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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Last Dessert.ショートケーキ
242/264

「The Seventeen」

 一気に気温が下がる。さきほどまで降っていた雨は雪に姿を変え、その量を一気に増やしていた。曇天の隙間から、一筋の青空と暖かな太陽の光が見えるが、それも徐々に姿を消しつつあった。

 マルコは摩訶不思議な現象と、目の前にいるドラゴンという幻想的で壮大すぎる怪物を前に、ただ体を抱えるように腕を組み、歯を震わせるしかなかった。

 その場にいる全員、マルコと似たような反応だった。あまりにも突然すぎるドラゴンの出現に、女性以外の全員が目を奪われる。

 このまま立ち止まっている場合ではないとゾディアックが動き出そうとした。その時。


 ガギエルが吠えた。その声はあまりにも甲高く、咆哮というより悲鳴だった。超高音の弦楽器を耳元で慣らされた気分だった。

 兜を装備しているゾディアック以外、全員が耳を抑えて蹲ってしまう。

 その悲鳴を縫うように、女性の笑い声が聞こえた。


「お前何がしたいんだ!!」


 ゾディアックが相手を睨み、吠える。


「何でこんなことをする! 何が目的なんだ!」


 怒りの声に対し、女性は笑みを崩さず小首を傾げる。


「それですよ」

「なに……?」

「あなたの悔しそうな、苦しそうなその声が聞きたかったんです。今までずっとそれを願ってました」


 女性が手の平をガギエルに向ける。

 その動きに連動するように、ガギエルの体内の魔力(ヴェーナ)が活性化されるのが見えた。


「そして、これからも」


 何かが来るのは間違いなかった。剣を握る手に力を籠める。


「全員動け! 来るぞ!!」


 ベルクートの声が轟くと同時にガギエルが首を天に向けた。腹から喉を通る白銀の魔力(ヴェーナ)が見える。氷噴(ブレス)の予告だ。

 ガギエルが体を動かし標的の方を向く。最初に狙われたのは。


「レミィ!!」

「わかってる!!」


 動き出すと同時だった。ガギエルの顔がレミィに向けられ、同時に氷噴(ブレス)が放たれた。小規模の竜巻のように、風と氷が渦巻いてレミィを飲み込まんと迫りくる。速度と範囲が広く避けられないことは明白だった。

 ゾディアックが駆け出すが、間に合わない。レミィは歯噛みし「嵐」を抜いて迎撃しようと備える。


 その時、レミィの眼前に緑色の壁が突如として出現した。熱量を持ったそれはベルクートの炎だった。

 巨大な壁のような炎はうねりを上げ、レミィだけでなくパーティ全員を守るように範囲と高さを広げていく。

 一瞬で城壁と化した炎はガギエルの氷噴(ブレス)とぶつかり合う。何かが削れ砕け散る音が鳴り響き暴風が吹き荒れる。竜巻が形を崩し地面に、空に飛び散っていく。

 それを見たガギエルは口を閉じ攻撃をやめる。同時に炎も消えた。


「ほほう。まさかドラゴンの攻撃が防がれてしまうとは。やりますね、ベルクート・テリバランス」


 女性はガギエルを見上げながら言うと、視線をベルクートに向けた。両手で筒状の何かを持っていのが見えた。


「ん?」


 首を傾げた時だった。

 爆音。直後眉間に衝撃。

 女性の首から上が勢いよく空に向けられる。

 突然の衝撃に困惑していると、腹部に、胸部に、肩に、続々と何かが撃ち込まれていく。衝撃の数が20を超えた所で女性は大の字に倒れた。


「これはアリシアの分だ。くたばれクソ女が」


 唾を吐いてベルクートは突撃銃(アサルトライフル)を捨てた。威力の高い貫通弾を無理やり連射できるように改造したせいか、マガジンを抜くことができず、銃身の熱が冷かず、壊れてしまった。

 女性が沈黙し、ガギエルは羽ばたきながら見下ろしていた。敵意が失せている隙に、全員がラズィとサンディの元へ集まる。少し遅れてヨシノとクーロンも合流した。


「全員無事か!?」

「ヨシノとクーロンは!?」

「私は大丈夫だけどクーロンが……」

「不覚。まさか力勝負で煮え湯を飲まされるとは」

「汚名返上するかい? 旦那」


 ベルクートがガギエルを指差す。


「そうしたいのはやまやまだが、状況が芳しくないぞ」

「同感だ」


 全員の視線がゾディアックに集まる。

 ゾディアックは頷いた。


「怪我人は優先して逃げてくれ。戦える奴でガギエルを止める」

「待って、ゾディアックさん。倒すつもりですか」

「できれば。でも倒せようが倒せまいが、あいつを止めないと、この国が崩壊する」

「痛手を与えて逃げてもらうか」


 レミィが「嵐」に魔力を流す。紫電を纏った刀身を見て、ヨシノは頷いた。


「俺が殿(しんがり)を務める。怪我人優先で逃げるぞ」


 ベルクートが新たな銃を取り出しスライドを引く。


「ゾディアック! 私も戦う!」


 ラズィが立ち上がって自分の胸元に手を当てた。しかし、その姿からまだ戦える状態でないことは理解できる。


「駄目だ。サンディを連れて逃げてくれ」

「でも……」


 咆哮。振り向くとガギエルが動き始めていた。

 6枚の羽を広げ高度を上げる。


「やばい。突っ込んでくる気だぞ」

「ベルクート! 炎で皆を守ってくれ! 俺があいつの突進を止める」

「どうやってだ!」


 ゾディアックは答えずパーティから離れた。レミィがそれに続く。


「レミィ、俺の攻撃に合わせられるか?」

「お前が何を狙っているかはわかる! 私にも同じことができるから、安心しろ!」


 頷きを返す。司会の隅でヨシノたちが昇降機に乗ろうとしているのが見えた。

 充分に離れたことを確認し、ゾディアックは半身に構え、剣先を下げるる。以前、ダンジョンを吹き飛ばした時と同じ斬撃を放とうとしていた。

 

