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ディア・デザート・ダークナイト  作者: RINSE
Dessert5.たい焼き
221/264

第216話「再度の決闘は甘味を添えて」

「はぁ、ルーの奴は本当どうしようもないな」


 クロエは強張った筋肉を解すように右肩を回した。

 アイエスへ向かう道中、愚痴を零しながら昨日のことを思い出す。亜人街では暴力担当として名を馳せているルーが、またガーディアンとトラブルを起こした。理由は踊り子であるグレイス族が暴力を振るわれたかららしい。


 他の国から来た亜人誘拐事件の犯人を、ガーディアンと一緒に捕まえたときは、互いの関係が少しは友好になるかと思った。

 実際友好関係になったところもある。だが極小数だ。依然として亜人とガーディアンのわだかまりは改善されていない。


 そうこうしているうちにアイエスにたどり着く。最近毎日通っている気がする。自分の尊敬する女性がずっといたからだろうか、昔を思い出してしまったからだろうか。

 ドアを開けると薄暗い店内の中、ひとりテーブル席に座って酒を飲むブランドンがいた。電気はつけずロウソクの頼りない灯りだけが店内を微かに照らしている。曇り空も相まって酷く陰鬱な空間となっていた。


「ブランドン」


 声をかけて隣に座る。相手はぼーっとした目で空になったグラスを見つめていた。


「どうしたの?」

「……ん? ああ、クロエか」

「寝てたのか」

「ああ。ついさっきまでレミィと話していたが、いなくなってから眠気が急にな」

「レミィさん来てたんだ」


 一瞬紅葉様と言いかけた。かなり経つのに、未だにこの癖は抜けない。


「どうやら……決闘やらを経て、あいつは自分の運命を掴み取ったらしい」


 クロエが目を開く。


「それって、善乃様に勝ったのか……! 流石」

「ああ。だがレミィも相手も無傷らしい」

「へ?」

「そのせいか、まだレミィはスッキリしていないらしくてな。だからもう一度戦いに挑むらしい」


 ブランドンは鼻で笑った。


「今度は仲間と一緒に……デザートで相手にトドメを差すんだと」


 喉奥を慣らす相手に対し、クロエは首を傾げるばかりだった。




★★★




 廃屋にも見て取れる魔法道具屋に、静かな笑いが木霊した。 


「面白い依頼ばっかりしてくるな。あんたは」


 口許に拳を当てて笑うウェイグに対し、レミィは鼻を鳴らして顔を背ける。


「うるせぇよ。金払うんだからいいだろうが」

「前回は異世界人(ビヨンド)用の翻訳機で、今回は鉄板の型だと? 道具屋を名乗っているが、こんな依頼をしてくるのはあんたくらいだ」

「うるせぇって。それで、作れるか? これ」


 レミィは差し出した紙をトントンと指先で叩く。

 ウェイグは頷いた。


「明日にはできるよ」

「相変わらずの早業だな」

「以前は言わなかったかもしれないが、メ―シェルも手伝ってくれているからな。あいつはあいつで優秀な魔法使いだ。手先は不器用だが、俺がカバーする」


 義手ではない片腕を上げ、フッと笑う。


「片腕でも器用な物なのさ」

「……感謝するよ。ありがとう」

「なぁ、ひとつ聞いてもいいか」

「ん?」


 ウェイグは鼻の下を擦った。


「そのよ、デザートって、流行ってんのか?」

「え?」

「どうなんだよ」


 バツの悪そうな相手に対し、相槌を打つ。


「流行ってるかどうかはわからないが、女の子は喜ぶんじゃないかな」


 その答えに、ウェイグは口許に笑みを浮かべ、呆れるように息を吐いた。




★★★




「ここにいる意味も、なくなりましたね」


 ベッドの上に座りながら、窓の外を眺める。宝石の国とも呼ばれていたせいか、曇り空でもどこか街は輝いているように見えた。

 外の光景に目を奪われているヨシノの背中に、クーロンが声をかける。


「帰還なされますか」

「……一応、この大陸内にはまだ用事があるけど」


 ヨシノはため息を吐いた。事あるごとに、先日浴びせられた紅葉の、レミィの声が脳内を飛び交う。

 自分に一国を背負う度量と才は、持ち合わせていないと思っていた。だが一番の友人に勇気づけられたせいで、その思いがぶれていた。

 どうせもうすぐ王族でもなくなるのに、まだ戦えるというのか。無能な自分がスサトミ大陸の国々を支えることができるのか。 

 未だに不安の方が大きい。思えば思うほど息苦しくなる。


「戻りましょうか、クーロン」

