第217話「鯛を焼くと笑みが零れる」
キッチンに来たマルコは使用する材料を皿に乗せていく。目分量でやると失敗する、と以前宣言した通り、計量器を使いながら真剣な表情で行い始めた。
「悪いな。ゾディアック」
椅子に座ったレミィが言った。
「今日はガーディアンとして働くつもりだったんだろ?」
「いいんだ。さっきアンバーシェルで皆に聞いたら、今日は”平和な日”らしい」
セントラルに来る依頼の量が少ない、という現象はたまにある。施設を利用する者はこの現象を”平和な日”と呼んでいる。仕事をしようにも存在しないため、キャラバンの仕事を手伝うか修行するか遊び惚けるか、各々が自由に行動するのが通例だ。
「そうか。運がいいのかもな」
「とりあえずデザート作りに専念できそうだ」
その時、マルコが声をあげた。
「あ~……あれ? もしかして――」
言いながら冷蔵庫の中や棚の中をチェックし始める。既にマルコはこの家の料理をたまに手伝うくらいになっているため、冷蔵庫を見られてもロゼは何も言わない。
「どうしたんですか、マルコさん」
ロゼが隣に行って聞くと、困ったように頬を掻く。
「あの、小豆とかないですよね。餡子とか」
「アン?」
ロゼは首を傾げた。
「簡単に言うと、たい焼きの生地の中に入れる具のことです。豆なんですけど」
ゾディアックはアンバーシェルで小豆という単語を調べてみる。検索の結果は非表示、つまり見つからなかった。
「ないな。その材料」
「そうですかぁ」
「それがないと、駄目なのか?」
肩を落としたマルコを見て不安げな声をレミィは上げた。
ハッとしたマルコは手をぶんぶんと振る。
「ああ、いやいや! 違います、大丈夫です! 自分のいた日本では、小豆が入っているのが親しみがあるというか、ベーシックと言いますか。他の材料で賄えるので安心してください」
それを聞いてレミィはホッと胸を撫で下ろした。
反応から、どうやら相当大切な物らしいと察したゾディアックとマルコは頷き合う。
「では、作っていきましょう。たい焼き」
「よろしく頼む」
薄力粉や牛乳、ベーキングパウダー、卵を混ぜていく。
「異世界にもベーキングパウダーあるんだなぁ」
「どうした?」
「いや、何でもないです」
ふたりは巨大なボウルを掴み、泡立て器を動かし続ける。ダマにならないようしばらく動かしたところでマルコが油を取り出した。
「今更ながら言うのですが、たい焼き作り自体は簡単です」
「そうなのか?」
「ええ。材料を間違えなければどんな作り方でも見た目は変わりません。見た目は型によりますしね。だからこそ中身で違いを見せることができたらなと」
「中身か」
「ええ。だからここで手伝ってもらいましょう」
そこでマルコがビオレとフォックスを呼んだ。
「いいですか、ふたりとも。今日はデザート作りです。修行の成果を見せてやりましょう」
「よっしゃ、やるぜ!! 何を作ればいい?」
「フォックス君はカスタードクリームを、ビオレさんはチョコレートクリームを作ってください」
「「りょーかい!」」
元気のいい返事をして、ふたりはテキパキとした動きで材料と皿やボウルを手に取っていく。キッチンは4人入ってなおスペースがあるが、子供ふたりはダイニングテーブルを使用した。
「私どいた方がいいか?」
「ああ、大丈夫です! 座っていてください! 見ていて大丈夫ですよ!」
正面に来たビオレはすぐに作業に取り掛かり始めた。その隣にフォックスが来る。
「いつの間にか練習してたのか?」
板チョコを割りながらビオレが微笑んだ。
「マスターとマルコさんがほぼ毎日お菓子作り修行しているのを見ていたら、つい気になっちゃって」
「本当はつまみ食いしたかっただけなんだけど、自分で作れたらもっと美味いしつまみ食いする必要性ないなと思ってさ。ふたりで教わった」
「卑しい考え方しないの」
「お前だって同じ考えだっただろうが!」
言い合う両者を見てクスリと笑う。賑やかな空間はいるだけで心地よかった。
レミィの脳裏に、かつてヨシノ達と一緒に過ごしたあの家が思い浮かんだ。
「そういえば、ゾディアック。ベルクートとラズィは?」
生地を持ち上げながらゾディアックは言った。
「資金集め。あと資格取得で奔走している」
「資格?」
「料理系だから、「一定の水準を満たしている料理を提供する」っていう資格と「料理提供してもいいですよ」っていう意味を持つ資格を取りに行ってる。これがないと信頼に欠けるらしい」
