「The Sixteen」
北地区へ繋がる門の前に転移したゾディアックたちを襲ったのは、強烈な血の匂いだった。
同時に転移してきたレミィ、ラズィ、そしてベルクートは周囲を経過する。そして、門の方を見ていたレミィが悲痛な声をあげた。
「なんて酷いことを……」
門前には、これ見よがしに兵士とガーディアンの骸が置かれていた。兵士の方は十数名にもなろうかという数が雑に積まれていた。
死体の山に近づいたベルクートはガーディアンの所在を確かめる。ほとんど顔が潰れていた。唯一、首から上がない死体の胸には、輝くダイヤモンドが嵌められたブローチが雨で濡れていた。
「ダイヤモンドがこの死に様か」
ベルクートは大事そうにブローチを取り門を通る。場所はわかっているため迷うことはない。ラズィもその後ろに続いた。
「……今、シノミリアで同僚に死体の片付けを頼んだ。早く相手を倒して、私たちも手伝おう」
「そうだな」
レミィとゾディアックは未だにどす黒い血を流している兵士たちの死体を見て、目元に力を込めた。
★★★
クーロンは元々、スサトミ大陸で随一の力自慢であった。
鬼の名に相応しいその力はまさに矛であり、盾でもある。
ヨシノは力がないが、その剣術の才能はまさに天下一品であり、大陸中に名が知れ渡っていた、いわゆる剣豪だ。
2人は、スサトミ大陸内で1、2を争う強者であるということを自覚していた。自惚れではない。命の取り合いになれば必ず勝つと、一緒に戦えばどんな相手でも必ず勝てると信じていた。
目の前にいる枯れ木に等しい女性など一瞬で屠れると想定したクーロンは、大刀を振り上げた。
「おおっ!!」
気合の声と共に唐竹割りの一撃を見舞う。雨で濡れた白銀の刃が、女性の体に吸い込まれるように減り込んだ。
ざっくりと斬れ、腰辺りまで深々と切り裂く。クーロンは赤い断面と大量の血液が空に舞うのを確認する。
そして違和感を覚えた。相手がなぜ防御を行うでもなく避けもしなかったのか。
理由はどうあれ、勝負を決める一撃だった。
しかし、女性は笑顔を崩さなかった。それどころか何事もなかったかのように距離を詰め始める。
「いい武器ですね。私の体に傷をつけられるなんて」
体がほぼ真っ二つに割れているにも関わらず近づく相手は化物のそれだった。
クーロンは舌打ちし、刀を引いて距離を取った。その瞬間、女性の斬られた部分から赤い霧のような煙が上がり始めたかと思うと、傷が塞がっていった。
とてつもない速度で再生しているのを見てクーロンは目を吊り上げる。生命を冒涜するような光景だった。
睨み合う両者を尻目に、ヨシノは落ちていた耳を拾い、蹲るマルコのところに向かう。
「大丈夫? 聞こえる!?」
片膝をついて問いかけるとマルコが顔を上げる。顔半分が血塗れだったが耳以外の外傷は見当たらない。強いて言うなら唇が切れている程度だった。
「聞こえてる? 助けに来たよ」
マルコは目尻に涙をためて頷きを返した。か細い声で、「ありがとうございます」という声が返ってくる。
「耳ならすぐに治るから。断面を見る限り無理やり千切られたそうだけど、魔法でどうとでもなる。まずはここから一緒に逃げてレミィ達と合流を――」
後方から甲高い音が上がる。見ると、クーロンの大刀が弾かれている場面が見えた。
女性は華奢な見た目に合わない漆黒の大剣を振り上げていた。その武器に見覚えがあった。
「あれは、ゾディアックさんの剣じゃ……」
疑問に思っていると、クーロンが再び斬りかかる。両手を使った渾身の横薙ぎが強襲する。
対し、女性は片腕で剣を持ち、それを受けた。再び甲高い音が鳴り響き、冷気とも熱波ともいえるような、生温い剣風が沸き起こった。
刀が止められたのを見て、クーロンは歯を噛み締める。
「貴様……!!」
女性の動きは素早かった。
空いた方の手が拳を作り、クーロンの腹に迫る。なんとも小さな拳だった。己の強靭な肉体を貫けないと判断したが、それは間違いだった。
腹に入ったと同時に、爆音と共にクーロンが空を舞った。
「馬鹿なっ……!」
ヨシノが驚きの声をあげる。150キロ近い体重のあるクーロンが、拳で浮かされ、あまつさえ吹き飛ぶなどありえない。
水が跳ねる激しい音と共にクーロンが仰向けに倒れ、女性の視線が向けられた。
ヨシノは体でマルコを隠す。
「隙を見て逃げて!」
指示を飛ばすと表情を整え、間合いを詰める。
一足一刀の間合いになり喉元を突くような額割りを放つ。女性は何も抵抗せず、額に刃が減り込んでも、その歩みを止めなかった。
それならばと刀を一度揚げ、踏み込みながら縦に振り下ろした。女性はこれに反応し、大剣を構えた。
両者の刃がぶつかり合い、鍔迫り合いとなる。交差する刃の奥にある瞳を見つめる。汚れ一つない鏡のような、なんとも無機質な目だった。
「いい武器ですね。本来であれば、そちらの剣が折れてもおかしくないのですが」