 背中を合わせるように、レミィが同様の構えを取る。「嵐」に纏わりつく紫電が膨張していた。


 2人が視線を合わせ、頷く。

 天に昇っていたガギエルが吠え、頭をゾディアック達に向けると、その巨躯を動かした。

 弾丸の如く迫るドラゴンを前に、足が竦みそうになる。その恐怖を振り払うように、2人の気合の声が重なる。


「「行くぞ!!」」


 共に踏み込み、斜めの方向に切り上げるように剣と刀が動く。

 両者の軌跡が重なると同時だった。斬撃が風となり、巨大なバツ字となってガギエルに向かっていった。

 上昇する紫色の斬撃はその大きさを増していき、衝突する。

 爆音が轟き粉塵が沸き起こると、直後ガギエルの咆哮が上がった。


「どうだ!?」


 レミィが粉塵を睨む。

 その中からガギエルが姿を見せた。羽が2枚砕けており、速度が落ちて落下している。その巨躯はもはやゾディアック達の方に向けられていなかった。

 自由落下するドラゴンを見て、レミィはグッと拳を握る。


「よっしゃあ! やったぞゾディアック!!」

「……いや」


 歓喜の声をあげていたレミィだったが、表情を引き締めガギエルを見る。

 巨大なドラゴンの周囲に魔力(ヴェーナ)が集まるのが見えると、残っていた4枚の羽がその大きさと形状を変化させた。

 何が起こっているのか理解する前に、巨大化した羽がガギエルを包み込むように動き、巨大な球体と化した。

 ブルーとエメラルドグリーンが混じる、一見すれば綺麗とも思える巨大な球体は空中で制止した。


「な……なんだ。何が起きた? 倒せたとは思ってなかったが、この現象は?」

「力を蓄えているんですよ」


 ゾディアックとレミィが身構える。いつの間にか立ち上がっていた女性は眉間を擦りながら2人に近づくと、剣が届かない位置で止まった。


「ガギエルは寝坊助でして。本当に数百年ぶりに体を使ったせいでしょうね。全然本調子じゃないと言いますか。国ひとつ滅ぼしてリハビリを終えたばかりでして。だからこのままじゃゾディアックには勝てないかなぁと思ってたんです。それで強化魔法を使おうとしたら抵抗されて……本当どうしようもなくて」


 女性はパンと手を叩いた。


「そこで考えました。一定以上のダメージを喰らったらガギエルといえど弱ります。その隙に体を修復する魔法を使うんです。そして私の魔法、そしてサンディの魔力(ヴェーナ)を融合させ強化する」

「……何を訳のわからないこと言ってんだ。だったらあの氷砕くだけだ!」


 レミィが刀を振って斬撃を飛ばす。浮かんでいる球体に接触し爆煙が舞う。


「なっ……」


 球体には傷ひとつできてなかった。


「無駄ですよ。私の特注ともいえる防護魔法です。ゾディアックが全力を出してようやくヒビが入るかも、といった感じです。試してもいいですが……まぁ万が一がありますから、全力で邪魔しますけど」

「今、何をしても無駄ということか」

「そうです。ああ、私を殺してもこの魔法は解除されません。中にいるガギエルが元気いっぱいになったら解除されます」


 女性は口許を隠して笑った。


「早くセントラルに行って状況を説明した方いいですよ。市民の避難誘導とかもあるでしょう? ガーディアン」

「っ……」

「氷ひとつ砕けない騎士が、最強なんて名乗らない方がいいですよ」


 ここにガギエルが来た時点で、相手の作戦は成功していたのだ。ゾディアックはまんまと利用されていた。

 素直に逃げていても終わっていたが、現在の方がより状況は悪くなっていた。

 ゾディアックは剣を背負う。


「ゾディアック!?」

「レミィ。ここにいてもしょうがない。セントラルに戻ろう」

「でも相手を放置するわけには」

「いや……相手は動けない。こんな強力な魔法をコントロールするんだ。ここから離れて暴れまわることはできない」


 あくまで想像だった。だがゾディアックには、どこか確信めいたものがあった。

 ささやかな言い返しを聞いた女性は笑みを崩さなかった。それが強がりかどうかはわからない。ただ追撃をしてくる気配はなかった。


「ゾディアック。逃げるなら早くした方がいいですよ? この国を沈めるのに、1時間とかからないので」

「……そうか。わかった。ならお前を必ず倒す……首洗って待ってろ」


 啖呵を切った直後、発着場の下が騒がしくなっていることにようやく気付いた。

 踵を返し遠ざかるゾディアックと、恨みの籠った睨みを利かせてきたレミィを見て、女性は勝ち誇ったような笑みを浮かべ続けた。



お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします~!


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