「まぁ直接体に影響を及ぼしますからね。下手な物出して食中毒とか起こしたらもう」
ゾディアックとマルコは身震いした。
すると、レミィの近くに来たロゼが手を挙げた。
「それで、私が売り子をします!」
「おお、ロゼさんが。これは商売繫盛しますね」
「またまた~。口が上手いですね、レミィさん」
「本心ですよ。ロゼさん、下手したらサフィリアでもかなり美人というか……可愛らしいというか。とりあえず人気が出ないってことにはならないかと」
「あはは、ありがとうございます。ただ、レミィさんに言われると、こう、ちょっと複雑」
ロゼが”可愛い系”なら、レミィは”美人系”だろう。両者共に顔面身体的偏差値は非常に高い。
「エッチなのはレミィねーさんだよな」
「あんた失礼すぎるでしょ!」
「ロゼだってエッ――」
「ゾディアックさん!! 黙りましょう!! 尊厳が!!」
外野が騒ぎ始めた。再び賑わう面子を見て、レミィの口許が緩む。
「ゾディアック」
「え、あ、うん、何?」
「全てが落ち着いたらさ……たまにでいい。たまにでいいから、私にお店手伝わせてくれよ」
ゾディアックの手が止まった。全員の視線がレミィに集まる。
「ほ、本気?」
「駄目か?」
「百人力ですよ! お客様いっぱい呼び込めますよ! ね、ゾディアック様」
ロゼがニコニコとした笑顔を向けてくる。そして答える前にレミィの手を握った。
「一緒にお店盛り上げていきましょうね!」
「え、ああ。よろしくお願いします。ただベルクートにも許可を」
「大丈夫です! ベルクートさんなら「いいぜ」って即答してくれるので」
「美人に弱いからなぁ、ベルおっさん」
「舐められてるなぁ、ベルおじさま」
新たな仲間が入った所で、カスタードクリームとチョコレートクリームが完成した。
そして生地もできあがった。
マルコはレミィが持ってきた鉄板を広げる。折り畳み式になっており、上部と下部に魚の体を模した型がふたつずつ彫られていた。
「タイ、は自分のいた世界に生息する魚から持ってきております。魚の形をした生地で焼いてみたら、見た目が可愛らしくて好まれたとかで」
「へぇ。なるほど。だから”たい焼き”なのか」
マルコは鉄板に油を垂らし広げると、暖かくなってきたところで生地を流し込んだ。
「大量に入れず、少量を広げていきましょう。大量にいれると鉄板を折りたたんだ時に、隙間から生地がぶちゅぅっと零れます」
「聞いといてよかった。絶対やらかしてた」
固まるまで待つと反対の面にも同様に入れていく。そして生地の上に、カスタードクリームとチョコレートクリームを入れていく。
「あとは蓋をして焼けば……」
「あ、私が温めますよ!」
「ロゼ、俺がやってもいいんだけど」
「私だけ何もしてないみたいなのが嫌なんです」
頬を膨らませたロゼは鉄板を折り畳み、炎の魔法を流す。
それから2分後に、再び鉄板を開いた。
「わぁ……!」
ロゼが可愛らしい声をあげた。その声でデザート作りに成功したことを、レミィは察した。
★★★
「毒味役、頼むぜベルおっさん」
「お前ね。疲れてきたオッサンに対して毒味やらせんのはどうなのよ」
夜、ゾディアックの家を訪れたベルクートとラズィは速攻で椅子に座らされ、たい焼きの味見をすることになった。
「疲れた体には甘い物ですよね~。にしても、可愛いですね~たい焼き」
ラズィがひとつ手に取って笑みを浮かべる。魚の形をした生地はどことなく可愛らしくもあった。
「大丈夫? 中身焦げばかりじゃない?」
「いいからひとつ食えよ!」
「わぁったわぁったよ」
ベルクートもひとつ手に取り口に運ぼうとし、止まった。
「……あのさ、これマナー的にどっちから食えばいいの?」
「何、マナーって」
フォックスが首を傾げた。
「いや、頭から行けばいいのか尻尾から行けばいいのか腹からかぶりついた方がいいのか」
「ああ、好きなところからで大丈夫ですよ。食べ方は自由です」
「了解、マルコ先生」
ベルクートは腹から、ラズィは頭からたい焼きにかぶりついた。
柔らかな生地を突き破り、とろりとしたカスタードとチョコレートクリームが流れる。
「……うっま、これ!!」
「……美味しい……」
驚くベルクートと頬に手を当ててウットリしているラズィを見て、ゾディアック達はハイタッチをしたりと喜びを分かち合った。
これなら持っていける。レミィは深く、全員に感謝しながら明日の予定を頭の中で立て始めていた。
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