「The Six」
朝方になると、雷雨はおさまっていた。
相変わらずの曇天ではあるが、ほど良い湿気は心地良さすらある。陰鬱としていた昨日よりは幾分マシだ。
鎧姿のゾディアックと、私服姿のマルコは朝からマーケット・ストリートに足を運んでいた。店の数と往来を行き交う人々の数は普段より少ないが、少しだけ活気が戻っているように感じる。
「今日は明るい声がよく聞こえますね」
買い物用のリュックを背負ったマルコが周囲を見る。
「やっぱり雨が降ってないからでしょうか」
「それもあるが、一番は騎士団の話題だろうな」
ガギエルが出現したという情報の直後、迅速に騎士団は出動した。そして昨夜の激しい雷雨からのこの天気。一部の住民はすでにガギエルが倒されていると思い込んでいる。
「安心感が違うんですね。街中を歩いている人たちを見てればわかります」
「この国のガーディアンより役に立つからな」
「あ……すいません! 決してゾディアックさん達を悪く言うつもりは……」
「いや、そういうつもりで言ったんじゃないんだ。すまない。それに事実だからな」
マルコは顎に手を当てた。
「そんなに強いんですね」
「ああ。だから安心して、材料の調達と場所の確認を行おう。ベルクートが3箇所候補を見つけてくれたから」
「はい! お付き合いしますよ!」
戦闘能力が皆無であるマルコは、こういった部分で一緒に行動できるのが嬉しかった。だからゾディアックが食料の調達を行おうとした時、率先して名乗り出た。
「ありがとう、マルコ」
ゾディアックが礼を言った。
それからふたりは指定の場所を確認し始めた。もっとも集客できるのは噴水広場だろうが、ここは競争率が高い。かといって他の候補である門付近で甘い物はどうだろうか。栄養補給という名目で売り出すか。
東地区付近に出すという案もあったが、店の予定地周辺は、東地区に住む一般人を狙った移動屋台が跋扈していた。
「噴水広場が無難かなぁ」
「まぁ見ていれば一目瞭然ですよね。本当は屋根のある喫茶店みたいな感じになるといいのですが」
「金を稼いで実績を積めば、空いた部屋を貸してくれる業者も出てくるさ。次は買い物を」
場所の確認が一通り終わり買い物を再開しようとした時だった。
空から水滴が落ち、ゾディアックの肩当てで跳ねた。
マルコが空を見上げながら両手を広げる。
「雨、降ってきちゃいましたね……」
残念そうに呟いた。
また陰鬱な空気が漂うのかと、ゾディアックは落胆した。
★★★
少し前までは空が若干明るくなった時間帯もあったというのに、一気に雷雨へと変わった。
近場で雷が落ちたのか、轟音が耳を劈いた。
「「うわ~~~……」」
ビオレとフォックスは萎えるように気の抜けた声を出し、両耳を押さえた。
自然の民であるビオレは悪天候に慣れている。だが慣れているだけであり個人的に雷は嫌いなものだった。
フォックスに関しては雨が単純に嫌いであり、前にあった亜人誘拐事件の犯人と戦った際、雷に体を貫かれているため軽いトラウマになっている。
「雷とかなんなんだよマジで……。うるさいだけだわ」
「同感。存在しないで欲しい」
「まぁまぁ~。そう雷さんを悪くいうものじゃないですよ~」
椅子に座っていたラズィは微笑んだ。
「魔法の中では攻撃面で大活躍なんですから~!」
「そりゃ強いのはいいけどよぉ」
「苦手な物は苦手」
ビオレは下がり眉になりながら、テーブルの上に広げられた一枚の紙を取る。
「う~ん。「ハッピー・ウェイ」、「スイーツスウィート、略称でSS」「フェリアドルチェ」……どう思う? ラズィさん」
ラズィは人差し指を顎に当てて小首を傾げた。
「ピンと来ませんね~。覚えやすいという意味では悪くないと思うのですが~」
「よし! じゃあこれは!?」
フォックスがどうだと言わんばかりに紙を見せる。
「熱血! 男の――」
「却下」
「却下です~」
「んでだよ!!」
フォックスは紙とペンを床に叩きつけた。
ラズィの自宅に集まった面々は店の名前を何にするか、候補を出し合っていた。しかしネーミングセンスが問われるこの作業に、全員が四苦八苦していた。店の看板メニュー作りでも試行錯誤を繰り返しているが、こちらもなかなかに厳しい状況だ。
