「The Eight」
「アンヘルちゃん」の放送が強制終了された直後、突然速報が流れた。
さきほどまで文句を垂れていたビオレとフォックスは内容を理解すると言葉を失い、顔を見合わせた。
「騎士団って……強かったんじゃねぇのかよ」
「……って聞いているけど」
ふたりの視線はラズィに向けられる。普段はのほほんとした雰囲気を纏っている彼女だが、今だけは張りつめたような空気を纏っていた。
「ふ~む……楽観視しすぎましたかね~。ごめんなさい、ふたりとも」
ラズィが小さく頭を下げた。
「いやいや、謝らないでよラズィさん」
「あんたが悪いわけじゃないだろどう考えても。そのガギエルってドラゴンがマジでヤバいってことだろ」
「戦ってみたい? フォックスは」
「……ゾディアックさんと一緒なら」
「逃げ腰じゃーん」
「そりゃ、本音言ったら戦いたくねぇよ! だってベルオッサンも師匠も強いって言ってた連中が負けたんだぜ?」
その通りだとラズィは思い、同時に違和感を覚えた。
騎士団がそんな簡単に、ドラゴン一匹に対してこれほどまでの大打撃を受けるだろうか。騎士団の全貌を熟知しているわけではないが、それでもこのやられ方には違和感がある。
「ん? ラズィさん」
「どうしました~?」
「なんかローブの中、震えてない?」
ビオレの言う通り、しまっていたアンバーシェルが振動していた。ラズィは断りを入れてヴィレオンの音量を下げると通話に出る。
「病院の先生? どうしましたか?」
『ああ、サンディさんのことで嬉しいことがありまして! 意識が戻ったというわけではないのですが』
嬉しそうな男性の声が聞こえる。サンディの担当医だ。
ラズィは少し落胆した。目を覚ましたということなら、飛び跳ねて喜んだのだが。だが嬉しいことは他にあるらしく、黙ってそれを待つ。
『サンディさん、お知り合いがいらっしゃったんですね』
「……知り合い?」
『ええ。古くからの知り合いでお見舞いに来たと……』
瞬間、胸中がざわつき始めた。
ラズィは眉根を寄せる。
「どんな人でしたか」
『へ?』
「相手の容姿です! どんな感じだったのか、だいたいでいいので教えてください」
『えっと、そうですね……とりあえず、黒かったです。黒髪が美しい女性でした。そういえば受付の子が話していましたけど、最初「ラズィさんがいるかいないか」の確認も取ってました。あ、もしかしてラズィさんのお知り合いですか?』
ラズィは勢いよく立ち上がり語気を強めた。
「今すぐ病室へ向かってください! 姉を救出して!」
『は? え、どうしました?』
「そいつは知り合いでもなんでもない! 病院から追い出して!!」
あいつだ。森の中でマルコを襲い、ベルクートと共に戦った黒髪の不気味な女性。
「ビオレ、フォックス! 家にいていいからゾディアックさんかベルクートさんに連絡して! 私は病院に行く!」
「え、ちょっとラズィさん!?」
「おい! どうしたんだよ突然!?」
ふたりの声を無視して、ラズィは椅子に置いていたとんがり帽子と杖を手に取ると家を飛び出した。
★★★
モヤモヤとした思いで胸が焼けそうだった。レミィは息苦しそうな表情を浮かべながらセントラルの1階へ降りる。
人だかりができていた。いつもゾディアックたちがいる席だ。
「どうしたんじゃ、団子になって」
後ろから着いてきていたエミーリォが首を傾げる。
ふたりが近づくとガーディアンたちが挨拶をしながら道を開ける。
集団の中心にはゾディアックとマルコがいた。テーブル席に座って縮こまっている。
「あ、レミィさん。その、お邪魔してます」
「よかった、助かった」
「……どういう組み合わせだよ。どうして、お前らがここにいるんだ?」
「雨宿りしようとマルコと一緒に来たんだ。そしたら速報が流れて、みんなが集まってさ」
レミィは周囲に目を向ける。ガーディアンたちのほとんどは、不安げな表情を浮かべていた。
ベテランであるガーディアンも、ここに集まっていない者も渋面になっている。
「これから騎士団が本気を出すのかなっていうのが、一番想像しやすいかな」
「いや、騎士団云々よりもゾディアック。まず言いたいことがある」
「ん?」
「基本的に、セントラルはガーディアンと職員以外立ち入り禁止だ。一般人、ましてや異世界人を連れてくるのは危険なんだよ。マルコには悪いけど」
申し訳なさそうに見ると、マルコは気まずそうに苦笑いを浮かべた。
「……今度から気を付けるよ。今回は大目に見て」
「ちょっと図々しくなったなお前。まぁいいけどよ」
レミィはマルコの隣に座ると煙草に火をつけた。
「ガギエルのことなんだけどさ」
