「The Fourteen」
セントラルの扉を開けると全員の視線が一斉に注がれた。
「ゾディアックさん!」
「ラズィちゃん、大丈夫!?」
「おいどうなってんだよこの状況はよ」
中にいた大勢の声がゾディアックを包みこむ。
「落ち着いて。エミーリォはどこに?」
近くにいたガーディアンに聞くと2階にいると答えた。礼を言って歩を進めると、不安げな視線や渋面を浮かべながらもガーディアンたちは道を開けた。
少し前までの彼からは考えられない、堂々とした態度だった。
『全員その場にいて構わんぞ。好きな場所で待機せぇ』
エミーリォの声がセントラル中に木霊する。魔法によって増強したその声は、施設内全体に届いていた。
喋り声が止むと、再びしわがれた声が響く。
『今ワシの方は来客対応中でな。本当はお主らの前に顔を出したいんじゃが、そうは言えん。ただここから声だけで指示を飛ばすのだけは許可されたんでな、手短に指示を飛ばすぞ』
小声が聞こえた。来客してきた相手と少し会話をしたようだ。
『さてと……まぁ指示というてもシンプルじゃ。以前と同じよ。全員で犯人を探し討伐する、協力任務とする。仕留めた者には報酬を。最近ガーディアンが舐められっぱなしじゃからのぉ……うちに喧嘩売ったらどうなるか、思い知らせてやれ、クソガキ共。負けたら承知せんぞ』
エミーリォの音声が消えた。直後ガーディアンたちから気合の雄叫びが上がった。
ほぼ全員から出されていた声は地響きのようになり、若干床が揺れているような錯覚さえ起きた。
フォックスとビオレはワクワクした様子で一緒に声をあげている。レミィはいつの間にか受付カウンターへ向かい、従業員たちに何か指示を飛ばしているのが見えた。ベルクートとラズィは隣同士にいたが、特に会話らしい会話はなかった。ラズィは気まずそうに視線を逸らしている。
それぞれが思いを巡らせながらも、心を熱くし行動を取ろうとした。
その時だった。
振動音が鳴り響く。それが自分のポケットからだとゾディアックは理解した。
アンバーシェルが震えたためロゼからのメッセージだろうかと思っていると、振動音が伝染するように増えていった。
不気味な光景に水を打ったように静まり返ったガーディアンたちは画面を見ると、そこに書かれてある文言を見て、誰かが息を呑む声が聞こえた。
「……ガギエルが、国一個滅ぼしやがった」
男の声が聞こえると、ガーディアンたちからゆっくりと熱が引いていくのを、ゾディアックは感じ取った。
★★★
ガギエルが滅ぼしたのは小国だ。このサフィリアと大きさも人口も然程変わらない山の中腹にある国。それでも全土を一気に凍結させるその力は目を見張るものがあった。
「やりますね~、さすがドラゴン」
気分を良くした女性は雨に打たれながら鼻歌を口ずさむ。幼い少女のような純粋な微笑みを浮かべてサフィリアの街並みを見下ろす。
北地区にあるワイバーン発着場は閑散としていた。緑色の小型竜であるワイバーンは存在していない。この雨の中飛ばすわけにも、放置するわけにいかないため屋内に避難させているのだろう。
女性の鼻歌が徐々に音量を増すと、マルコがうめき後を上げた。頬に冷たさを感じ、意識が徐々に覚醒する。
「う、ぐ」
地面が濡れているのに気付く。雨が降る外で、うつぶせになって寝ていることを理解する。次いで湧いてきたのは、なぜこんなところで寝ているのか、という疑問だった。
記憶の混濁を起こしながら体を起こし、目の前にいる女性を見たその瞬間、マルコは全てを思い出した。
悲鳴を上げずぐっと息を吞む。相手は背を向けており、こちらに気づいていない。
口の前を片手で隠す。
「落ちつけ……落ち着け」
呟きながら周囲を見渡す。高い建物の屋上にいることだけは理解できた。風と雨が凄まじく、マルコは腕で顔を守る。
