨めな現状から抜け出したがっていたせいか、その足は自然と団体に向けられていた。
気づくと、アウトローたちの集団が座る、ボックス席の前に立っていた。
「……誰? あんた。誰かの知り合い?」
青年が聞くと、取り巻きの長身の男が素早く立ち上がりウェイグの胸倉を掴んだ。
「お前は何も聞かなかった。見もしなかった。わかったか? 誤魔化さない方がいいぜ? 俺たちは殺しも」
「手伝わせてくれ」
自然と言葉は紡がれた。
「俺にも、金を稼がせてくれ」
「何言って」
「元ガーディアンだ。ルビーのな。役に立つと思うぜ」
力強くそう言い放つと、青年だけは笑みを見せ手を叩いた。
その日の夜、団体は襲撃作戦を決行し。
ウェイグは150万の大金を懐に収めることになった。
★★★
アウトローのリーダーはフリストと言った。見た目通り21歳という若さだったが、どこか聡明さがあった。身形と所作の美しさから、彼が裕福な家庭で育てられたことが手に取るように理解できた。
「ウェイグさんが入ってから、”仕事”が順調に進むようになりましたよ! 今日の給料には色を付けておきました。これからも頼りにしてますよ」
フリストの言葉は、ウェイグの荒れた大地のような心に、恵みの雨を降らせた。
それ以降、新しい”仕事”は順調としか言いようがなかった。金銭には困らなくなり、元の生活が近づいてきた。
あとはガーディアンの権利を金で買えば、この国でメ―シェルと共に生きていける。ウェイグは自分の夢のために、キャラバンを、そしてガーディアンたちの血と涙と罵声を浴び続けた。
初めは辛かったが、今ではそれが危険な麻薬のように、ウェイグに快感をもたらしていた。
アウトローになってわかったことは、強がる相手ほど金を多く払ってでも生き残ろうとする、ということだった。
だが急に羽振りが良くなれば、不審がられるのも当然だった。
同居人でもあるメ―シェルは家を建てようとしたウェイグを咎めた。
初めは「何の仕事をしているのか」など当たり障りのない質問だった。だが歯切れの悪いウェイグに、すぐに不信感を募らせた。
「また何か、悪いことでもしているんじゃ」
「あ? 悪いことだと? てめぇふざけんじゃねぇぞ!」
安宿の、壁が薄い部屋にウェイグの罵声が木霊する。
「お前には、俺がまっとうな手段で金を稼いできたと思わねぇのか!」
「だって! 急にこんな大金を手に入れるなんて、今のあなたにそんなことが……」
「言ってろ。俺はもう一度自分を取り戻す。金も権力もな」
知ったことか。俺は俺のために生きる。そのためなら他者を傷つけても構わない。
ウェイグは一人で宿を出て、再び仕事先に向かった。
その日の夜だった。いつも一同がアジトとして使っている、今は使われていない廃工場を訪れた。
いつもだったら入口に見張りがいるはずだった。しかし、今日は姿が見当たらない。
不審に思いながらも中に入ると、奥からフリストが姿を見せた。
「こんばんは、ウェイグさん。時間通りに来てくれなんて、やっぱり意外と真面目じゃないですか」
「金がかかっているからな。で、今日の仕事について教えてくれよ」
「ええ。今日はある人物から金と命を奪います」
「命、か……それはそっちに任せるわ。で、誰を襲えばいい」
「それは」
フリストがゆっくりとウェイグを指差した。
「お前だよ」
「なに――」
次の瞬間、後頭部からの衝撃を感じたと思うと、ウェイグの視界は真っ暗になった。
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