第23話「任務開始」
「……おい、ちょっと待て。正気か、お前」
レミィが目を大きく見開いた。
「危険だ、やめろ」
「……必要なんだ」
レミィは舌打ちした。
「ガーディアンでもねぇ一般人を”餌”に使うつもりか。その子に何かあったら、お前、ガーディアンの権利剥奪されるぞ」
「昨日……話を聞いた。この子がいれば、ドラゴンを呼び出せる、はずだ」
「それじゃあもっと危険だろうが」
「また、どこか焼かれてからじゃ……遅い、と、思うん……だが」
途切れ途切れに、ゾディアックは言った。
レミィは赤い前髪を上に上げる。耳がピコピコと動いている。迷っているらしい。
「……案がある。その子を”パール”にすればいい」
レミィは名案を思いついたように言った。
「その子がガーディアンになれば、死んでも自己責任として扱われる。それなら」
「1日は確実にかかる」
ゾディアックはぴしゃりと言った。
「まだ、ドラゴンの目撃情報は出ていない。ということは、まだ自我がある可能性が高い。ただ長くはもたないとしたら、今しか、ないと思うんだ。頼む」
レミィと視線が合う。眉間に皺を寄せ、明らかに納得していない。言いたいことは山ほどあるが、なんとか喉元で留まっているといった様子だ。
ベルとラズィは顔を見合わせる。
「意外と言う時は言うんだなぁ、こいつ……」
「普段からああやって喋ればいいのにー……」
レミィがため息をついた。
「……私も共犯か。まったく」
「あ、あなたには迷惑」
「かけていいんだよ。気にすんな。私はガーディアンに、”最高のおもてなし”をするのが仕事だからな」
フッと笑ってレミィは依頼書にペンを走らせようとした。
「ちょ、ちょっと待って」
「あん?」
レミィが顔を上げると、ゾディアックがアンバーシェルを見せていた。
「……俺の、連絡先。何かあったら、連絡してほしい。あと、こっちからも連絡したい。あ、いや、やましい気持ちはなくて、その……」
「わかってるよ。オドオドすんな」
呆れ顔で言って、レミィは自分のアンバーシェルを取り出し重ねる。背面の色はスカイブルーだ。
ふたりの魔力が共鳴し、画面が光る。互いの連絡先を交換し終えた証拠だ。
それを終えると、レミィは依頼書に素早く何かを書き込んだ。
「報酬は?」
聞くと、ゾディアックは袋を手渡した。
レミィは中を確認する。宝石と金貨が見える。ざっと見ただけで、50万ガルはある。
ビオレが大事に持っていた、家族の形見だ。ただ、これだけでは、相場にはほど遠い額だった。
「いいんだな?」
ゾディアックは頷いた。
レミィは納得したように頷くと、手でテーブルを示す。
「手を置け」
アンバーシェルをしまったゾディアックは、言われるがままテーブルに手を置いた。
瞬間、テーブルが一瞬だけ紫色の光を放った。手の平が熱を帯びる。ゾディアックはテーブルから手を離し、手相を見るように凝視する。
そこには紫色の線が走っていた。文字のようにも見えるそれは、魔法の呪文。
契約成立の証だ。
何度もやったことのある動作を終え、ゾディアックは頭を下げた。
「……ありがとう」
「お、いいじゃん。今度はしっかりお礼言えたな」
屈託のない笑みを浮かべ、レミィは立ち上がり、姿勢を正す。
「では、確かに依頼を受注致しました。『ドラゴン救助』。メンバーを確認します。
ゾディアック・ヴォルクス様。
ベルクート・テリバランス様。
ラズィ・キルベル様。
それと……勇気ある依頼人、ビオレ・ミラージュ様。
皆様のお帰りを、お待ちしております。どうかお気をつけて、行ってらっしゃいませ」
そう言って頭を下げた。普段の粗暴な態度からは想像もできないほど綺麗な所作であったため、ゾディアックは少しだけ驚いた。
「……行ってくる。レミィ、さん」
「よっしゃ、気合入れていきますか」
「頑張りましょ~、お~」
「い、行ってきます」
各々が声を上げる。
ゾディアックは踵を返し、ベル、ラズィがそれに続く。
ビオレも駆け足で、その背中たちについていく。
ゾディアックのパーティは、ガーディアンの視線を集めながら、セントラルを後にした。
★★★
ふたりがセントラルの出口に向かっていくほど、セントラルのざわめきは大きくなった。
「絵面が犯罪だろ」
「あの女の子……大丈夫かな」
「幼女に優しい俺カッコいい、的なパフォーマンスだろ」
「他の連中は何考えてんだ!? 亜人の肩持つつもりかよ!」
「ドラゴン、本当にいるのかなぁ?」
「いたら真っ先に、アンバーシェルから通知来るだろ」
「俺も嘘だと思うわ」
と言った声が聞こえてくる。
――行ってくる、か。
まさか、そんな言葉が聞けるとは思わなかった。祖父の話から、彼はほとんどコミュニケーションを取ることは出来ないと聞いていたからだ。
おまけに、さん付けで呼んでくるとは。レミィは口元に笑みを浮かべる。
存外、話しやすい相手だった。
無事に、みんな一緒に帰ってきて欲しい。
レミィは4人の背中が見えなくなるまで、立ちながら、じっとその背中を見続けた。
★★★
「行きましたよ、あいつら」
2階の席から受付を見ていたロバートは、テーブルに足を乗っけながら煙草を吸うウェイグを見ながら言った。
セントラルは広く、2階、さらには一部のガーディアンしかいけないが3階が存在する。
2階は席数が少なくよく取り合いになる。今ウェイグ達が座っているのも、他のガーディアンから奪った席だ。
ウェイグは席を立った。
「よぉし、行こうぜ」
「上手く行くといいねー」
「油断はしないようにしてくださいね」
「しねぇしねぇ」
ウェイグはゲラゲラと笑う。
「せいぜい頑張れよ、ゾディアック。最後は全部、俺らが美味しく頂くからよ」
口角を上げていうと、傍らに置いてあった武器を背負い、ウェイグは階段を下りた。残ったふたりも、その背中についていった。
ウェイグの愛用の武器、バトルアックスの刃が、シャンデリアの光で明るく照らされる。
鈍い銀色のその光は、どこか不気味でもあった。