「The Thirteen」
突如現れた相手に対し、目を丸くする。
ウェイグはその顔を見て鼻で笑った。
「お前、ゾディアックか? 素顔はそんなイケメンだったんだな」
「……何の用で」
要件とこの場所を知った理由を聞こうとした。だがすぐに思考を切り替えて後ろを見る。
ビオレの顔が驚きから怒りに変わるのが見えた。
「レミィ!!」
叫ぶように名を呼ぶと、相手も理解していたのかビオレを羽交い締めにした。
あと少し遅ければ、弓を取り出し矢を放っていたところだろう。
「ビオレ! 落ち着け!」
「な、何で止めるんですか! あいつは私たちを……」
昔の記憶が蘇ってきたのだろう。ビオレは罵声を飛ばそうとした。
だが憎き相手の姿を見て、徐々に荒い呼吸が収まり、表情から怒りが消えていった。
「……何の用だ」
冷静になったと判断し向き直る。
「相談さ。情報も共有しようと思ってな」
「……ここをどうやって知った」
「情報屋の知り合いがいるだろ。お前も知っているはずだ」
ロバートか。名前は言わず理解すると、雷の轟音が耳を劈いた。
「とりあえず中に入れ」
「マスター!?」
「ありがたい。これ以上水浴びはしたくなかったんだ」
ウェイグは力の無い笑みを浮かべた。
★★★
「どうぞ、コーヒーです」
椅子に座ったウェイグの前に、コーヒーカップが差し出される。
「ありがとうございます。タオルまで」
軽く頭を下げて礼を告げる。
「いえいえ。気になさらないでください」
ロゼの言葉に対しもう一度会釈した。差し出されたコーヒーには手をつけず、ウェイグは俯いていた。
沈黙が流れる中、ビオレだけは唸り声を上げる勢いで、ソファの背もたれに顔を半分隠しながらウェイグを睨みつけていた。
「そんなに睨むなよ」
「睨むよ」
隣にいたフォックスに鋭い声を飛ばす。
ウェイグに関しての詳細は、さきほどゾディアックからあらかた説明された。そのせいで特に因縁深いだろうビオレが警戒するのは当然だと、フォックスは理解していた。
「だけど信じられねぇわ。あのおっちゃん、いい人だと思うぜ? 翻訳機だってあの人が作ってくれたし」
ビオレは黙って横目でフォックスを睨んだ。
そのやり取りを視界の隅で捉えていたウェイグは鼻で笑った。
「そりゃ警戒もするわな。こんな体で何ができるんだって話だが」
自嘲気味に笑いながら腕を上げる。魔力も流れていない鉄の塊を見て、ビオレも一瞬動揺したのか警戒心が緩む。
「とりあえず要件を」
テーブルを挟み対面に座っていたゾディアックに、ウェイグは視線を合わせる。
「……店を閉めようとした時だ。変な奴が来店して、襲われてな。ガーディアンを頼りにするのも考えたが、自然とお前の家を突き止めて、来ちまった。あれはお前じゃないと倒せないと思ったのかもな」
「変な奴? 黒髪の女性か」
「なんでそれを」
ウェイグの顔が包帯だらけのラズィに向けられる。得心したように頷いた。
「お前らも?」
「ああ。情けない話だが、俺もやられた」
「マジかよ」
「何で襲われたの。相手は何処に行った」
ラズィが近づいて聞いた。
「……襲われた理由は、魔力増幅装置だ。あの女はそれが狙いだった」
「魔力増幅?」
フォックスが疑問の声をあげる。
「わかりやすいのは転移魔法の原理だ。あの魔法は始発点と終着点が必要になる。各ポイントには何かしらのシンボルを置かなければならない」
ウェイグは答えながら湯気が立ち上るコーヒーカップを掴む。
「そのシンボルが、魔力増幅装置だ。術者の魔力を底上げして転移魔法を成功させるための機械。まぁ魔力を大量に持っている奴は、それすら無しで魔法を発動しちまうが」
「なんでそんなもんを求めてんだ?」
「さぁな。ただ、碌でもないことに使うのは想像できるぜ」
そこで、ゾディアックはあることに気付く。
「……ウェイグ。メ―シェルはどうした」
恋人の魔法使いであるメ―シェルの姿はなかった。襲われたというのは店だと言っていた。となると、彼女も危険にさらされたのではないか。
「……襲われたよ」
「大丈夫なのか」
ウェイグは頭を振った。
「殺されちゃいねぇ。だがあれが大丈夫かと聞かれれば首を振るね。見たこともない魔法を使われて、今も病院で苦しんでるはずだ」
両手で拳を作りテーブルに乗せると項垂れる。
「電撃の魔法っぽいんだが……なんつうか、陰湿すぎる。動くたびに電流が走るらしくてな。体内に何か仕込まれたのか、それとも遠隔なのか、時間経過で消えるのかすらわからない。わかったことは、この魔法が拷問に特化しているってことだけだ」
ゾディアックは息を呑んだ。見たこともない魔法に魔力増幅装置。
