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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
244/264

「The Nineteen」

 まだ朝日も昇っていないだというのに、メイン・ストリートには人がごった返していた。人の波を作っているのは、ほとんどがキャラバンだ。全員が青ざめた表情で忙しなく動いている。大半は、商品をしまい露店を畳み始めている。逃げ出す準備を行っているのだ。

 昨日のドラゴン出現から一夜明けた今日、ガーディアンでもない商売人や一般市民が混乱するのは当然だった。自国の上空に突如出現したのだから。おまけに撃退できずに、生きながら留まり続けている。逃げ出す気持ちもよくわかる。

 だが、気持ちはわかるが本気で逃げ出すのは違う。


「商売人魂抜けてるねぇ~~~。どいつもこいつもさぁ」


 ラルは小馬鹿にするように呟くと、咥えていた棒付き飴を砕く。バリバリと飴を砕き終わるとプッと棒を地面に吐き捨てた。

 吹き抜ける風のように人の合間を縫って歩く。サフィリア宝城都市で一番大きなキャラバンの団長であるラルを見たら、大半のキャラバンは挨拶をするのだが、いまだにそれはなかった。全員が目先のことしか見ていない。

 自分の身が一番大事。それはキャラバンなど関係なく、人としての本能だろう。

 人混みを抜け、ぽっかりと空いたような空間に身を寄せる。


「団長!」


 声が聞こえたため、壁に寄りかかり視線を向けると、群衆を掻き分けユヴェーレンが姿を見せた。こんな状況だと言うのに、いつもの派手な宝石付きリングやネックレスといったアクセサリーを身に着けている。