「これでも業物だから、そう簡単に折れてたまるか」
腰に力を入れヨシノは力で相手を押す。
女性の上体が若干反れるのを見て、刀を持つ両手を前に突き出す。柄を握りしめながらの拳は女性の顔を捉えた。
両拳が顔に入り、女性の体が一瞬傾ぐ。さらに両腕が上がっているため胴体がガラ空きになった。
「もらった」
軽く膝を折り居合腰になると、瞬時に刀を横薙ぎに振った。
輝く一閃は女性の腰から入り、皮膚と肉、背骨を断ちながら突き進み、そのまま外まで振り抜かれた。
上半身と下半身で真っ二つにする見事な真一文字斬り。女性の上半身は倒れ、地面に突っ伏し息絶えるはずであった。
「ふむ。やはり耐久度の方に問題がありそうですね」
だが女性は健在だった。それどころか血すら流れていない。
「どういう……」
「何のことはありませんよ。斬られつつ回復していただけです」
ニッコリとした笑みが向けられた。
国一番でもある剣速は、相手の回復速度を上回れなかった。それを理解すると、一気に背筋が凍った。ヨシノは自分の勝つ可能性が著しく下がったことを感じ取った。
そして勝負の流れというものが、相手に傾いていることも。
★★★
ワイバーン発着場の入口である門は、無残に切り刻まれていた。ここを警備していただろう兵士は見当たらない。
「兵士はどこに行った」
ゾディアックが周囲を見渡すと、下に黒い塊が見えた。
「……まさか」
「魔法で固められてる。バラバラにされた後、これは……氷と炎の魔法で球体にさせられているのかしら」
ラズィはそう言うと、膝を折って塊に触れる。自分の言っていたことが正しかったのか、下唇を噛んだ。
「敵は上にいる。早く行くぞ! さっきから剣を打ち付け合う音が聞こえてくる!」
レミィが声をあげると4人は昇降機に乗り、屋上乗り場へ向かう。金属音が近づいてきた。
そして到着すると同時に、何かが引き裂かれる音と、ヨシノの痛みに悶える声が聞こえ、仰向けに倒れ込むのが見えた。
「ヨシノ!!」
昇降機の扉が開けられ駆け出し、傍らで膝をつく。
「大丈夫か! しっかりしろ!」
「あ~……なっさけない。助けに来たのに助けられるなんて」
自虐的な笑みを浮かべながら上体を起こす。どうやら怪我はしていないらしい。
ゾディアックは2人の前に立つと、向かってくる女性に大剣の切先を向けた。
「よし、来てくれたんですね、ゾディアック。これで準備は整いました」
「……何を言っている」
「ああ。マルコ・ルナティカとサンディ・キルベルは持って帰っていいですよ? もうすでに準備は整ったので」
ゾディアックの視線がサンディに駆け寄るラズィに向けられる。
「姉さん! 姉さんしっかりして!!」
傷だらけの姉を抱え必死に声をかけている。そこにマルコが合流し、逃げることを促していた。
「てめぇ、何言ってやがる」
ゾディアックの隣に立ったベルクートは腰から銃を抜いた。
「悪いが遠慮する気はねぇ。抵抗するならぶっ殺す」
銃口を向け脅すと、相手はカラカラと笑った。
「じゃあ抵抗しましょう。殺せるものなら殺して下さい。私”と”――」
女性は剣を上空に掲げた。その時だった。
空から低い、低い、雷鳴が轟いた。
いや違う。それは咆哮だった。
まさかと思いながら、ゾディアックは空を見上げる。
雨を降らせていた黒色に近い曇天に、少しずつ青色が混じり始めているのが見て取れる。
「ゾディアック。そしてその仲間達。ミスをしましたね。あなた達はここに来るよりもまず先に、”魔力増幅装置が既に使われているのではないか”ということを考えて動くべきだった」
北地区の複数の地点から強力な魔力が感じ取れた。次いでサンディの体が青白く光り始める。
「装置を破壊すれば、この未来は避けられたのに」
「まさか……やめろ!!」
「姉さ、姉さん!!!」
空から氷が砕けるような音が鳴り響く。
「サンディは、トムのおかげでモンスターと入り混じったような存在となりました。元々ディアブロ族ということもあり魔力の量は充分。彼女自身を終着点にするには充分すぎるくらいに!!」
女性がカッと目を見開き、口角を上げ大口を開いた。
「終わりですよ、ゾディアック・ヴォルクス!!」
瞬間。
曇天が渦を巻くように動き、中心から青白い何かが姿を見せた。
雷の光を放つ氷のような小さな粒は、やがて姿を変え、巨大になり、ゾディアックたちを、塔を、北地区を覆いつくすように翼を広げた。
カビの生えたような青白い鱗に、蜥蜴のような顔。両眼の上に口がありさらに眉間に巨大な瞳。
そして氷結した6枚の、透き通るような羽。
渦神と呼ばれるドラゴン、「ガギエル」が、羽ばたいていた。
その姿はラミエルのように荘厳ではなく、美しくもなく、宝石のように輝く鱗もなく。
ただ。
ただただ。
この世のものとは思えない、薄気味悪い姿だった。
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