嫌な予感が頭をよぎっているとアンバーシェルが振動した。それはゾディアックだけでなく、ビオレとフォックスのアンバーシェルからもアラームが鳴り、他の面子も鳴り始めた。 ウェイグとロゼはきょろきょろと視線を動かす。
「なんだ、どうした」
「ちょっと待て」
シノミリアにメッセージが飛び込んでくる。それも多数。時間が経つにつれその数は増えていった。
その内容はすべてガーディアンが襲われたという内容だった。それもランク・ルビー以上のガーディアン。いわゆるベテランたちが被害に遭っているらしい。
全員の警戒心が強まる。ベルクートは窓の外を見渡す。
「今のところ、ここら辺に気配はねぇな」
「一気に来てんだけど? これもしかしてさ、複数人いるってこと?」
「さぁな。その可能性もあるが、以前、悪霊使いの獣人がいただろ。それと同じかもしれん」
ゾディアックの脳裏にトムの姿が過ぎる。
その時、襲ってきた女性とトムの雰囲気が似ていることに気付いた。
「ガーディアンが襲われているとなるとここにいられない。今からセントラルに集まるぞ。もうおじいちゃんが指示を飛ばしてる」
レミィが言うや否やアンバーシェルに、エミーリォからのメッセージが届いた。
どうやら話の続きはセントラルで行うしかないらしい。ゾディアックはウェイグに視線を向ける。
「ここで待っていてくれ」
「いいのかよ?」
「おのガーディアン情報はもう削除してあるんだ。セントラルにはどちらにせよ行けないぞ」
レミィは力強く相手を睨みつけた。
「わぁったよ」
ウェイグはお手上げだと言うように片手をあげた。
ゾディアックは部屋にいる面々を見る。各々が準備する姿を見ながら、仲間に対してだけは、これ以上の隠し事はなくそうと心に決めた。
「ロゼ」
「はい」
「ウェイグと一緒に留守番、頼む。それが終わったら……みんなに謝らないとな」
「……はい」
ロゼが力の無い笑みを浮かべると、ビオレとフォックスが近づいてきた。
「ロゼさん、行ってくるね!」
「え、あ、はい。行ってらっしゃい」
「なにボーっとしてんだよ」
「いや、2人とも……私はその、ディアブロ族なんですよ? 嘘をついていて」
2人は顔を見合わせて首を傾げる。
「ロゼさんが何族でも、別に構わないよ。ロゼさんが優しくて素敵で可愛い人だって知ってるもん」
「そうそう。だいたい俺、そのディアブロだがなんだかを知らないし。師匠が惚れた相手なんだろ? だったらさ、危険な人なわけねぇじゃん」
あっけからんと、ロゼを見つめながら2人は言った。
ロゼは目尻に涙を浮かべ、2人を抱きしめた。
「えええ!?」
「え、なんで!? やめろ恥ずかしいから!」
「行ってらっしゃいませ、ビオレ、フォックス。ありがとう……」
心温まる光景を見つめていると、レミィが肩を叩いた。
「まぁ私も、2人と同じ気持ちだよ」
「レミィ……」
レミはフッと笑う。
「亜人の私は差別される厳しさも知ってるし、ディアブロに恨みがあるわけでもない。それにお前には色々と借りがあるしな。これくらいの秘密はまぁ、なんだ。私の胸にしまっておくさ。ラズィの件も含めてな」
「それはありがたいですねぇ……」
力の無い笑みを浮かべながら、ラズィもゾディアックの前に立つ。非常に痛々しい姿だったが、その目は死んではいなかった。
「行きましょう。あの女の顔、ぶっ飛ばさないと」
ゾディアックは頷きを返した。
パーティが集まる中、ベルクートだけは何も言わずに、いち早く外へ出ていった。
★★★
夜ではあるが、空はどんよりとしていることが見て取れた。いつもは光り輝いている星々もすっかりと鳴りを潜めていた。
「うっ~さっぶぅ~」
両手で体を包みながら震えあがった。
男は人里離れた山奥で生活するガーディアンだった。主な生業はモンスターの討伐ではなく、環境維持を行う自然保護である。
今日も近くにある湖のゴミ掃除を行おうとしていたのだが、まさかここまで冷たい風が吹いているとは思わなかった。例年より、10度ほど低いのではないかと思ってしまう。
「冬はまだ先だろうが~。まさか雪とか降ってこないだろうな」
歯をガチガチと鳴らしながら歩いていると湖が見えてきた。晴れの日は青いゼリーのように太陽の光を反射する、美しい湖だ。
だが男は湖を見た瞬間、目を見開いた。口から白い息が零れ落ち、寒さが一瞬忘れさられる。
湖が、凍っていた。昼、いや、夕方までは液体だったのに、今はもう氷へとその姿を変えていた。
男はゆっくりと視線を動かし、湖の中心に”いた”塊を見つめる。
その塊からぎょろりとした球体が現れた。
それが何かの瞳だと知った時、男は悲鳴を上げる前に、銀色の世界に引きずり込まれた。
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