「ん?」
「レミィ」
エミーリォが制止を呼びかけるように声を上げた。だがレミィは、手の平を向けて拒否する。
「さっきおじいちゃん宛てに情報が入ってきた。ガギエルは南に向かっているらしい。このオーディファル大陸のね」
「南って……」
周囲にいたガーディアンたちがざわつく。
「ここに来る可能性があるのか?」
「わからないけど、向こうが南の方に来る意味もわからない」
理由が不明というのはゾディアックも同意した。このサフィリアに来ても目的が不明だ。
あのガギエルというドラゴンが、力試しが好きなのであればゾディアック狙いで来てもおかしくない。だがそれなら騎士団を相手にした方がマシなはずである。兵力も武力も、ゾディアックより勝っているのだから。
疑問に思っていると、アンバーシェルから音が鳴った。魔法で兜を突き抜けて音が聞こえるようになっているためすぐ気づく。
取り出し、画面を見た。ロゼからだった。
「もしもし。どうした、ロゼ」
『あ、ゾディアック様。今大丈夫ですか?』
「うん」
『隣にマルコさんもいらっしゃいますか?』
「一緒にいる。セントラルで雨宿り中だよ」
『そうですか……よかった』
安堵のため息が聞こえた。
「どうしたの、本当に」
『いえ、実は気になることがあるといいますか、気配を感じ取ったと言いますか』
「気配?」
『はい。どこからか不明なのですが、今まで感じたことのないような強力な魔力を感じます』
「……ドラゴンか?」
小声で聞くと否定の声が返ってくる。
その時、隣で音が鳴った。マルコのアンバーシェルにも誰かが連絡を入れたらしい。
無視してロゼの方に集中する。
『どちらかというと、魔法です。何者かが発動しているような』
「……わかった。こっちでも探知してみるよ」
『手伝いますか?』
「ああっと……いや、待機していてくれ。ロゼが警戒するほどの相手と戦ったら、ロゼの姿が……」
『……かしこまりました。ゾディアック様、お気をつけて』
「ああ」
通話を切ると、マルコがゾディアックの前にアンバーシェルを差し出した。
「これは?」
「ビオレちゃんからです」
受け取って耳元に近づけた。
「どうした、ビオレ」
『あ、マスター! ちょっと大変!』
「な、なんだ。ちょっと大変って。今どこにいるんだ」
『ラズィさんの家。フォックスも隣にいるよ』
「……ラズィは? 近くにいないのか」
『そのラズィさんが、血相変えて飛び出して行っちゃって! 事情も説明してくれなかったけど、とりあえずマスターかベルおじさんに連絡しろって……』
意味が分からない。ゾディアックは首を捻った。
「なんだそれ」
『いや本当に。よくわかんない。ただラズィさん、すっごい焦ってた』
「何処に行くか言っていたか?」
『あ、病院に行くって言ってたよ! サンディさんの所かな?』
ラズィの姉が眠る病院だろうか。ゾディアックは怪訝に思いつつも頷く。
「わかった。病院に行ってラズィと合流してみる。ビオレたちは家にいろ。ラズィの代わりにお留守番だ」
『はーい』
通話を切ると、いつの間にかエミーリォがガーディアンを集めて何かを喋っていた。
「よいか。全員慌てる必要も焦る必要もない。ドラゴンのことは一度置いて仕事に励め。万が一サフィリアに近づいても、ここにはドラゴン殺しがいることじゃしな!」
豪快に笑ってゾディアックに視線を向けた。
勝手に期待されているが、嫌いではない。ゾディアックは片手をあげて答えた。
「よし! それじゃあいつもの業務に励むか家帰るか飲みに行け! 通知だけはすぐ見るんじゃぞ! 各自自由に、解散~」
緊張が解けたのが、ガーディアンたちは蜘蛛の子を散らすように散開した。ゾディアックも立ち上がる。
「帰りますか?」
「いや。ちょっと病院に寄る。ラズィを迎えに行こうかなと思ってる」
「じゃあ付き合いますよ!」
ゾディアックは一度渋った。これ以上マルコを連れ回すのは少し申し訳なかった。
だが何かあるとマズいため、基本的に一緒に行動するしかないだろう。
ゾディアックは頷きを返し、セントラルを後にした。
★★★
部屋に大量の銃火器が運ばれてくる。
「ふぅ……それで? 馬鹿デカい銃ばかり集めて何するつもりだ?」
「決まってんだろ」
マガジンに弾薬を詰め終わると、ベルクートは怒りに染まった目をオーナーに向けた。
「ドラゴン退治だ」
恩人が傷つけられて黙っているわけにはいかない。
ベルクートの怒りは、まだ姿も見えない氷のドラゴンに向けられつつあった。
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