「魔法とか技の名前は、ある程度決められていますしね~。一から考えるのは至難です~」
「自分で技名考えちゃって使うって人もいますけど、正直恥ずかしい……。だからやろうとは思わなかったんだけど」
「んだよ~。じゃあドラゴン何たらにしようかなぁ」
全員の唸り声が木霊する。ビオレは気分を変えようとポケットからアンバーシェルを取り出す。
そして表示された時刻を見て勢いよく立ち上がった。
「あ!!」
「うぉっ!? ビックリした! なんだよ!!」
フォックスもつられて立ち上がるが、ビオレの視線はラズィに向けられていた。
「ラズィさん、ヴィレオンにユタ・ハウエル映していい?」
「どうしたんですか~?」
「「アンヘルちゃん」が復活生歌配信してるんだって!!」
「あら~。素敵ですね~。それを聞きながら作業をしましょうか~」
「うん!!」
ビオレは頷きを返しリビングにあるヴィレオンにアンバーシェルの画面を映す。ゾディアックの家にあるのより若干サイズは小さい。
画面を素早く操作すると、ヴィレオンに「アンヘルちゃん」が映り、同時に歌が流れ始めた。
★★★
「よぉ、ジジイ」
最早懐かしさすら感じる声だった。
「ベルクートか」
ガンショップのマスターは白髪を掻き上げながら相手を見据えた。
「何の用だ、仕事サボり魔め」
「怒んなよ。顔の皺が増えるぞ」
「やかましい。商売放置してガーディアンをやって、挙句の果てに新しい店を開くだぁ? 舐めてんのか」
カウンターの内側にいたマスターは棚の下から短銃を取り出しスライドを引いた。
「お前の頭吹っ飛ばしてもいいんだぞ」
「意味のない脅しはやめてくれよ。とりあえず2階にある俺の荷物取りに来ただけだから。あ、露店に出していた銃は後日あらためて返すわ」
「捨てたぞ」
「は?」
「お前の部屋にあった荷物。ベッドごとだ」
ベルクートは大口を開けて固まった。
その様子を見て、マスターはゲラゲラと笑い始めた。
「嘘だよ馬鹿野郎」
「この野郎。死ねばいいのに」
「お前とうとう住処見つかったのか」
「まぁ」
「どうせ他人の家だろうがな」
「……否定はしない」
「オンナか」
「……」
マスターは額に手を当てて頭を振る。
「ちゃんと手順は踏んでから手を出せよ」
「やかましいわ!! あんたは俺の父ちゃんか!!」
下らねぇこと言ってんじゃねぇよ、と悪態を吐きながら店の奥に向かい階段を上る。背中にニヤついた視線を感じたが無視した。
少し前まで使っていた自分の部屋に入る。床には空になった酒瓶が転がったままだった。
出ていく前に感謝の掃除でもするかと思っていると、ポケットが振動した。
通話だ。アンバーシェルを取り出し画面を確認する。
「……不明? 誰だ?」
ベルクートは警戒しながら通話に出る。
「もしもし?」
『……』
「誰だ? イタズラか? 正直に謝れば許してやるぜ」
『……ベル?』
か細い声だった。まるで鈴の音が鳴るような声。
それを聞いた瞬間、ベルクートの脳裏にある女性の顔が浮かび上がった。
「……サレン、なのか?」
『うん……えっと、お久ぶり』
困惑した頭を落ち着かせようとベルクートはベッドに座る。埃が溜まっていたが気にしなかった。
「……よぉ」
『うん』
「は、なんだよ。元気そうじゃん」
『そう、かな』
「わかるよ。うん。声が明るい。よかった」
『ベルも、元気そうでよかった』
「ははは……」
たどたどしい会話だった。だがベルクートは違和感を覚えていた。
確かに相手はサレンだ。問題はサレンがどうやって、何の用でベルクートに連絡をしに来たのか。
そして、なぜ相手の声は少し”焦っているのか”。
「どうやって番号を知ったんだ?」
『ギルバニアのセントラルから、各国のガーディアン情報を洗い出していたらベルを見つけて』
「なるほどね」
『それでね、伝えたいことがあるの』
「ん? おう」
『お、落ち着いて聞いてね。その……』
相手は一度息を呑んだ。
『隊長が、アリシアさんが――』
続きの言葉を聞いた瞬間、ベルクートは目を大きく見開いた。
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