「The Fifteen」
滅ばされた国の名はシモンズだった。国中氷漬けにされ、一部分だけ猛吹雪が天に向かって舞い上がるように発生し、中では雷と雨が狂ったように降り注いでいるらしい。
動画が掲載されており再生すると、遠くの山からガーディアンが撮ったとされる映像が表示され、中央部分に竜巻が発生していた。常に明滅しており、光るたびに雷が落ちているらしい。間隔としては1秒もないのではないか。
動画が止まるとレミィはあらためて国名を見て眉根を寄せた。シモンズのセントラルにはエミーリォの知り合いがおり、以前情報をくれたことを思い出す。
「おいおい、どうすんだよこれ」
「どうするったって……」
近くのガーディアンから迷いの声が聞こえる。突然の悲報と脅威に全員が混乱していた。
その時、乾いた音が木霊した。誰かが手の平を叩いただけだが、いやに大きく聞こえた。
「全員切り替えて動くぞ。ガギエルの脅威に関しては後回しだ。俺らの目標はガーディアンを襲ったクソ野郎を捕まえること。各々街中を散策しよう」
初老の魔術師が声を張り上げる。年季の入った装備と高い魔力、落ち着いた雰囲気からベテランのガーディアンだと一目でわかる。
その声に触発されたガーディアンたちが各々セントラルを出ていく。周りから人がいなくなるなか、レミィは動かずじっとゾディアックを見つめていた。
「ゾディアック。おい、どうしたんだ」
「……」
顎に手を当て沈黙を貫く。さきほどの事件を見てからあることに引っかかっていた。
「レミィ」
「なんだよ」
「シモンズという国を聞いたことは」
レミィは逡巡し、ゾディアックにエミーリォから聞かされた情報を話した。
「ということは、一度通過した国にわざわざ戻って力を使ったということか?」
「……あ、たしかに。何で戻ったんだろう」
「南の方に飛び去っていったにも関わらず、なんのために」
国を亡ぼすだけの力、謎の女性の出現、ウェイグが襲われた件。
そして女性に取られたとされる魔力増強装置の存在を思い出し、ゾディアックの脳裏にある考えが浮かんだ。
「腕試し? 力を確認している……?」
「え?」
「小国を亡ぼせるだけの力を使えるのかのリハビリも含めているとしたら」
ゾディアックはガーディアンたちとは違う方向に進み始める。向かうは2階だった。
レミィもそれに続く。
「ゾディアック!? どうしたんだよ!」
背中越しに声をかけると、動きながら言葉が返ってきた。
「ガギエルは近いうちにここに来る」
「はぁ!? なんで」
「エミーリォの前で話した方が速い」
2階にいきエミーリォがいる部屋にたどり着くとノックもせずに扉を開けた。
中にはエミーリォと、その対面に北地区兵士長エイデンが座っていた。
「なんじゃノックもせずに……って、ゾディアックかい」
「すまないエミーリォ。緊急なんだ」
「おお、それは奇遇じゃの。こっちもお主に用があったところよ。緊急のな。どっちから話す? ワシかそっちか」
「こっちからで頼む」
喋る内容は一緒かもしれないと思いながら口を開く。
「ガギエルはここに来るぞ。確実に」
レミィが耳をピンと立てた。
「なんでそんなことが」
「山国のシモンズはサフィリアと国土と人口がそう変わらない国だ。ガギエルは恐らく永い眠りが覚めたばかりのドラゴンなのかもしれない。サフィリアを滅ぼせるように試運転した可能性が高い」
「いや、だからそれがなんだっての」
「次に出てきたのは黒髪の女性だ。一度レミィも戦ったが、あいつは相当の実力者で、俺と同じくらいの実力と魔力を持ってる。この後者が厄介なんだ」
そして、と話をつづけるゾディアックを、エミーリォとエイデンは黙って見続ける。
「さっき来たウェイグの話。魔力増幅装置。あれを使うとしたらこの国で使うだろう」
「……まさか」
「あの女性は装置で終着点をこの国のどこかに作る。始発点はシモンズ……あれだけの魔力を常に漂わせて置けるガギエルだからこそできる芸当だ。つまり、あの女性は」
エミーリォを見ると、頷きが返された。
