第22話「人手」
雲が多い。時折太陽が現れ、再びその姿を消すを繰り返している。雨は降らないらしいが、これからどうなるかはわからない。
時刻は昼頃。昼食を終えいつもの鎧に着替えたゾディアックは、兜の隙間から空を見上げていた。
「……会えるかな、ラミエルに」
「今のところ、ドラゴンの目撃情報は出てませんね」
玄関前で、不安な声色で聞いてくるビオレに対し、ロゼはアンバーシェルの画面を見つめながら言った。ロゼのアンバーシェルはゾディアックと違い、裏面が赤色に染まっているデザインだ。
「ということは、村の近くから離れていない可能性が高いですね」
「……今日会えれば、御の字だ」
ゾディアックは言って、ロゼの方を向く。
「行ってくる」
「はい。行ってらっしゃいませ」
ビオレはふたりを交互に見る。
「……お友達、救えるといいですね」
ロゼがそう言うと、ビオレは頷きを返した。
「い、行ってきます。ロゼさん」
「はい。ビオレさんも、どうかお気をつけて」
ゾディアックは背を向け歩き始め、ビオレはその黒くて大きな背中についていった。
★★★
馬車を使い、いつもセントラルへ行く時に使う路地近くまで来る。
薄暗い路地は曇りのせいで余計に暗くなっていた。そこをふたりは進んでいく。
進んでいくと、人がひとり立っていた。
「よう、ゾディアック」
壁に寄りかかってアンバーシェルを操作していたベルは、顔を上げ、ゾディアックに片手を上げた。
「ベル? なんでここに」
「はは。まぁ、なんだ。昨日連絡してくれたろ。それ見てよ」
ベルは後頭部を掻く。そこで気づく。ベルが、何かケースのような物を肩からかけていることに。
「俺もドラゴンが見たいと思ってね。銃も持ってきちまった」
「……何を言っているんだ? キャラバンだろ。ガーディアン以外は行けない」
「ああ、まぁ、それなんだが」
視線を下に向けたかと思うと、意を決したようにゾディアックを見る。
「行けるんだわ、これが」
「……お前、ガーディアンだったのか?」
「事情は任務のあとで説明するからよ、どうよ。パーティに入れてくんねぇか?」
そう言ってケースを握る。
「銃持ちでもよければ」
気になる点は多かったが、手が増えるのはありがたいことだった。
「ランクは」
ゾディアックが聞くと、ベルクートは右手の手袋を取り、指先を天に向ける。
「ダイヤモンドだ」
中指に嵌められたダイヤのリングが、曇り空の下で光り輝いた。
★★★
ガーディアンにはランクというものが存在し、その数は、たったひとつの例外を含め全部で8つある。
例外を除くランクは低い順に、
「パール」
「エメラルド」
「サファイア」
「ルビー」
「ダイヤモンド」
「マスグラバイト」
「タンザナイト」
そして例外の「レッドダイヤモンド」
となっている。各ランク保持者は、ランクの名でもある”宝石”が装飾されたアクセサリーを身につけなければならない、という決まりがある。アクセサリーはセントラルから支給される。
ダイヤモンドのベルは、いわゆる「ベテラン」であると言えるだろう。
そんな人物が、どうしてキャラバンとして活動し、身分を隠してまでゾディアックに近づいてきたのか。
おおよその見当がついているが、ゾディアックは黙った。たとえ予想通りだったとしても、さして問題ではないからだ。
それよりも、人手が欲しかった。
3人となった一同は、セントラルへ足を踏み入れる。
直後、注がれる多くの瞳。ビオレは怯え、ゾディアックの足元にしがみつく。昨日の今日で、この威圧感のある視線に慣れるわけがない。ゾディアックでさえも、未だにこの目線を辛く思っている。
ひそひそとした話し声が聞こえてくるが、すべて無視して掲示板の前へ行く。道中にいたガーディアンは、ゾディアックに触れないよう道を譲る。何人かは、にやけ面だった。
掲示板を見ながら、ゾディアックは目的の依頼書を探る。それはすぐに見つかった。
落書きが、されていた。ゾディアックではなく、ビオレに対する心無い言葉が数多く記されていた。
背後から含み笑いが聞こえる。視界の隅にいる女性ガーディアン達は、ゾディアックをチラチラ見ながら耳打ちしている。
「はぁ……ガキばっかかよ」
ベルが呟いた。
ゾディアックは依頼書を持って受付に向かう。カウンター内に座っていたのは、レミィだ。
「……頼む」
ゾディアックは言った。レミィはじっとゾディアックを見つめながら、依頼書を受け取る。
「これ、10枚目なんだよ」
「え?」
「破かれるわ、盗まれるわ、焼かれるわ、落書きされるわで。まぁほとんど同一人物がやってたんだけど」
「……そうか」
「まぁ、こういう依頼書も味があっていいか」
「……ああ」
「ああ、じゃねぇよ。否定しろ」
レミィは軽く笑いながら言った。
冗談であるかどうか判断できなかったため、ゾディアックは口ごもる。
「で……ああ、あんたか」
「よ。昨日の夜はどうも」
ゾディアックはベルとレミィを交互に見る。ふたりは昨日会っていたらしい。
「昨日のうちに、俺も参加するって意思表示をしといたんだよ」
「私もです~」
後ろから声がかかった。振り向くと、杖を持ったラズィがいた。
「セントラルに行ったら、もう貼り紙があったのでー」
「……そうか。ありがとう」
「いえいえ~。あ、あとで連絡先交換しましょうね~」
相変わらずのほほんとした喋り方だったが、そのおかげか、張り詰めた空気が少し緩んだ気がした。
「で、パーティはこれで全員かな……そうだ。そのグレイス族の子はセントラル(うち)で預かるよ。そうしたら任務が終わるまでは安全のはずだ」
ゾディアックは頭を振った。
「あ? なんだよ、どうした」
レミィが怪訝そうな顔をした。
「この子も連れていく。ドラゴンに……会わせる」
「……はぁ!!?」
「えぇ?」
「あら~……」
信じられない言葉に、レミィと、そしてベルとラズィが驚きの声を上げた。
ビオレはよくわかっていないのか、ゾディアックのマントに隠れたままだった。