「The Four」
仲間たちが座るテーブルに来たビオレは、椅子に座るとつまらなそうに頬杖をついた。
「やることなーい」
気の抜けるような声だった。ゾディアックは兜の下で苦笑いを浮かべる。
セントラル内は活気に溢れていたが、依頼の書類が貼られている掲示板には空白が目立ち、その活気を発散させる物がなかった。外は大雨ということもあってか少し気分も陰鬱になっている。
「本当に任務少なくなっちゃいましたね~」
「どうしようかなぁ。魔法の練習でもしようかなぁ」
「あ~。なら私の家に来ますか~?」
ラズィが小首を傾げて言った。
「私の家、魔法を使ってもいいように魔法陣を壁に埋め込んでいるので。音も威力も防いでくれますよ~。ゾディアックさんの家にはない機能です~」
「……普通は家の中で魔法なんか使わないよ」
ゾディアックは呆れた。
ビオレの目が輝き、ラズィを見る。
「え、それ凄くない? ラズィさん魔法教えてよ」
「いいですよ~」
「マスター、魔法のこと上手く教えてくれないし、ベルクートおじさんは教え方上手いくせにたまぁに適当になったり嘘教えたりしてくるから嫌なの」
「言われてるぜ? お父さん」
「誰がお父さんだ、おじさん」
弟子に嫌われた男ふたりがいがみ合っていると、テーブルに勢いよく手が乗せられた。
音の主はフォックスだった。息を切らし、舌が飛び出ている。
「おかえり。ミカとイチャイチャしてきた?」
「アホぬかせ。適当にあしらってきたわ」
「素直になればいいのに。ミカのこと嫌いなの?」
「あぁ!? ……き、嫌い……じゃねぇかもだけど苦手っていうかよぉ……」
ゴニョゴニョと口許を動かしているのを見て全員がニヤつく。
「んだよその顔は!!」
「いやぁ。若いっていいなぁと思って」
「いいですね~、フォックス君の恋についてもお聞きしたいので~、おチビさんたちは私の家に集合で~」
「さんせ~!」
「おい! 勝手に俺を巻き込んでんじゃねぇよ!!」
楽しい会話を聞きながらゾディアックはアンバーシェルを取り出す。
画面に写真が浮かび上がる。ロゼが送ってきた、マルコのデザートだ。見かけたことのあるシンプルなデザートから色鮮やかで凝っている物まで。
写真と共にメッセージが添付されており、「家の中が甘ったるいです。お菓子の家になっちゃいます」という文字と、困り顔文字が添えられていた。
「平和だねぇ」
ベルクートの声が聞こえた。どこか含みのある言い方に、ゾディアックは視線を向ける。
「気になるのか? 依頼書が少ないのが」
「まぁな。ただ原因がハッキリしているだけマシさ」
「十中八九、ガギエルのせいだろうな」
「ドラゴンの前にはどんな生き物も首を垂れるからな。モンスターも同じくだ。奴がいるおかげで俺たちが平和になっているのは、ある意味幸運なのかもな」
「……何事もなく、騎士団がガギエルを倒してくれればいいな」
そこで会話が途切れると、ゾディアックのアンバーシェルが激しい音を立てて揺れ動いた。
画面にマルコからの着信を告げる表示が浮かぶ。通話に出て耳元に持っていく。
「もしもし」
『あ、もしもし。ゾディアックさん。お疲れ様です。マルコです』
「大丈夫。存じてるよ。どうしたの?」
『近くにベルクートさんいらっしゃいますかね? さきほどから電話をかけているのですが繋がらなくって』
ゾディアックはいったん断りの言葉を告げ、ベルクートを肘で突いた。
「なに? なんだよ」
事情を説明すると、納得したのかアンバーシェルを確認する。そして「あっちゃ~」と声を出して額を叩いた。
『どうです?』
「隣でベルおじさんは頭を抱えている」
『ああ、なるほど。いや別に急ぎの件じゃなかったのですが、少々お聞きしたいことがあったんです。場所のこととか。その場所にどんな種類の人が通るのか知っておけば、目玉商品も作りやすいんじゃないかなぁと思って』
「わかった。これグループで会話ができるからベルクートも誘おう」
そう言ってゾディアックはベルクートに事情を説明した。
ガギエルのことは気になっていたが、この時だけは平和な時間と話題に心を傾けていた。
★★★
受付前は閑散としていた。当然である。依頼書がないためガーディアンが来ることはまずない。
「暇っすねぇ、レミィさん」
受付嬢であるマリー・ルオルは横にいるレミィを見た。2番窓口を担当している彼女は足を組み、トール・アンバーシェルの画面を見つめている。
得心のいかない顔で見つめているため、面白い動画を見ているわけではないらしい。
「レミィさん?」
再度呼びかけるとレミィが顔を上げた。
「聞こえている」
「どうっすか? せっかく復帰できたのにお仕事がない今の気持ちは」
「気楽だ。凄く気分がいいよ。これが毎日続くのは勘弁して欲しいが」
「うちは毎日でもいいっすけどね~」
茶色に染めたショートヘアの前髪を上げる。
「愛しのゾディアックさんはなんか楽しそうにオッサンと話してるっすね」
「はぁ? 愛し?」
「あれ? レミィさん、ゾディアックさんのこと好きなんじゃ?」
レミィは噴き出した。
「いいガーディアンだと思うが、惚れる対象じゃないな。私の好みじゃない」
「あれ? でも大柄の人が好きなんすよね?」
「……誰から聞いたんだそれ」
「プセル」
「あの馬鹿、唇縫い合わせてやろうかな」
「あいつの軽口が止まればいいっすねぇ、それで」
マリーは空気を漏らすように笑った。それからレミィは、マリーが時折振ってくる話題に答えながら画面に集中する。アンバーシェルを数倍大きくした、両手で持つ用のトール・アンバーシェルの画面には、ガギエルの情報と昨日の報道記事が表示されていた。
ガギエルは昔から目撃されているドラゴンであり、それなりに情報もあるらしい。少なくとも友好的でないことは確定済み。相手の特徴や、ご丁寧に戦い方の戦法なども軽く載せられている。
誰が戦うとも知らずに勝手に戦法を書くのは机上の空論だ。ゾディアックが見たら苦笑いするだろう。だが興味を引く内容ではあった。
空気中の水分を一瞬で凍結させ、魔力に変換し己の魔法の糧とする。ゆえに、ガギエルは魔力切れを起こさないとされている。
常に氷の膜に吹雪を出現させ、これといった弱点を看破することが不可能。
戦うとなれば魔力を遮断させる装備を身に着け、敵の魔法を無力化しつつ回復させないようにするのがベストか。幸い、ガギエルは物理的攻撃よりも魔法攻撃が得意らしい。
「まぁ、連中なら勝てるだろう」
全員が「ランク・ダイヤモンド以上」とされている戦いの精鋭たちが集められた組織、騎士団。
たかがドラゴン一匹にやられたとなれば、それはギルバニアの敗北か、組織の怠慢が露呈するか。
それとも、敵が強すぎるのか。
「レミィさんずっとアンバーシェルと睨めっこしてるっすね~」
「……ああ、悪かったよ」
あまりに気にしすぎない方がいいかとレミィは自分を押し殺すと、アンバーシェルの電源を落とし、ブスっとした表情のマリーに雑談を振り始めた。
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