「我々も撤退しましょう! この国はもうダメです! すでに3割のキャラバンが国外に逃亡してます!」


 宝石商でもあるユヴェーレンを、じっと見つめる。


「団長?」

「お前さぁ、賭け事好きかぁ?」

「は? 何言ってるんですか」

「確かに、頭上にはまだドラゴンがいるような状況だよ。普通のキャラバンならここから逃げ出すだろうね。それが正しい判断だよぉ。でもさぁ」


 ラルが目を細め、ポケットから煙草を取り出す。


「オレらはラビット・パイだ。この国のキャラバン代表でもあるわけよ。ならさぁ……ここで逃げ出すわけにはいかないでしょぉ。商売しなきゃねぇ」


 ユヴェーレンは驚きの声を上げた。


「何言ってるんですか団長! この状況で、誰が商品なんて……」

「いるだろ?」


 ラルは何の不安もない、屈託のない笑みを浮かべた。


「この国には、”最強達”がさ」




★★★




 セントラル内は重苦しい雰囲気に包まれていた。いつもは馬鹿騒ぎをしている声も鳴りをひそめている。職員たちも固唾を飲み、全員の視線は中央のテーブルに注がれていた。


「――以上が、報告だ」


 犯人の姿からドラゴン、ガギエルとの戦闘まで事細かに説明し終わった。

 ゾディアックの報告が終わると、対面に座るエミーリォは腕を組み、深いため息のような鼻息をもらした。


「……痛めつけたはいいが、殺しきれなかったか」

「それが相手の狙いだったんだ。死にかけのガギエルを癒し、魔力(ヴェーナ)を大量に喰らった状態で攻撃を仕掛けてくるのが作戦だった」


 レミィと一緒に翼を斬り飛ばした時から違和感はあった。だが、まさかあそこまでドラゴンを飼いならしているとは思わなかった。


「ガギエルは何か喋ったか?」


 高知能モンスターであるドラゴンは人語を理解できる。だが今回のガギエルから、そのような知性は感じられなかったため、ゾディアックは頭を振った。


「ラズィは? それとお姉さんの……」

「ラズィと姉は、俺の家で療養中だ。ベルクートが守ってくれている」

「病院には」


 ゾディアックは再び頭を振る。


「医者が今いる患者を逃がしていてとてもじゃないが手が回せないって言われた。それと……もうサンデイの容態は病院じゃ世話できないくらいに、なってて」


 だからこそ最高の回復魔法を持つロゼがいる自宅に運んだ。奇跡的に命は助かったが、意識が戻るかはわからない。


「だが、無事なんだろ? お前たち全員」

「ああ」

「それなら、よかった」


 こんな状況だというのに、ガーディアンの心配をしてくれるエミーリォは、立派な管理者だと思う。

 一通りの会話が終わると、沈黙が流れた。ガーディアンたちの小さな言葉が聞こえる。

 ここを見捨てて逃げる、いつ逃げるか。それに加えてドラゴンを倒せず、犯人も捕まえられなかったゾディアックに対する罵倒の数々。

 雰囲気は険悪で、最悪だった。

 静まり返っていたその時、セントラルの扉が開いた。静かな水面(みなも)に巨大な石が叩き込まれたような感覚だった。

 目を向けると白銀の鎧を身に纏った、体格のいい兵士が二人入ってきた。次いでその間を縫うように、黒スーツの男が姿を見せる。


「ご機嫌よう、諸君」


 エイデンだった。黒塗りのハットから、鋭い目線が覗く。


「お父様」


 カルミンの声を皮切りに、セントラル内がざわつく。

 エイデンはそれを気にせず、エミーリォとゾディアックに歩み寄った。道中にいるガーディアンは命令もされていないのに、自然と道を譲った。


「とんでもないことをしでかしてくれたな、貴様ら」


 怒気が混じった声を発しながらエミーリォを見下す。


「お前の職務怠慢でもあるんじゃないか、エミーリォ」

「ほう。突然現れて堂々と喧嘩を売るのはお前らしいがの、事情を説明せぇ。意味の分からん喧嘩は買いたくても買えんわい」

「兵士殺し、ついでにガーディアン殺しに、あのドラゴン出現。その犯人を見つけ出していたのだろう」

「だとしたらなんじゃい」


 エイデンの目元がナイフのように鋭くなった。それを見たゾディアックは自然と腕を2人の間に差し込む。

 それは何かを阻んだ。エイデンの左手だ。何かに掴みかかるように伸ばされている。手先には、ちょうどエミーリォの首があった。


「随分と若々しい挑発じゃな」

「やかましい。どけ、ゾディアック」


 エイデンがギロリと睨む。


「お前にも用があるが、まずはエミーリォだ」

「どかない」

「貴様舐めているのか」


 ゾディアックを睨みつけると、振り払うように腕を払った。


「犯人を見つけ戦闘までした結果、みすみす取り逃がしドラゴンという爆弾まで抱え込む羽目になった。どう落とし前をつけるつもりだ」

「落とし前って。お前何時代じゃ、エイデン」


 呆れたため息が老人から零れ落ちる。


「だいたい北地区で戦闘があっただろうに、お前たち兵士は何をやっていたのだ」

「”王族”と住民の避難だ」

「ゾディアックにすべてを押しつけて逃げただけか」


 サフィリア宝城都市の北地区には富裕層(セレブ)だけでなく、この国を管理する王族という存在もいる。だが、それは名ばかりなものだ。この国の実権は兵士が握っていると言っても過言ではない。


「しかし、王族の言葉出るとは。お前にとっては目の上のたん(こぶ)じゃろうに」

「死なれては困るのでな。とにかく、エミーリォ」


 エイデンは周囲を見渡す。


「お前たちガーディアン連中で、ドラゴン並びに犯人を確保しろ」

「あぁ? なんじゃと?」


 周囲からも困惑の声が上がるが、エイデンの態度は崩れない。


「お前たちの落ち度であることは決定的だ。報告では”2度”、取り逃していると聞いている。挽回するのが筋だろう。北地区の者たちがすでに国外逃亡を開始している。また、他地区の住民並びにキャラバンも逃げ出している。兵士はそれの援護と誘導を行う。貴様ら無能共は体を張って時間を稼げ」


 視線がゾディアックの所で止まり、大きなため息を吐いた。


「何が最強だ……些かガッカリだ。それなりに期待をしていたが、結局は有象無象か」

「お父様!! いい加減にしてください!!」


 カルミンがガーディアンを押しのけて前に出た。


「何様だてめぇ!!」


 フォックスの声が怒声が上がった。明らかな挑発と無礼な態度に、憤っているガーディアンの数は少なくない。暴言が飛び交いはじめ、兵士と睨み合っている者もいた。

 止めなければならない。ゾディアックは眉をひそめると、無言で剣を抜き床に突き刺した。

 轟音が鳴り響き、全員が言葉を失う。


「……あんたの言っていることは、正しい。わかった。俺があいつらを倒す」


 どよめきの声が上がる。


「おいゾディアック!」


 エミーリォが漆黒の篭手を掴む。


「アホ。あんなわかりやすい挑発に乗るな。お主は確かに強いが今回は分が悪い。仮に倒せたとしてもこの国が再起不能になることは目に見えて――」

「倒す方法ならある。国を犠牲にしなくても」


 決して口から出まかせを言っているわけではない。それを感じたエミーリォは眉根を寄せた。


「……お前、何をしようとしている」

「作戦を聞けば、あんたも納得するはずだ」


 緊迫した空気が漂う中、エイデンがゾディアックに近づく。


「信用していいんだな」

「ああ。もし倒せなかったとしても、命を懸けて市民を逃がす。それでいいだろう」


 エイデンは鼻で笑った。


「あまり期待はせんが、吉報を待とうか。ではな。こちらも忙しい身だ。失礼する」


 身を翻し、兵士と共にセントラルを出ていった。直後、セントラルがざわつき、全員がゾディアックを見た。


「で、ゾディアック。その作戦とはなんじゃ。あまりにも突拍子のないものだと、ガーディアン達も逃げ出すぞ」

「ガギエルとの戦闘で思ったことがある。ガギエルの特徴が昔と変わっていないなら戦える。だけど、それには人手と……場所が必要なんだ。特に後者は大事だ」

「どこで戦うのかが重要ということか」

「それならさ、いい所があるよ」


 レミィが群衆の間から姿を見せ、アンバーシェルの画面を見せた。


「怒ってるのは、私たちだけじゃない。あのアホ女に、この国の連中を敵に回したらどうなるか、見せてやろうよ」


 差出人の名を見て、ゾディアックはその場へ向かう決意を固めた。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!

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