「転移魔法を使ってガギエルをこの国に呼び出すつもりだ。目的は……俺なのか、それともガーディアンか、この国に対する復讐か。そこは定かじゃないが必ず来る。ベテランのガーディアンを狩っていたのは少しでも兵力を削ろうとしてだろう」
「……姑息なことしやがって」
奥歯を噛み締め、レミィがエミーリォを睨む。
「確定ではないけど、おじいちゃん。ガーディアンたちを全員動かして、あとは住民の避難を行った方がいいんじゃない?」
「……な、エイデン」
ソファに座ってエイデンを見る。相手は足を組み、黙っていた。
「うちの優秀な娘とガーディアンが、ワシと同じことを言っておる。これは市民に被害が出るぞ。兵士のお前さんは北地区を優先に避難勧告をした方がいいのではないか?」
問いかけに対し、エイデンは鼻を鳴らすと、隣に置いていたハットを手に取る。
「お前たちのことを信じたわけじゃあない。ただまたおかしな連中が暴れているんだろう。今度は兵士の手を煩わせるなよ」
「相変わらずわかりづらい了承じゃの。まぁよいわ。今から避難経路を立てるぞ。ガギエルの特徴を踏まえて考えたらガーディアンたちに共有する」
突然音楽が鳴り響いた。レミィからだった。話の腰が折れたせいか年寄りたちがジロリとレミィを睨む。
レミィは気にせず通話に出る。
「ヨシノか? どうしたんだよ」
『ちょっと聞いていいかな』
言葉がかすれて聞こえる。雨音と風音から、外にいることがわかる。
「待て。お前何で外にいるんだ」
『そんなどうでもいいこと答えてる暇はないわ。ねぇ、あなたの知り合いの異世界人って肌黒い男よね?』
「……そうだが?」
『マズい状況よ。変な女に痛めつけられてる。あのままだと殺されるかも』
「お前今どこにいる!!」
レミィが声を張り上げた。
『ワイバーン乗り場? だっけ。北地区にある巨大な塔。その屋上。変な魔力を検知して向かったら修羅場だもの、ビックリした』
「わかった。ガーディアンが援護に向かう。お前らはそのまま待機していろ」
レミィは相手の返答を待たず通話を切るとゾディアックに耳打ちした。
「……エミーリォ、犯人を捕まえてくる」
「おう。吉報待っとるぞい」
ゾディアックは踵を返し部屋を出た。
★★★
「さて……」
女性は千切った耳を乱雑に放り捨てると、蹲るマルコの髪の毛を掴んだ。
強制的に顔を上げ相手の表情を見つめる。
下唇を噛み締め、悲鳴をあげまいとしている。睨みつけてくる瞳からは力強さすら感じ取れた。
「ふむ。生意気ですね。次はもう片っぽの耳にしますか? それとも目? 鼻? それとも……」
女性は一気に顔を近づけ、マルコの唇に自分の唇を押し付けた。
そして、思いっきり前歯で噛み締める。
「ぶぐっ!!!」
マルコの唇が裂け、鮮血が滴り落ちる。
「楽しみましょう。そうだ。次から痛めつける場所には先にキスをしてあげます。私は優しいですからね」
頬が緩んだまま、血で染まった唇を舌なめずりする。その光景を見てマルコは恐怖した。
狂っている。狂人に対しての対抗策など持っていない。この世界であまりにも自分は無力なのだ。
それでも心は折れまいと、相手を再び睨みつけた時だった。
女性の視線が横に向けられる。手から力が抜けられ、マルコは地面に突っ伏した。
「まったく。この街は全然平和じゃないわね」
「同感です。ヨシノ様。狂い人の相手はお任せください」
刀を抜いて近づいてくるヨシノとクーロンに向き直った女性は両手を広げた。
「あら、随分と怖い顔を向けてくれますね」
「はぁ?」
「一緒に旅をした仲なのに。一緒の馬車にも乗ったのに」
女性は真っ赤に染まった歯を見せた。
「まぁ見えてないんでしょうけど」
「すまんが、問答を行う気はない。一思いに斬らせて貰うぞ」
クーロンが刀を構える。
「どうぞ?」
女性が小首を傾げると、弾かれたようにヨシノとクーロンは駆け出した。
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