「……は」

「何の成果も得られず仕事も放棄し戻ったら、首を落とされるかもしれませんね」

「その際は抵抗させていただきます」


 ヨシノはクーロンの方を見る。


「ヨシノ様をお守りし、逃げまする」

「罪人になってしまいますよ?」

「構いませぬ。我が主はヨシノ様だけ。地獄が待っていようと切り開いて見せます」


 真剣だった。他の者が言ったら大法螺を吹いているようにしか聞こえない。だがクーロンの力強い言葉は安心させてくる。

 ヨシノは微笑みを返す。


「ありがとう、クーロン。それじゃあ」


 そのとき、室内にベルの音が鳴り響いた。クーロンはヨシノに「ここにいるように」と指示を出すと玄関へ向かい扉を開けた。


「なにっ、貴様は」

「邪魔するぞーい」


 聞き覚えのある声だった。

 クーロンの横を通り室内に入ってきたエミーリォは、ヨシノに一礼した。


「これは姫様。ご機嫌麗しゅう」

「……何の用? 決闘の結果なら紅葉から聞いているでしょう? 命を懸けて戦ったのに生きている私を、嘲笑いに来たのですか?」

「まさか。そんな無駄なことはせんよ」


 両手を上げて無抵抗であることを示す相手に対し、首を傾げる。


「では何用で」

「なに。ただのお願いをしに来たんじゃ」

「お願い?」

「ああ。もう少しだけここに滞在してくれんかの、ご両人。ワシの孫が、渡したいものがあると張り切っておるんじゃ」

「……紅葉が……」

「それが何なのかは言えん。だが少しだけ待っていて欲しい。「後悔はさせない」。孫のこと、信じてくれんか。頼む」


 頭を下げるエミーリォに対し、ヨシノは渋面になる。


「……わかりました」

「よろしいのですか、ヨシノ様」

「別に、急いでいる旅でもないでしょう? なら、贈り物を受け取りましょう」


 これが今生の別れになるかもしれないのだから。

 物憂げな表情で了承すると、エミーリォはしきりに頭を下げ続けた。




★★★


 


 レミィとヨシノの決闘から2日が経過していた。

 家の庭で木剣を振るフォックスに対し、ゾディアックも木剣でそれを受ける。巨体に似つかわしくない剣の大きさは小剣のようでもあった。だがフォックスと使っている物は同じ。体躯の差のせいで、獲物に差があるように見えてしまっていた。


 フォックスが気合の声を出しながら突きを放つ。渾身の突きだったのだろう。剣の腹で受けたゾディアックが後退する。


「「「おお~」」」


 縁側で座りながら見ていたロゼとビオレ、マルコが感嘆の声をあげながら拍手する。


「よっしゃ! どうよ、師匠」

「うん。素晴らしいな」

「お見事ですよ。フォックス」

「かっこよかったよ!!」


 ビオレ以外から投げられた、称賛の言葉を受けてガッツポーズをするフォックスを見て微笑む。


「スリをやっていたころに使っていたデタラメなナイフ捌きより、剣の扱い方が上手くなってる」

「ぐっ、俺の黒歴史を……いやでも! ナイフ術だって頑張ってんだぜ!」

「そうか。なら、剣よりナイフか? どちらも得意になりたいなら、どちらかを修得(マスター)してからの方がいいぞ」

「むぅ……わかったよ」

「2匹の兎を追う物は、1匹も得られない、ね」

「うるせえって!!」


 ビオレがヤジを飛ばすと、フォックスがガァっと吠えた。

 先日と変わらない曇り空だった。今日は昨日に引き続き、ガーディアンとして働こうとゾディアックは思っていた。


「ゾディアック」


 銀色の髪をかき上げて今日の朝練を終えようとしたその時だった。

 振り向くとレミィがいた。


「レミィさん!」


 マルコがいの一番に反応した。レミィは片手をあげて応えると、手に持っていた紙袋をゾディアックに押し付けた。


「これは?」

「仕事」

「え?」

「お前たち、これからデザート屋さん開くんだろ? ならさ、その前哨戦というか……」


 レミィは頬を掻いた。


「金は払う。私を最初の店の客にしてほしいなと思って。あるデザートを作って欲しいんだ」

「それは?」

「「たい焼き」を、作って欲しい。4つ。どうしても欲しいんだ。頼む」


 レミィは頭を下げて言った。

 それを聞いたゾディアックは全員の顔を見る。


「……任せてください!!」


 力強く返事をしたマルコに、全員が安堵の表情を浮かべた。


お読みいただきありがとうございます!

次回もよろしくお願いします!


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