後方には出入口だろうか、扉が見える。今ここで踵を返してゆっくり動けばバレずに済むのではないかと考えていると、すぐ隣に包帯だけで体を覆われた人間が目に入った。
女性だ。ラズィが言っていた姉かもしれない。
「死んじまう……」
裸の上に包帯。おまけに意識もない。素人目に見てもマズい状況なのはわかる。
急いで近づき上着を脱ぎ体に被せる。雀の涙程度の防寒着だが無いよりはマシだろう。
以前、冬が近づいているとゾディアックたちは言っていた。どれくらい放置されていたか不明だが体はすっかり冷え切っている。
早くここから脱出しなければならないと思っている時だった。
「おはようございます」
マルコは座っているため見上げる形になる。
サンディを挟んでマルコと女性は見つめ合う。
「マルコ・ルナティカ……しっかりと”あなたを使おうとした”のですが、事情が変わりました」
「……」
「言葉わかりますか? わかりますよね。その首にある機械でこちらの言葉を変換しているようですし。魔力の流れが独特ですね」
背中に一筋の汗が伝う。柔らかな物言いだが、マルコの頭の中では警報が鳴り響いていた。
何か話すべきか。それとも黙っていた方がいいか。
「……ここは」
「ん?」
「ここは、どこでしょうか」
必死に悩んだ末、マルコは喋ることを選んだ。喋って時間を稼げばゾディアックが来ると考えてのことだった。
「ここ? ここはワイバーン発着場です。知ってますか? ワイバーン。緑色の小さなドラゴンで、凄く可愛いんですよ」
美人な見た目とは合っていない可愛らしい喋り方だった。とてもじゃないが、さきほどまで大剣を振り回していた女性には見えない。
考えろ。マルコは頭の中をフル回転させた。相手を不快にさせず喋りで時間を稼ぐ。言葉が通じるのであれば、情報を引きずり出すことだって可能のはずだ。
「なぜ、自分を人質に?」
「ゾディアックが大事そうにしていたから。本当のことを言うと用済みなのですが、人質に使えるかなぁと思いまして」
「……なるほど。あの、その」
視線をサンディに向ける。
「せめて何か服を……いや、彼女を屋内に運んであげてもいいでしょうか。このままじゃ」
「ん~。駄目です。正直言うとその子の生死はどうでもいいんですよ。欲しいのはヴェーナですから」
「ヴェー……魔力が? 必要?」
何に、と聞こうとして止めた。
どうやら何かしらの利用価値があるらしい。こんなボロボロの彼女を使ってできることと言えば。
「い、生贄ですか?」
「あら。どうしてそう思うのでしょうか」
「意識もなく、治療する気もないとしたら、その……触媒として扱って、何かを呼び出すためとか」
言いながら、マルコははたと気付く。
「……まさか、ガギエル?」
自然と出た言葉だった。
それを聞いて女性が白い歯を見せる。
「頭の中身はたっぷり入っているみたいですね。そうですよ。彼女はガギエルのために必要なのです。あとはあいつが来てくれるかどうかですが、まぁ大丈夫でしょう」
「そんな、いったいあなたは何を……この国が憎いのですか? それとも、何か別の理由が」
「もういいでしょう」
女性がマルコの前にしゃがむ。
そして目にも止まらぬ速さで腕を動かし、マルコの片耳を掴んだ。
「それっ」
可愛らしい声。
同時に「ブチブチ」という音が鳴り響いた。
マルコの悲鳴は、雷鳴によってかき消された。
「早く来てください、ゾディアック……この雷鳴と悲鳴が、私の宣戦布告ですよ」
蹲って片耳を抑えるマルコと、流れていく血を見下ろしながら、女性は高らかに声をあげた。
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